127時間

アメリカの登山家が綴ったノンフィクションを映画化
過酷な実体験を通じて27歳の彼が得たものとは。
人の意識の転換と生き抜く意志をストレートに描く

  • 2011/06/10
  • イベント
  • シネマ
127時間© 2010 Twentieth Century Fox

アメリカの登山家アーロン・ラルストンが過酷な実体験を綴ったノンフィクション『奇跡の6日間(文庫版127時間:127時間、原題:BETWEEN A ROCK AND A HARD PLACE)』をダニー・ボイル監督が映画化。主演にジェームズ・フランコ、スタッフに2008年の映画『スラムドッグ$ミリオネア』でボイル監督とともに’09年の第81回アカデミー賞にて8部門を獲得したメンバーが再集結。27歳の青年クライマーが突発的な事故に遭い、身動きできないまま谷肌で過ごした6日間の経緯を描く。徹底的に自らと向き合い、自らと闘い抜く。そこで彼が思い至ったこととは――? 人の意識が大きく転換すること、生きることへの渇望を臆さずに映す、強烈な作品である。

’03年4月25日、仕事を終えたアーロンはいつものように誰にも行き先を告げず、車にマウンテンバイクを積んでユタ州のブルー・ジョン・キャニオンへ。26日の土曜朝、照りつける太陽のもとマウンテンバイクで軽やかに駆け、渓谷を進んでゆく。道に迷った女性2人組には秘密のポイントを案内し、通い慣れた峡谷を満喫。2人と別れ、1人で気ままにクライミングを続けていると、落石とともに谷底へ転落。谷肌と岩に右腕がはさまれて、まったく身動きがとれなくなる。

ジェームズ・フランコ

全米の公開は’10年11月5日からNYとLAの4館のみの限定公開でありながら、クチコミで評判が広がって高い評価を獲得した本作。’11年の第83回アカデミー賞では無冠に終わったものの、作品賞や主演男優賞など6部門にノミネートされ注目を集めた。終盤の某シーンでは観客もメディア関係者にも失神者や気分の悪くなった人がでたことで、“間違ったイメージをもたれること”を監督が心配したとも。確かに直視しがたいシーンがあるものの、それを強調してウリにしているわけではなく、あくまでもアーロンの身に起きた重要な場面として誠実に描いていることが伝わってくるため、個人的には映像としてのキツさはあれど心理的な嫌悪感はない。ボイル監督は本作について、「身動きできないヒーローのアクション映画を作ろうとしたんだ」と語っている。

アーロン役はフランコが熱演。シーンの多くは岩と谷肌にはさまれた場所の独白、という役者の力量が試されるかのような本作で、悲壮になりすぎず観客を飽きさせず、自らの人生を振り返って意識を転換し、生きることを選び取るまでのアーロンの心の動きを丁寧に表現している。ボイル監督は、撮影監督に『スラムドッグ〜』のアンソニー・ドッド・マントルと、’07年の映画『28週後…』のエンリケ・シャディアックの2人を起用。南米らしい映像を撮るシャディアックと、北欧らしい映像を撮るマントルにフィルム用カメラ、デジタルカメラ、スチールカメラの3つをもたせ、変化に富んだ映像をとらえてもらった、とも。谷間で動けない青年の映像に、どこまでも広がる峡谷や青空という大自然の生命力や、アーロンの回想シーンを合わせることで、平坦になりかねない映像がよく工夫されている。

ジェームズ・フランコ

現在35歳になるアーロン・ラルストン本人は、12歳からロッキー山脈のあるコロラドに家族で暮らし、スキーやハイキングなどのアウトドアに熱中。’97年にカーネギーメロン大学機械工学のフランス語学部を卒業し、全米の成績優秀な学生が作る学生友愛会ファイベータカッパの終身会員に選出。インテルに勤務し、コロラドのクアンダリーピークなどの高峰に挑み、アルバカーキ山岳救助隊に参加。’02年にインテルを退社し、スポーツ用品店に勤務しながらアウトドアに専念していた頃、今回の出来事が起きたそうだ。ただアーロン本人は、「この体験はいつかキャンプファイヤーを囲んで友人たちに語るどえらい話になるだろう」というくらいに考えていたため、新聞やテレビで大々的に報じられ、国内外のテレビや雑誌などメディアへの出演や、講演の依頼がきたことが、最初は不思議に思えたという。アーロンは語る。「現代の人たちは、何世代も前の人たちが直面していた、“生存のための闘い”から隔たった生活をしているから、こうした話を必要としているんだと思う。<中略>僕たちには自分自身の岩があって、身動きできないんだ。自分たちにはすぐに脱出する能力があるんだということを気づかせて欲しいんだと思う。<中略>かつてないほどのことをしながら、笑うことができるなら、人生の見方をさまざまに転換できる可能性があるということだ。それが人々の共感を呼ぶんだと思う。だから僕は人々が関心を寄せることを受け入れるようになった。関心を寄せるのは僕にじゃなく、僕を通して伝えられるこの体験になんだ。僕はダニー・ボイルが正当な方法でこの体験を伝えてくれたことにもとても感謝している」。もともと’04年に出版された原作の映像権は、’03年の映画『運命を分けたザイル』の製作を手がけたジョン・スミッソンにあり、アーロンとともに「ドキュメンタリーとして製作することこそが正統」と固執していたとのこと。そのため原作を読んで感動したボイル監督から映画化を打診された時は、アーロンもスミッソンもすこし困惑したそうだ。そこから数年かけて監督との信頼関係を築き上げた、と映画化の経緯についてアーロンがコメントしている。この映画でアーロン本人はリプロダクションや脚本、道具や衣装など広く関わり、撮影現場に何度も足を運んでフランコの役作りや撮影監督に協力もしたそうだ。

ジェームズ・フランコ

冒険と孤独を愛し、勝手気ままに生きてきた青年。それまでの自然を侮るかのようなゲーム感覚の冒険よりも、谷に挟まれて身動きできずにいた時間こそが彼の人生を大きく転換させることになる、ということが痛烈なインパクトで観る側に訴えかけてくる本作。とても厳しい内容であるため、今このときに観る映画であるかどうか、自身への問いかけは要するものの。肉体と精神のサバイバル、生き抜くということをストレートに描いた作品である。

作品データ

127時間
公開 2011年6月18日公開
TOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開
制作年/制作国 2011年 アメリカ・イギリス合作
上映時間 1:34
配給 20世紀フォックス×ギャガ(宣伝)
原題 127HOURS
監督 ダニー・ボイル
脚本/ ダニー・ボイル & サイモン・ビューフォイ
撮影監督 アンソニー・ドッド・マントル
エンリケ・シャディアック
作曲 A・R・ラフマーン
原作 アーロン・ラルストン
出演 ジェームズ・フランコ
アンバー・タンブリン
ケイト・マーラ
クレマンス・ポエジー
ケイト・バートン
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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