ミルク 試写会日記 毎週、熱田美希から映画ファンの皆さんへ熱いメッセージ!傑作でも愚作でも、映画ってやっぱり素敵!!
ミルク

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ゲイ・コミュニティのリーダーに始まり

社会的弱者の権利を主張する政治家へ――。
’70年代のアメリカの意識を改革した男の足跡



  自らをゲイと公表している男性として、アメリカで初めて公職に就いた政治家ハーヴィー・ミルク。’78年に銃殺され、48歳で他界した彼の最後の8年間を描く。監督は’97年の『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』や’03年の『エレファント』などメジャーとインディペンデントの双方で活躍するガス・ヴァン・サント。脚本・製作総指揮は4年かけて本作の脚本を練り上げたダスティン・ランス・ブラック。出演は監督やジャーナリストとしても手腕を発揮しているショーン・ペン、演技派のジョシュ・ブローリン、人気俳優のジェームズ・フランコ、注目の若手俳優エミール・ハーシュ。’09年の第81回アカデミー賞にて、主演男優賞と脚本賞を獲得した注目作である。


’72年、NYの金融業界で働いていたミルクは、20歳年下の恋人スコット・スミスとともに“自由の地”サンフランシスコに移住。小さなカメラ店「カストロ・カメラ」を開店すると、近隣の人々や周囲の同性愛者やヒッピーたちが集うように。が、商工会など保守的な人々から差別を受け敵対視されたことから、ミルクはゲイやゲイを差別しない人々による新しい商工会を結成。地域住民の問題に政治的に関わり始め、“カストロ・ストリートの市長”と呼ばれるようになる。ミルクは’73年に初めてサンフランシスコ市の市政執行委員(≒日本の市議)に立候補したが落選し、その後に挑戦した州議会選にも3度落選。’77年に4度目の市政執行委員選挙で念願の当選を果たす。

ショーン・ペン
 ゲイの人権を主張するために活動家となり、政治の道へ。「やるか黙るか、どっちかに決めなければならないところに来たんだと思う」というミルクの言葉には、彼が政治家を目指した至極シンプルな動機が簡潔に示されている。男同士で踊ったりゲイバーに入ったりするだけで警察に逮捕され、同性愛者というだけで排除されるという極端な社会的差別。それがほんの30〜40年前のアメリカで横行していたことに、改めて驚かされる。映画では社会に平等を訴え、偏見による弾圧に立ち向かっていくミルクと仲間たちの不屈の活動と、ミルクが愛し、彼を愛した恋人や仲間たちとの心の交流、その両方がよく描かれている。


 ’03年の映画『ミスティック・リバー』に続き、本作で2度目のアカデミー主演男優賞を受賞したペンは、確かな演技力でミルク本人を知る関係者たちも驚くほど本人そっくりの演技を披露。ストイックな雰囲気をもつペン本人からすると最初は少し違和感があるものの、ミルクの社交性や明るさ、その精神や行動力を自然に表している。ミルクの同僚の市政執行委員で後に対立するホワイト役をブローリンが、運命の恋人スコット役をフランコが、当時はミルクをサポートする若い側近であり、本作の製作にも歴史コンサルタントとして参加しているクリーヴ・ジョーンズ役をハーシュがそれぞれに好演している。脇には、当時にミルクの周囲にいた人物が本人役で、もしくは別の人物に扮して出演するなど、現実のエッセンスも上手に生かされている。
エミール・ハーシュ
 監督も脚本家も、若い頃にゲイであることをカムアウトできずにいた経験の持ち主。だからこそ真摯でユーモアもあり、恋愛や挫折や成功や悲しみを受け止めていくスタンスがリアルだ。何度も諦めかけながらも4年かけて脚本を書き上げたブラックは、本作でアカデミー賞の脚本賞を受賞。最初は資金調達も映画化のあてもないまま独自にリサーチと執筆を開始し、ミルクのもと側近たちに直接会って話を聞き、ミルクとの対話を詳細に記録した関係者の日記も得て、サンフランシスコ公立図書館の資料も参考にしたとのこと。ただの政治映画ではないことについてブラックは、「彼は恋人との恋愛を世間に受け入れられるものにしたいと思っていたはずだ。これは、愛を目的とした政治だったんだ」と語っている。またミルクの遺志をこのように解釈している。「彼が残したメッセージは、“同性愛者であっても、自分を隠してはいけない。いい意味で人と違うと考え、志を持つべきだ”ということです」。性的指向に限らず、マイノリティに勇気や指針を与えるメッセージだ。


  撮影はサンフランシスコ市内で行われ、実際に「カストロ・カメラ」があった店舗を借り切って当時の内装を細かく再現。当選祝いや誕生会のシーンではその臨場感から当時のことを思い出し、涙ぐんだ関係者もいたとのこと。監督はシーンを現実的に見せるために劇的になりすぎないように気をつけたそうで、「その瞬間が現実に起こっていることのように見える。これが自然主義の特色であり、私のスタイル。僕にとってそれがシーンを効果的にする方法なんだ」と語っている。


 ここより多少のネタバレを許していただくとして、ミルクを銃殺したもと市政執行委員ダン・ホワイトの末路が伝えられるラストの背景を紹介したい。反ゲイの勢力が強硬だった’79年、ミルクと彼を支持したモスコーニ市長を殺害したホワイトの刑事裁判では、禁固7年という軽すぎる判決が下る。これを不服とする人々が“ホワイト・ナイトの暴動”を起こし、警察と激しく衝突。結局ホワイトは’84年に州立刑務所から約5年で仮出所。同年に本作の最後にも感謝の意が表されているドキュメンタリー映画『ハーヴェイ・ミルク』が発表され、’85年3月に第57回アカデミー賞にて長編ドキュメンタリー映画賞を受賞。同年10月にホワイトは自殺した――。バラク・オバマ大統領が米国初の黒人大統領となった今、10数年間頓挫し続けたミルクの映画が完成して高く評価されていることには、どこか共通の符号を感じる。それはアメリカにおける改革の機運。その脈打つ変化の兆候がわくわくさせてくれるのだ。本作は志半ばに銃弾に倒れた政治家の物語、という明るいとはいえないテーマでありながら、“希望”がしっかりと伝わってくる良質な作品である。
『ミルク』2008年 アメリカ映画
データ
2009年4月更新

エミール・ハーシュ
2009年4月18日公開
シネマライズほかにて
全国ロードショー

■2008年 アメリカ映画
■上映時間2:08
■ピックス配給
■監督/ダニー・ボイル
■脚本・製作総指揮/ダスティン・ランス・ブラック
■出演/ショーン・ペン
エミール・ハーシュ
ジョシュ・ブローリン
ジェームズ・フランコ
ディエゴ・ルナ
アリソン・ピル



プロフィール
 
あつた美希 あつた美希
CSホロス株式会社代表取締役。フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。これまでに取材した人数は600人以上、2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』でコラム“シネマ・アロマ”を担当。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
あつた美希