麦の穂をゆらす風

同名の伝統歌にのせて綴るアイルランドの苦悩の歴史
カンヌの常連、社会派のケン・ローチ監督が
初の最高賞を受賞した誠実なヒューマン・ドラマ

  • 2006/09/29
  • イベント
  • シネマ
麦の穂をゆらす風

2006年の第59回カンヌ国際映画祭にて、パルム・ドール(最高賞)を受賞したケン・ローチ監督作。英国の支配と弾圧に苦しめられ、不毛な内部対立を経て独立へと至ったアイルランド史の一時期を、青年ゲリラ戦士の視点で描く。主演は人気の新鋭キリアン・マーフィー。他国による占領や侵略、内戦の苦しみや虚しさを飾りなく伝えるシリアスなドラマである。

1920年、アイルランド南部の町コーク。青年デミアンは医師として英国の病院勤務が決まっていたが、罪のない住民の殺戮を繰り返す英国の武装警察隊に憤り、アイルランド義勇軍に加わることに。ケガの治療や巧妙な作戦など、持ち前の技術と知識でデミアンは義勇軍の中心的存在の兄テディを支え、仲間たちとともに激しいゲリラ戦を展開。 1921年12月、英国・アイルランド間で和平条約が調印されるも、それはアイルランドの完全な独立ではなく、英連邦自治領としてのアイルランド自由国を認める、という内容だった。

麦の穂をゆらす風

アイルランドが完全独立を果たしたのは1949年。そこに至る長い苦悩の道のりの断片、アイルランド共和軍(IRA)が組織されていく経緯が静かに語られる。アイルランドは現在も北部6州が英国の一部であり、国内では現状維持と全島独立、それぞれの支持派に分かれているとのこと。このデリケートなテーマは、アイルランドと英国の人々にとって過去の話ではないのだろう。本作を英国出身のローチ監督が製作したことは“反英国的か否か”、英国マスコミで大論争になったという。

'99年ごろから脚本家ラヴァティとともに様々な文献の調査を重ね、慎重に草稿を練り上げていったというローチ監督。本作について、「反英国的とは思わない」と語っている。「この映画が、英国がその帝国主義的な過去から歩みだす、小さな一歩になってくれることを願う。過去の真実を語れたら、私たちは現実の真実を語ることができる」。

麦の穂をゆらす風

アイルランドで一番大きな南部の州コークは、そこに暮らす人々の反骨精神の強さから“抵抗の州”と呼ばれているとのこと。台詞のアクセントにこだわるため、コーク出身のキャストを考えていた監督は、マーフィーがコーク出身とは知らずにオーディションで選出。もともとローチ監督の信奉者だったマーフィーは、デミアン役を得たことを心底喜んだのだそう。人命を救う医師から人命を奪うゲリラ戦士となり、自身の将来や幸福より自国の未来への道を選ぶ青年を丁寧に演じ、その熱演が高く評価されている。

英国支配への抵抗を歌う“レベル・ソング”の代表的な曲であり、アイルランド伝統歌のひとつ「麦の穂をゆらす風」のメロディにのせて映される、重く哀しい史実の背景。本作を“世界中で起きている戦いの物語”と示すローチ監督は、どうしようもなく不毛で悲惨な状況を描くことで、観る者にその無意味さを強く深く訴えかけているのだろう。

作品データ

麦の穂をゆらす風
公開 2006年11月公開予定
シネカノン有楽町、渋谷シネ・アミューズほか全国順次ロードショー
制作年/制作国 2006年 イギリス=アイルランド=フランス
上映時間 2:04
配給 シネカノン
監督 ケン・ローチ
脚本 ポール・ラヴァティ
出演 キリアン・マーフィー
ポードリック・ディレーニー
リーアム・カニンガム
オーラ・フィッツジェラルド
メアリー・リオドン
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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