カンヌの「ある視点」部門で審査委員賞を受賞
黒沢清監督が初めて家族をメインテーマに描く
混沌の末に希望が射す、甘くないヒューマンドラマ
2008年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門にて、審査委員賞を受賞した佳作。東京を舞台に、ある平凡な家族の不和と再生への希望を描く。出演は演技に定評のある香川照之、良作への出演が続く小泉今日子、オーディションで選ばれた小柳友と井之脇海。監督はホラーをはじめ、その独特の世界観が世界的に認められている黒沢清。平凡な家族の日常を追いながらも、エピソードに緩急を効かせて最後まで引きつける。見ごたえのあるヒューマンドラマである。
東京に暮らす、ごく一般的な4人家族。が、4人はそれぞれ家族に秘密をもつことに。父はリストラされ、兄はアメリカ軍へ入隊手続きを進め、弟は家族に隠れてピアノを習い始める。噛み合わない空気が流れる中、空虚な思いを抱えていた母が事件に巻き込まれる。
いつもどおりスーツ姿で家を出て就職活動をする父、夫や息子たちからあまり相手にされず、空しい気持ちをやり過ごす母、日本の日常に疑問を抱いてアメリカ軍に志願する兄、給食費をレッスン費にあてて、父に反対されたピアノ教室にこっそり通う弟。そこから派生していく個々のエピソードには突飛なものもあるものの、不思議とすべてに説得力が感じられる。そして母が語りかける言葉は、観る側の心にしっかりと響くのである。「自分はひとりしかいません。信じられるのはそれだけじゃないですか」。
監督が最初から父親役に想定していたという香川照之は、必死で体裁を保とうとする男の滑稽さや悲哀をくっきりと表現。飄々とした母を演じた小泉今日子は、海外でもその演技が高く評価されている。事件の犯人役に黒沢作品の常連である役所広司、ピアノの先生役に井川遥、兄弟を小柳友と井之脇海が自然な雰囲気で演じている。
そもそも家族の絆をメインテーマにした作品は初めてであり、「相当なチャレンジだった」という黒沢監督。もともとは日本在住経験のあるオーストラリア出身の新進脚本家マックス・マニックスによる、父と息子の交流を描く物語だったという本作。そこに黒沢監督がアメリカ軍に志願する長男と、事件に巻き込まれる母について肉付けをしたそう。シンプルな感動の人間ドラマでは済まさない、シリアスな中にもブラックな笑いがあり、ハラハラさせる事件性があり、どう展開していくのかがわからないサスペンスめいた感覚もあり。監督は語る。「そういう(家族の)ドラマがたくさんあるのは知っていますが、どこか嘘っぽい気がしていました。僕がリアルだと感じる親子関係は、お互いを気にしているが、本当の自分自身は隠している。家族という共同体の中で、なんとなく親子を演じてはいるが、真っ向から向き合っていない、というものでした」
ラスト、ドビュッシーの「月の光」のあたたかな音色によって、なんとなく静かに納得させられる本作。「理屈を超えた、気持ちのいい希望の片鱗を見せたかった」という監督の狙いは見事に成功している。奇妙なリアリティ、不安定で先の見えない閉塞感。日本のいつどこで起こっていてもおかしくないこの物語は、東京の日常に蔓延する“混沌”を巧みに映像化したかのよう。非日常的な体験をくぐりぬけた家族が戻る場所は、長年住み慣れた“家”。そこでぼんやりとほの見える、絆らしきものがなんともいい。可笑しさや面白さ、深さがじわっと広がる、黒沢清監督流の甘くないヒューマンドラマである。
公開 | 2008年9月27日公開 恵比寿ガーデンシネマほかにて全国ロードショー |
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制作年/制作国 | 2008年 日本 |
上映時間 | 1:59 |
配給 | ピックス |
監督 | 黒沢清 |
脚本 | マックス・マニックス 黒沢清 田中幸子 |
出演 | 香川照之 小泉今日子 小柳友 井之脇海 井川遥 津田寛治 役所広司 |
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