小川洋子のベストセラー小説を小泉堯史監督が映画化
淡々とした日常に育まれていく心の豊かさ、
本質的な人間愛をあたたかく伝える感動作
やさしく満ちたおだやかな空気。そこにいる人々が慈しみ合い、調和しているあたたかな世界。記憶障害の数学博士、シングルマザーとその息子、博士の義姉の未亡人、という痛みを知る人々が出会い、不思議な結びつきを見つけるまでの紆余曲折を繊細に描く。原作は芥川賞作家・小川洋子が2003年に発表し、第一回本屋大賞を受賞した同名小説。その50万部超のベストセラーを映像化した、とても良質で心洗われる日本映画である。
シングルマザーである家政婦の杏子が新たに派遣された場所は、交通事故によって記憶が80分しかもたなくなった天才数学博士の家。とまどいながらも博士の世話をするうちに、杏子は数学を真摯に愛する博士の在り方に共感するようになる。ある日、杏子に10歳の息子がいると知った博士は、子供に寂しい思いをさせてはならない、という考えから一緒に連れてくるように杏子に約束させる。
記憶障害を抱えながらも数学を無心に愛する博士と、その心を理解する母子。理屈にこだわらずに身体を動かす働き者の杏子と、母と2人きりの父の居ない生活をたくましく受け入れてきた息子は、あるがままの博士を丸ごと大切にすることができる。その説得力はとても深い。そして、博士の義姉の秘められた過去。さまざまな思いが得るそれぞれの答は、まるで数式が導き出す数字のように必然的でもある。
四季の移り変わりにも似た、人の心のゆらぎやもつれ、意外な強さ、予測のつかない流れ。淡々とした日常の中の小さな事件やいさかい、よろこびや楽しみ……そのすべてが紡がれて生まれる豊かさが、静かに、いきいきと表されている本作。グッときたのは、博士がルートと名づけた杏子の息子の頭をなでるシーン。博士は80分しか記憶がもたないためいろいろを覚えているわけではないのに、ルートの頭をなでる習慣がいつの間にかできる。脳の記憶には残らなくても身体が覚えている、そういうこともあるのかもしれない、と思った。すべてを赦され、受け入れられている、気の置けない誰かと過ごす時間。ありきたりな名称や形式を超えた心のつながり。愛が伝わるとはこういうこと、というしみじみとした空気はあまりにもあたたかく、観る者の涙を誘う。
監督・脚本は黒澤明監督に学び、映画『雨あがる』を手がけた小泉堯史、キャストは博士役に寺尾聰、杏子に深津絵里、成長したルートに吉岡秀隆、義姉に浅丘ルリ子と、演技派が出演。情感あふれる“静”の演技でみせてくれる。
1十年前にみても十年後にみても、変わらない感動を与えてくれるだろう本作。流行や時代を超えた普遍性をもって、本質的な愛について描かれた感動作である。
公開 | 2006年1月21日公開 渋谷東急ほか全国松竹・東急系にてロードショー |
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制作年/制作国 | 2005年 日本 |
上映時間 | 1:57 |
配給 | アスミック・エースエンタテインメント |
監督・脚本 | 小泉堯史 |
原作 | 小川洋子 |
出演 | 寺尾聰 深津絵里 齋藤隆成 吉岡秀隆 浅丘ルリ子 |
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