マエストロの知識や技術を体得したハリスが熱演
“第九”を生み出した晩年のベートーヴェンと
女性写譜師との絆を名曲にのせて描く感動作
年末になると日本のそこかしこで響き渡る「第九交響曲」。その普遍的な傑作を、傍若無人な奇人にして耳の不自由な孤高の音楽家ベートーヴェンはいかにして生み出したのか。今も謎とされる3人目のコピスト(写譜師)を女性とし、確かな史実にフィクションの人物を加えて濃密なドラマを描く。出演は職人的な演技派エド・ハリスと美しい若手女優ダイアン・クルーガー、監督はポーランドの女流監督アニエスカ・ホランド。ポピュラーな名曲から精神性の高い難解な弦楽四重奏まで、ベートーヴェンの音楽をきちんと聴かせつつ、ドラマとしてもしっかりみせる。古典音楽を魅力的に映像化した、上質なヒューマンドラマである。
1824年のウィーン。ベートーヴェン53歳。“第九”の初演が4日後に迫るその日、23歳のアンナは写譜師としてベートーヴェンのアトリエを訪れる。最初は女性の写譜師を受け入れずに追い返そうとするも、彼女の実力と才能を徐々に認め、音楽活動の右腕として頼るように。そして“第九”の初演日、耳の不自由さで満足に指揮がとれないベートーヴェンに、テンポの合図を送る役目をアンナが担う。
ここで終わればシンプルな美談だが、本作はまだまだ続く。作曲家として未熟なアンナの曲をベートーヴェンが率直に酷評して交流が途絶えたり、ベートーヴェンの力作《大フーガ》が世間に受け入れられなかったり。奇人にして天才のベートーヴェンと、唯一の理解者であるアンナとの強い結びつきが築かれていく様がしっかりと映し出されていく。
音楽評論家・平野昭氏によると、アンナはベートーヴェンを精神的に支えた実在の女性たちのイメージに重なるとのこと。“ベートーヴェンの最晩年に存在して欲しかった理想の女性像”を史実に基づいた物語に登場させるとは、なんともロマンティック。ホランド監督のベートーヴェンに対する深い敬意と理解は、本作の映像として豊かに叙情的に、的確に表現されている。
熱心な役作りで有名なハリスは、本作でもマエストロとしての知識や技術を専門家も驚くほどの完成度で習得。演奏を指揮する公演シーンの撮影時、ハリスは“第九”の指揮者用の譜面をみながら交響楽団と合唱団を実際に指揮し、クルーガーを指導し、演奏者たちや音楽コンサルタントなど現場にいた全員を大いに感動させたという(演奏そのものは既存の録音演奏に差し替え)。またアンナを演じたクルーガーは、ベートーヴェンを師として慕い、尊敬しながらも対等な視点で叱咤激励し、献身的に支える女性を好演している。
実力と人気を誇る日本人指揮者・佐渡裕氏が字幕アドバイザーをつとめ、字幕の内容もとても信頼できる本作。活力みなぎる生き生きとした“第九”の演奏と大合唱が12分間流れるシーンは、すばらしい! の一言。年の瀬の公開という狙いに素直にのっかって、歓びに満ちたひとときを過ごしてみてはいかがだろう。
公開 | 2006年12月9日公開 日比谷シャンテ シネ、新宿武蔵野館、シアターN渋谷他、お正月全国ロードショー |
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制作年/制作国 | 2006年 イギリス、ハンガリー |
上映時間 | 1:44 |
配給 | 東北新社 |
監督 | アニエスカ・ホランド |
脚本 | クリストファー・ウィルキンソン スティーブン・リヴェル |
出演 | エド・ハリス ダイアン・クルーガー マシュー・グッド ラルフ・ライアック ジョー・アンダーソン ビル・スチュワート |
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