クラッシュ

名脚本家ハギスによる初監督作品
多民族が行き交うロスの日常を通して
絶望も希望もリアルに描くヒューマン・ドラマ

  • 2006/02/10
  • イベント
  • シネマ
クラッシュ

誰もが善悪の両面をもち、そのはざまで揺れている。2005年のオスカー受賞作『ミリオンダラー・ベイビー』の脚本を手がけたポール・ハギスの初監督作品。2006年の第78回アカデミー賞にて、作品賞や監督賞など6部門にノミネートされている作品である。多くの民族や言語が交錯する街、ロサンゼルスを舞台に、“差別や偏見”というくくりでは収まりきれない人々の現実を描く。絶望も希望もありのままに映し出す、まるで祈りそのもののような上質なヒューマン・ドラマである。

クリスマス間近のロス。深夜のハイウェイで交通事故に巻き込まれた黒人刑事グラハムは、道の脇で青年の死体を発見する。その前日、あるペルシャ人父娘は銃砲店でイラク人と間違われて口論に。そのペルシャ人に鍵の修理を依頼された鍵屋は、「鍵ではなくドアそのものを直すべき」と英語で説明するが内容が伝わらない。人種差別主義者の白人警官は、夜のパトロール中に裕福な黒人夫妻にいわれのない嫌疑をかけた上、その妻を辱めた――。

クラッシュ

なぜ事故や事件が日常茶飯事に起き、水面下で複雑化していくのか。さまざまな人種が暮らすロスには、日本人を中心に当たり前に自国で暮らす私たちの想像を超える実情がある。小さなきっかけの積み重ね、単純な行き違いや勘違い、政治的なこと……複雑に絡み合っていく人々の事情。そしてそれは事件や不正を引き起こすこともあれば、ささやかな希望を見出すきっかけになることもある。

本作で劇場用映画の監督デビューを果たしたポール・ハギスは、エミー賞受賞歴を誇るTV界のベテラン脚本家であり、名プロデューサーとのこと。散漫になりがちな群像劇において、人物の心理や背景をしっかりと描き、メッセージを明確に示しているところに確かな力量を感じさせる。感傷的になりすぎず、美談だけですまさず、“多民族国家”の草の根レベルの実情を客観的に伝えている。監督は語る。「この映画は見知らぬ悪人についての映画ではない。すさまじく欠点だらけの人間たち。まさに僕たちそのものなんだ」。

クラッシュ

出演は「どんな役でもいいから出演したかった」と語るサンドラ・ブロック、本作でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされているマット・ディロンをはじめ、しっかりと演技のできる中堅の俳優たちが多数。物語の大切な流れをそれぞれに担っている。

冒頭にはこの映画を物語る台詞がある。「みんな触れ合いたいのさ。衝突(クラッシュ)し合い、何かを実感したいんだ」。重さも軽さも複雑も単純もすべてをゆっくりと飲み込んで、今日もまた日は巡る。すべての人になるべく悲しい出来事が起こらないように、幸福であるように祈りを捧げながら。重みのあるテーマではあるが、どうか避けないでほしい。今これからを見直すチャンスを与え、確かな明日へと静かに促す素晴らしい作品である。

作品データ

クラッシュ
公開 2006年2月11日公開
シャンテシネ、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
制作年/制作国 2005年 アメリカ
上映時間 1:52
配給 ムービーアイ
原案・監督 ポール・ハギス
原案・脚本 ポール・ハギス
ボビー・モレスコ
音楽 マーク・アイシャム
出演 ドン・チードル
マット・ディロン
サンディ・ニュートン
テレンス・ハワード
クリス“リュダクリス”ブリッジス
ライアン・フィリップ
サンドラ・ブロック
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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