ヤバい経済

相撲の八百長をデータで立証? 現金で高校生の成績アップ?
人気の経済書をドキュメンタリーの名手たちが映画化
意外な真理をスパッと貫く“フリーコノミクス”の世界へ

  • 2011/05/13
  • イベント
  • シネマ
ヤバい経済© 2010 Freakonomics Movie ,LLC

世界で400万部超の売上を誇るベストセラーの経済書『ヤバい経済学―悪ガキ教授が世の裏側を探検する(原題:Freakonomics: a rogue economist explores the hidden side of everything ※フリーコノミクスはFREAK〔変人、珍奇な、気まぐれ〕+ECONOMICS〔経済学〕の造語)』を映画化。出演は原作の著者である経済学者でシカゴ大学教授のスティーヴン・D・レヴィット、ジャーナリストのスティーヴン・J・ダブナーほか。5つの章立てによるオムニバスで、監督は’07年の映画『「闇」へ』で第80回アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を獲得したアレックス・ギブニー、’04の映画『スーパー・サイズ・ミー』が世界中でヒットしたモーガン・スパーロック、’07年の映画『ジーザス・キャンプ 〜アメリカを動かすキリスト教原理主義〜』のレイチェル・グレイディ&ハイディ・ユーイング、’05年の映画『WHY WE FIGHT』のユージーン・ジャレキら、ドキュメンタリーで知られる面々が参加。経済の専門用語や数字の羅列ばかりではなく、多くの人々にとって身近な問題や素朴な疑問について因果関係を調べ、データや実験で立証していく様を映し出す。時にはポップに時にはシビアに迫る、ユニークで切れ味のいいドキュメンタリーである。

自宅を売りに出す場合、一般人と不動産業者では“インセンティブ(やりがい、成功報酬)”が変化する。名付けによって子供の人生は変わるのか。相撲の八百長疑惑を勝敗データから分析。アメリカの犯罪発生率の低下と中絶の合法化との因果関係を示す。そして成績の良くない高校生に現金報酬を約束すれば成績はあがるのか、大々的な実験を開始する。

ヤバい経済

経済学というより、人の心理や行動分析がメインにあるかのような、誰にでも親しみのわくドキュメンタリー。5つのエピソードのうち4つはユーモアを交えた明るさがあるものの、相撲の八百長疑惑を描く『純粋さの崩壊』では、どこまでもシリアスでダークなトーンに。長い伝統をもつ他国の“国技”の闇に迫ることに対する、真剣な姿勢や覚悟のようにも感じられる。全体は原作者のレヴィット教授とダブナーが語る映像でつながり、実験の内容やデータの分析などを解説。あっけらかんと肩の力の抜けた様子の2人のやりとりが合いの手のように入り、観ている側に飽きのこない緩急がつけられている。

第一章ではイントロダクションとして、人は“インセンティブ”に応じて行動する、ということを実例をあげてわかりやすく説明。この冒頭と各エピソード間の構成は製作総指揮も手がけるセス・ゴードンが担当。

第二章『ロシャンダが別名なら』は、スパーロック監督が歯切れよくコミカルに。母親がスペルを間違ったことで「痴女」という意味の名前で育つ女の子の人生や、白人系の名前と黒人系の名前、就職に有利に働くのはどちらか、などを検証。

第三章『純粋さの崩壊』は、ギブニー監督がシリアスに鋭く。「文化的に堕落が非常に少ないはずの日本」における、相撲の八百長疑惑について勝敗データを分析。引退した有名力士ら関係者への取材を織り交ぜて事実に迫り、日本ではグレーの部分が怖いくらいはっきりと示される。日本警察の殺人事件の検挙率のからくりや、明らかに変死でも司法解剖が行われずに病死や事故死とされかねないことについても言及。

第四章『「素晴らしき哉、人生!」とは限らない』では、ジャレキ監督がアニメーションを取り入れて、物議を醸すテーマを明るいイメージで構成。犯罪発生率と中絶の合法化と因果関係、倫理についても触れている。

第五章『高校1年生を買収して成功に導けるか』は、グレイディ&ユーイングがオリジナルの演出で映画化。成績が思わしくない生徒たちに成績があがれば現金報酬、というイベント風の実験と調査を実施。被験者である2人の少年の経緯と結果を追う。

ヤバい経済

アニメーションやイラスト、CGなどが効果的に使用され、数字や論説だけの退屈で難解な内容ではまったくない。各エピソードの制作はそれぞれの監督に一任したそうで、エピソードごとに監督たち独自のカラーと演出が打ち出され、自由に表現されていることが特徴だ。

原作者のひとり、経済学者のレヴィットは、2年に1度、40歳未満の最も優れたアメリカの経済学者に贈られるジョン・ベイツ・クラーク・メダルを’03年に受賞した人物。もうひとりの原作者ダブナーは、『ニューヨーク・タイムズ』紙の記者としてキャリアをスタートし、ニューヨークを拠点にジャーナリストとして活動。著作は『さまよえる魂(原題:Turbulent Souls)』『ヒーロー好きの告解(原題:Confessions of a Hero-Worshiper)』ほか。そもそものきっかけは、お金にまつわる行動経済学の本を書こうと取材をしていたダブナーがレヴィットと出会い、’03年に記事を執筆。その内容が評判となり、レヴィット×ダブナーで執筆依頼を受けて、’05年に著書『ヤバい経済学』を発表。ユニークな経済書はアメリカ国内のトップ10に1年以上ランクインし続け、世界35カ国に翻訳されて400万部超の売上に。レヴィットとダブナーは人気テレビ解説者になり、フリーコノミクスのブログ(http://freakonomics.com)を開設。’09年には続編『超ヤバい経済学(原題:Super Freakonomics)』の発表も。

ヤバい経済

すべてをデータや統計で表すことはできないし、万人がドライに割り切れるはずもない。モノや金でつるなどその場しのぎにすぎない、と思う向きもあるだろう。ただそれだけではなく、人のやる気をかきたてるものはそれぞれで、インセンティブ(やりがいや生きがい)には道徳的なことも含まれる、というくだりには妙に納得させられる。“フリーコノミクス”の一番の魅力は、誰でもちょっとしたきっかけで成功や幸福を手に入れる可能性がある、という明るい発想があること。逆もまた然りとはいえ、理屈や概念をポーンと軽快に飛び越えるポップな思考は、何事もシリアスにとらえてしまう人にはちょっとした刺激になるのかも。混沌とした思考にふぅっと風穴が通るような感覚だ。レヴィットはダブナーと笑い合いながら語る。「僕は因果関係によって導き出されることにとても興味があるんだ。これからも真実を追究していくよ。無計画にね」。気ままな2人の新たなテーマは? 大いなる実験と検証、データによる論証に基づき、経済の不可思議な回路を切り拓いていく彼らから、今後も目が離せない。

作品データ

ヤバい経済
公開 2011年5月28日公開
新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
制作年/制作国 2010年 アメリカ
上映時間 1:33
配給 アンプラグド
原題 Freakonomics
監督 アレックス・ギブニー
モーガン・スパーロック
レイチェル・グレイディ & ハイディ・ユーイング
ユージーン・ジャレキ
セス・ゴードン
原作・出演 スティーヴン・D・レヴィット
スティーヴン・J・ダブナー
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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