コクリコ坂から

宮崎 駿が企画・脚本、宮崎吾朗が5年ぶりに監督
戦後の高度成長期を生きた少年少女の青春とは
ノスタルジックでぬくもりのある人間ドラマ

  • 2011/07/08
  • イベント
  • シネマ
コクリコ坂から© 2011 高橋千鶴 ・ 佐山哲郎 ・ GNDHDDT

宮崎 駿が企画・脚本、宮崎吾朗が’06年の映画『ゲド戦記』以来5年ぶりに監督を手がけるスタジオジブリ最新作。声の出演は長澤まさみ、岡田准一、竹下景子、石田ゆり子、大森南朋ほか有名俳優らが参加。戦後の高度成長期である1963年の横浜を舞台に、少女と少年の出会いと恋をみずみずしく、ノスタルジックに描く。思い悩みながらも葛藤や苦境を越えていく姿がさわやかな、わかりやすい青春ドラマである。

1963年、横浜。港の見える丘に建つ洋館“コクリコ荘”。ここは自宅兼下宿屋として、高校2年生の16才の少女、海が家事を担って切り盛りしている。海の祖母の花、高校1年生の妹の空、中学2年生の弟の陸、女医として勉強中の北斗、画学生の広小路、ビジネスガール(現在のOL)の牧村とともに7人で暮らし、大学の助教授である母の虹江は海外に留学している。海は毎朝、船の行き交う海に向かって、信号旗をあげる。旗の意味は“安全な航行を祈る”。そして姉妹の通う高校では、明治に建てられた由緒ある建物“カルチェラタン”を取り壊すか保存するかで生徒たちが対立し、学園闘争が起きている。取り壊し反対派の先陣を切る生徒会長の水沼、新聞部部長の風間は強固な意志を示すために、あるパフォーマンスを決行。それを機に海と風間は知り合い、互いに惹かれ合っていく。

コクリコ坂から

原作は’80年に少女コミック誌『なかよし』で連載された高橋千鶴(画)と佐山哲郎(原作)による同名の少女漫画。宣伝映像をみて個人的に、雰囲気が’95年のジブリ作品『耳をすませば』に似ていると思っていたら、資料に宮崎 駿氏のコメントで「1980年ごろに少女コミック誌に連載され不発に終わった作品として『耳をすませば』に似ている」とあった(学園紛争と大衆蔑視を敷き込んだ、少女漫画への挑戦だったのでは、と推察されている)。映画化にあたり、宮崎 駿氏が設定を’80年代から東京オリンピック開催前年の1963年に、コクリコ荘の住人を女性ばかりに、文芸部の部室が集まる古い建物を通称“カルチェラタン”として硬派な変人の男子高生の溜まり場にし、カルチェラタンの取り壊しか存続かの騒動を描くことになったそうだ。そもそもこの映画化は、30年前に宮崎 駿氏が山小屋(信州にあるアトリエ)で当時小学生だった姪が置いていったコミック雑誌で原作を読み、思いついた企画とのこと。学園闘争というテーマが中途半端に時代遅れだった時期から、「すでにノスタルジーに溶け込む時代になった」ことから、映画化が実現したそうだ。

海の声は、長編の声優は初挑戦となる長澤まさみがあえて凛と“無愛想に”、海と惹かれ合う風間の声は、『ゲド戦記』でも吾朗監督と組んだ岡田准一があえて“不器用に”、それぞれ監督の指示を受けて表現。そして海の祖母役を竹下景子、海の母親役を風吹ジュン、医者を目指す北斗役を石田ゆり子、画学生の広小路役を柊 瑠美、父親の旧友・小野寺役を内藤剛志、徳丸理事長役を香川照之とジブリ作品の常連メンバーが名を連ね、風間の親友で生徒会長の水沼役をジャニーズJr.の風間俊介、風間の父親役を大森南朋と初参加のメンバーも含め、充実のキャストが声の出演をしていることも注目だ。また海のクラスメイト悠子役として本作の主題歌を歌う手蔦 葵(格別に甘くやわらかな声ですぐにわかる)、世界史の先生役で吾朗監督が自ら参加、という裏話も。

主題歌は『ゲド戦記』で「テルーの唄」を歌い、ヒロインの声をつとめた手蔦 葵が、森山良子の歌として知られる「さよならの夏」をカヴァー。原曲は’76年に放映されたドラマの主題歌だったそうで、宮崎 駿氏が森山良子のCDでこの歌を聴いた時に、「(まだ映画化も決まっていないのに)ああ、主題歌までできてしまった」と思ったというエピソードも。今回は原曲の作詞家に依頼し、2番の歌詞が書き下ろしで加えられ、映画のストーリーに寄りそう「さよならの夏〜コクリコ坂から〜」として発表。手蔦 葵のスモーキーな歌声が繊細に響き、胸に染み入る仕上がりとなっている。サウンドトラックはジブリ作品でおなじみの久石 譲ではなく、TVドラマやポップス曲を手がける武部聡志が担当。また劇中では、’61年の坂本九の大ヒット曲「上を向いて歩こう」の原曲を印象的に使用。映画の設定である’63年にアメリカで「SUKIYAKI」として発売され、ビルボード誌で1位を獲得し、これまでのセールスは全世界1000万枚超というこの曲。“九ちゃんファン”という鈴木敏夫プロデューサーの思い入れもあり、コクリコ坂からはそのまま本作のキャッチコピーになっている。そして劇中で手嶌演じる悠子がソロで歌い始め、生徒たち全員で合唱する「紺色のうねりが」は、宮沢賢治の詩「生徒諸君に寄せる」に触発を受け、1番の歌詞を宮崎 駿氏、2番の歌詞を吾朗監督が作詞を手がけたそうだ。

コクリコ坂から

生き生きとしたタッチの手描きのポスターは、宮崎 駿氏の手描きによるもの。劇中では登場しないストライプのエプロンを纏い、顔をしっかりとあげた海の横顔は潔く、明るい希望を感じさせる。千の言葉よりひとつの絵、とでも言うか、この絵を見たことで吾朗監督は作品に対する指針がすごくはっきりしたそうだ。宮崎 駿氏は本作について語る。「『コクリコ坂から』は、人を恋(こ)うる心を初々しく描くものである。少女も少年たちも純潔にまっすぐでなければならぬ。異性への憧れと尊敬を失ってはならない。出生の秘密にもたじろがず自分たちの力で切りぬけねばならない。それをてらわずに描きたい」。

7月2日、3日には、NGOのピースウィンズ・ジャパンの要請を受けて、東日本大震災の被災地となった宮城県と岩手県で本作の試写会を開催。宮崎 駿氏と鈴木プロデューサー、アニメ映画『新世紀エヴァンゲリオン』の庵野秀明監督(『風の谷のナウシカ』にスタッフで参加し、今も親交がある)とともに現地を訪問。サイン会も行い、現地の方々にとても喜ばれたそうだ。宮崎 駿氏は「今は文明論を軽々しく語る時ではない。敬虔な、謙虚な気持ちでいなければならない時だと思いますから、この映画がこの事態に、多くの人たちの支えになってくれたら嬉しいなと思います」とコメントしている。

コクリコ坂から

今はあまりないだろう学生たちの決起集会や暴動ギリギリの熱い討論、貴重な資料とガラクタが無秩序につまった古き良き溜まり場、少年少女の純愛などが、彼らの両親世代の思いがつながってゆき、郷愁を感じさせる本作。感傷的なメロドラマや少女漫画らしい学園ラブ・ストーリーという声もあがりそうだし、親世代のドラマをもう少し描いてほしかったという個人的な思いもあるものの、ジブリ風味の映像と音楽とキャラクター、ぬくもりのある物語として、子どもからシニアまで幅広い世代に好まれることは確かだろう。今後の映画製作について、「今はファンタジーを作るべき時ではない」と語る宮崎 駿氏。その理由として、“ファンタジーがゲーム化しすぎた”ことをあげている。そして現在準備を進めている作品については、「人間を描かなければならない。ただしアニメーションで等身大の人間を描くというのは非常に不利なのですが、それを覚悟しなければならない時期があると思っています。それを越えた次に違う展開があるだろうと今は思っていますが、私自身がこういう歳なので、そのさらに次まで考えるのは無理なんですが。今私が進めている準備というのは、まさに等身大の人間が出てくる映画です」とも。’08年に宮崎 駿氏が鈴木プロデューサーに示した「スタジオジブリ 中長期5年経営計画」によると、「最初の3年で若い人にチャンスを与えて2本の映画を作る。その後、2年間かけて超大作をやる」とのこと。『借り暮らしのアリエッティ』と本作の次は、2年間かけて製作する超大作となるかどうか。現在70歳の宮崎 駿氏にあまり無理をさせるのも……と思いつつも、「健康第一、元気に長生きして、これからもずっと作品を作り続けてください」と、祈るような気持ちになるのは、筆者だけではないはずだ。予定は未定とはいえ、すでに構想を練っているという次回作も大いに楽しみである。

作品データ

コクリコ坂から
公開 2011年7月16日公開
全国東宝系にてロードショー
制作年/制作国 2011年 日本
上映時間 1:31
配給 東宝
企画・脚本 宮崎 駿
原作 高橋千鶴・佐山哲郎
脚本 丹羽圭子
監督 宮崎吾朗
プロデューサー 鈴木敏夫
音楽 武部聡志
出演 長澤まさみ
岡田准一
竹下景子
石田ゆり子 
柊 瑠美
風吹ジュン
内藤剛志
風間俊介
大森南朋
香川照之
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
XInstagram

記載内容は取材もしくは更新時の情報によるものです。商品の価格や取扱い・営業時間の変更等がございます。