白いカラス

アメリカのダークサイドによって
生涯の秘密を抱えた男の人生とその愛が、
観る者の心を低く静かに響かせる

  • 2004/04/26
  • イベント
  • シネマ
白いカラス

ピュリッツアー賞作家フィリップ・ロスのベストセラー『ヒューマン・ステイン』を、『クレイマー・クレイマー』で知られる監督ロバート・ベントンが映画化。人種差別による偏見やベトナム帰還兵と家族との不和など、アメリカのダークサイドを背景に、淡々と綴られた物語。アンソニー・ホプキンス、ニコール・キッドマンら、一流の俳優たちの共演による、重みある人間ドラマである。

白いカラス

アメリカの名門大学にて、ユダヤ人で初めての古典教授となり、学部長を務めていたコールマン。彼は講義で、休み続けるアフリカ系の学生を「幽霊(スプーク)」といったことが問題となり、辞職に追い込まれる。それを聞いた彼の妻は、驚きのあまりショック死。コールマンは大きな失望と怒りを抱えながら、世間から離れて日々を暮らすことになった。そうした中、隠遁生活をする作家ネイサンと交流するようになったコールマンは、年の離れた恋人がいることをネイサンに告げる。

白いカラス

初老の男の生い立ちから生涯が、サスペンスタッチで辿られていく。それは楽しい思い出話でも、わかりやすく考えさせられる内容でもない。こういう現実もある、と静かに投げかけられる物語だ。コールマンは人生すべてを賭して、自らの人種を偽っていた。それは家族や友人のみならず、自分すら騙しているようなものだろう。生まれついたアイデンティティを根こそぎ抹消して、後から取り決めた作り物を、その代わりにする。その負担は、どれほどのものなのだろうか。多様な人種の中で、アイデンティティの在り方を日々迫られているような状況や、じりじりと追い詰められていく心情は、日本で暮らす私には想像すら及ばない。だが、作中の人物たちが心に負った傷や秘密を、言葉ではない部分で共有し、あがきながらも超えていこうとする様は、身体の深いところに、低く静かに響いてきた。

白いカラス

作中のコールマンとフォーニアの関係は、寂しさや痛みを埋めるだけの馴れ合いを超えて、互いを支えるために必要不可欠な存在となっていく。個人的には、2人がギリギリのところで出口を見つけられたことに、救いを感じた。

言葉で語れば語るほど、真実に近いところから少しずつ遠のいていくようなこと。順調な先進社会の水面下にある、不条理な慣習や思想。誰とも分かち合えないような、極めて私的な葛藤や苦悩。そうしたものが引き起こす顛末を、映像と物語で紡いだ、厳しくも切なく、真面目な作品である。

作品データ

白いカラス
公開 2004年6月19日公開
みゆき座ほか全国東宝洋画系にてロードショー
制作年/制作国 2004年 アメリカ
上映時間 1:46
配給 ギャガ・ヒューマックス共同
監督 ロバート・ベントン
原作 フィリップ・ロス
出演 アンソニー・ホプキンス
ニコール・キッドマン
ゲイリー・シニーズ
エド・ハリス
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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