ブラック・スワン

ナタリー・ポートマンがオスカーを獲得した話題作
欲望と狂気の混沌へと堕ちてゆく美しき新進プリマ
その鮮烈な葛藤と閃きをドラマティックに描く

  • 2011/04/08
  • イベント
  • シネマ
ブラック・スワン© 2010 Twentieth Century Fox

2011年の第83回アカデミー賞にて、ナタリー・ポートマンが主演女優賞を受賞した話題作。『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』とともにチャイコフスキーの作曲による三大バレエのひとつである『白鳥の湖』をモチーフに、ひとりのバレエダンサーの苦悩と葛藤、危うい変貌を描く。出演はポートマン、フランス人俳優のヴァンサン・カッセル、’10年の映画『ザ・ウォーカー』で注目されたウクライナ出身の若手女優ミラ・クニス、実力派女優のバーバラ・ハーシーほか。自己と表現を追求するあまり精神バランスが崩壊し、激しく追い詰められてゆくバレエダンサーの行方とは? ギシッと体がこわばるようなスリラーであり、アーティストとしての性(さが)を酷なほどくっきりと映し出す、硬派なヒューマンドラマである。

ニューヨーク・シティ・バレエ団に所属するニナは、日々ひたむきにバレエに打ち込む優等生。バレエ団の名プリマであるベスの引退により、新しい演出による次回公演『白鳥の湖』に向けて、若手ダンサーのオーディションが行われ、次世代プリマとしてニナが選出。ニナは元バレエダンサーの母と喜び合い、これまで以上に練習に励む。が、可憐に白鳥を舞うことはできても、妖艶な黒鳥を表現しきれずに苦悩。芸術監督のルロイから、おおらかで官能的な新人ダンサー、リリーを参考にするようにアドバイスを受ける。リリーに対する嫉妬や焦り、大きなプレッシャーにさらされながらハードなレッスンを続けるうちに、ニナは自傷したり幻覚を見たりするようになる。

ナタリー・ポートマン、ヴァンサン・カッセル

華麗なステージの裏にある、野心のせめぎ合いや厳しいレッスン、主役の座にある者の苦悶と重責、むきだしの自己と相対し表現者としての幅を掴むこと。その必死の姿は生々しく、痛々しくも美しい。バレエダンサーのドキュメンタリー風から、ホラーさながらの狂気の世界へと転調し、観る側がニナの混濁した意識に巻き込まれてゆく感覚は圧倒的だ。

ポートマンは変貌する二ナ役を体当たりで表現。生真面目で繊細なプリマが欲望にふけり、狂気へと堕ちてゆく姿がなまめかしい。ポートマンは本作でニナの崩壊してゆく心理を理解し、表現する上で、ハーバード大学で心理学の学位を取得したことが役立ったとコメント。またバレエを少女時代に習っていた彼女は、本作の撮影前に毎日5時間、10ヵ月間の過酷なトレーニングを積み、プリマの動きを体得。ほとんど吹き替えなしで踊っているというダンスシーンも見どころだ。そしてライバルダンサー、リリー役のクニスは欲望に忠実で奔放なダンサーとしてニナと好対照。あのラブシーンにはある種の迫力がある。クニスは本作のためのバレエの集中レッスンで靭帯を2本切り、肩を脱臼したそうで、特訓の成果である黒鳥の舞を劇中で披露している。芸術監督のトーマス・ルロイ役はカッセルが厳しく、娘のダンサーとしての成功に熱心な母親役はハーシーがシリアスに、引退するプリマのベス役はウィノナ・ライダーがエキセントリックに演じている。

劇中の振付はニューヨーク・シティ・バレエ団のスターダンサーで振付師のベンジャミン・ミルピエが担当し、映画にもニナの共演ダンサー、デイヴィッド役として出演。また休暇中だったペンシルバニア・バレエのダンサーたちが撮影に参加。劇中の『白鳥の湖』のステージは魅力的な仕上がりとなっている。

ナタリー・ポートマン

アロノフスキー監督はハーバード大学で実写映画やアニメーションを学び、’97年に『π』で長編映画デビュー。’08年の映画『レスラー』で第65回ヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受賞した人物。本作はブロードウェイの女優と代役のライバル意識を描く内容だった原案に、アロノフスキー監督がニューヨークのバレエ団による『白鳥の湖』をモチーフにすることを提案。監督は本作について、意図的に『レスラー』の姉妹編にした、と語っている。「レスリングを最低のアート形式と呼ぶ人もいますし、バレエを最高のアート形式という人もいますが、このふたつには基本的に同じものがあります。主人公たちは肉体を使うアーティストであり、怪我に脅かされる。彼らにとって、肉体は表現するための唯一の道具だからです。私はこの2つのつながりのあるストーリーを、まったく無関係に見える(レスリングとバレエというそれぞれの)世界の中に見つけることが、面白いと思ったのです」。

ナタリー・ポートマン

さて、ポートマンはバレエダンサーのミルピエと今回の共演をきっかけに実生活でパートナーとなり婚約、今夏には第一子を出産予定と発表。小枝のように細い手足の少女のようなバレリーナ体型で本作の撮影に臨んだポートマンは、主演女優賞を受賞した第83回アカデミー賞の授賞式では妊娠中のふっくらとした幸せそうな様子で登場したことは記憶に新しい。本作の前後に、『抱きたいカンケイ』『マイティ・ソー』、『水曜日のエミリア』(’09年製作で今年日本公開)と出演作の公開が続くポートマンは、出産後はしばらく産休をとるという噂も。さまざまな作品に出演してオスカーを受賞し、女優としての頂点で休業するとしたら、なんともドラマティック。今夏、30歳を迎えて母となるポートマン。ベビーと夫との時間を過ごした後に復帰となるか。セルフプロデュースの成功者であり、女性として女優として新しいステージを迎える彼女の今後に、これからも大いに注目したい。

作品データ

ブラック・スワン
公開 2011年5月11日公開
TOHOシネマズ 日劇ほか全国ロードショー
制作年/制作国 2010年 アメリカ
上映時間 1:48
配給 20世紀フォックス
原題 BLACK SWAN
監督 ダーレン・アロノフスキー
脚本 マーク・ヘイマン
アンドレ・ハインズ
ジョン・マクラフリン
出演 ナタリー・ポートマン
ヴァンサン・カッセル
ミラ・クニス
バーバラ・ ハーシー
ウィノナ・ライダー
ベンジャミン・ミルピエ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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