日輪の遺産

売上50万部超の浅田次郎の長編小説を映画化
3名の軍人、20人の少女たちと教諭が密命を遂行する
市井の人々の純粋で強い意思に圧倒される人間ドラマ

  • 2011/08/19
  • イベント
  • シネマ
日輪の遺産© 2011「日輪の遺産」製作委員会

作家の浅田次郎が1993年に書き下ろした同名の長編小説を映画化。出演は堺雅人、中村獅童、福士誠治、ユースケ・サンタマリア、八千草薫、森迫永依、土屋太凰ほか。監督は’04年の『半落ち』、’07年の『夕凪の街 桜の国』の佐々部清。終戦間際の日本にて、密命を下された将校が、勤労動員として呼集された女学生たち20人を率いて任務に当たる。敗戦を目前に、日本の転換期を生きた人々の思いを今に伝えるヒューマンドラマである。

終戦間際の1945年8月10日、「マッカーサーから奪取した900億円(現在の貨幣価値で約200兆円)の財宝を、秘密裡に陸軍工場へ移送し隠匿せよ」という密命が、上部から3名の軍人に下される。近衛師団の参謀である真柴少佐、東部軍経理部の小泉主計中尉、中国の前線で戦ってきた望月曹長の3名は、何も知らされずに勤労動員として呼集された女学生20人とその教諭とともに、“弾薬箱を運ぶ”任務として作業を開始する。

今から66年前、戦中から戦後へと価値観が一変する時代を生きてきた人たちの心中をくっきりと映し出す物語。太平洋戦争末期、日本がポツダム宣言を受諾し無条件降伏を受け入れるまでの数日間の出来事を、現代から振り返る形で描く。当時の日本の軍国主義や悪化し続ける戦況に疑問をもちながらもどうすることもできない軍人、平和主義であることから思想犯罪者の嫌疑で特別高等警察に連行される教諭、“お国のため”と何の迷いもなく勤労に励む女学生たち。登場人物の誰もが人間臭くそれぞれに信念をもち、市井の人たちの人情と秘めたる意思がとても丁寧に描かれている。

日輪の遺産

極秘任務のリーダーであるエリート軍人の真柴少佐役は堺雅人が、軍人かひとりの人間かのはざまでゆらぐ葛藤を表現。安定感のある演技でみせてくれる。歴戦の兵士であり“赤鬼さん”と呼ばれる強面の望月曹長役は、中村獅童が抑えた演技で、大蔵官僚から動員された小泉主計中尉役は、福士誠治が育ちのいい知的な性質をまっすぐに演じている。女学校の教諭の野口役は、当時の扮装や雰囲気が思いのほかハマっているユースケ・サンタマリア、女学生の久枝役に’06年の実写版『ちびまる子ちゃん』の森迫永依、スーちゃん役に’08年の『トウキョウソナタ』で映画デビューした土屋太凰、現代を生きる久枝役に八千草薫、その孫役に麻生久美子らが出演。ダグラス・マッカーサー役で出演したミッキー・カーチスは、脚本を気に入って自らロサンゼルスのオーディションにやってきたとのこと。佐々部監督は学生の頃に’78年の映画『ディア・ハンター』などを観てファンだったそうで、喜んで出演をお願いしたそうだ。

八千草さんは映画やドラマなど戦争を描く内容で、本作を含む3つの作品に立て続けに出演したとのこと。彼女は本作で演じた久枝と同じ年代に終戦を迎えたそうだ。八千草さんは「少女時代のことが思い出され、不思議な体験をしました」とコメント。戦時中は学徒動員に参加し、断熱材の機械作りや軍服のボタン付けなどをしていたそうで、「ラストシーンではテストの時に『気持ちを出さないで』と言われたのですが、当時のことを思い出して気持ちが入り込みすぎてしまって、困ってしまった」とも語っている。また原作者の浅田氏は、「母や母の友人たちから、勤労少女の話を聞いたことがきっかけでこの作品を書き始めました。そういう意味では、映画の中の少女は、私の母であり、母の友人でもあると思っています。私たちは、戦後と戦前で日本が変わってしまったと思いがちですが、決してそうではないんだということを忘れないでください。日本の歴史を連続性の中で捉えることが私たちの使命であり、この作品に登場する少女たちは、私たちの母であり、お婆さんなんだということをつかみとっていただければ幸せです」と、本作について語っている。

ユースケ・サンタマリア

本作の原作は’93年に浅田氏が41歳の時に書き下ろしたもので、’95年の吉川英治文学新人賞を受賞した『地下鉄に乗って』以前の作品。初めて出版社から「好きに書いていい」と言われて書いた小説で、愛着が強い作品なのだそう。’97年に文庫として収録されてから50万部を超える売上となり、浅田氏自身が映画化を熱望していたそうだ。戦争の物語を執筆することについて、浅田氏は語る。「戦争経験者ではない自分が戦争の物語を書くのは僭越ですが、知らないからこそ、きちんと伝えたいという気持ちで書いています。経験したことのない戦争を描くとき、筆が止まることがあります。この場面で、こんな考え方をするのか、字句の使用はこれで良いのかと、恐くなるんです。それは、戦争を経験された方に対することではなく、戦争でお亡くなりになった方に対する畏怖と敬意を意味するのです。こんなに立派な映画にしていただいてよかったです」。本作は原作の発表から18年、映画化が決まってから4年かけてようやく完成したとのこと。時が満ちた、ということなのかもしれない。

堺雅人

あの夏、少女たちが守ろうとしたものはなんだったのか? 流行歌でも歌うかのように軍歌「比島(ひとう)決戦の歌」を楽しげに合唱し、労働に汗し、無邪気に笑い合う少女たちの姿が明るければ明るいほど、その傍らに落ちる陰(かげ)の暗さに胸がつまる思いがする。楽しいだけの内容には決してならないことから、これまでは番組や物語のテーマにすることも容易ではなかった戦中〜戦後復興のころについて、ドキュメンタリーやドラマ、映画などさまざまな形で語られている今。東日本大震災を経験した後の復興を日本全体で推し進めている今だからこそ、戦後の日本がたどった復興の道のりや人々の精神を顧みる、という内容が広く受け入れられつつあるように思える。佐々部監督は語る。「この作品が未来に向かう作品として、今の日本の人たちにとって勇気を感じてもらえるような作品になっていれば嬉しいです」。当時の人たちが抱いたであろう悩みや葛藤、現代に生きる私たちが継ぐべき思い。人々の純粋で強い意思に圧倒される作品である。

作品データ

日輪の遺産
公開 2011年8月27日公開
角川シネマ有楽町ほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2011年 日本
上映時間 2:14
配給 角川映画
監督 佐々部清
脚本 青島武
原作 浅田次郎
出演 堺雅人
中村獅童
福士誠治
ユースケ・サンタマリア
八千草薫
森迫永依
土屋太凰
金児憲史
麻生久美子
塩谷瞬
北見敏之
ミッキー・カーチス
八名信夫
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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