フェア・ゲーム

政府の陰謀によりCIA女性エージェントの身分が暴露
正義とは、人として見失ってはならないこととは?
9.11後の米国の混迷を伝える、実話ベースの社会派サスペンス

  • 2011/09/26
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もとCIAエージェント、ヴァレリー・プレイムの回顧録を映画化。9.11の同時多発テロに関連し、アメリカの政界スキャンダルとなった“プレイム事件”について実話を基に描く。出演は演技派のナオミ・ワッツ、ショーン・ペン、サム・シェパードほか。監督・撮影は2002年の映画『ボーン・アイデンティティー』のダグ・リーマン。イラク政府は核兵器の開発計画を進めていない、という事実を突き止めたCIAの女性エージェントと元外交官である夫は、戦争を始める正当な理由を必要としていたアメリカ政府と対立。信念も人間性も何もかもを踏みにじられるほどの激しい社会的制裁を受け……。正義とは、人間として見失ってはならないこととは?同時多発テロを受けたアメリカの混迷を伝え、これから先を考えさせられる社会派サスペンスである。

2001年9月11日の同時多発テロ以降、米国政府はアフガニスタンに侵攻。ジョージ・W・ブッシュ大統領は’02年1月の一般教書演説でイラクを、大量破壊兵器を保持する“悪の枢軸”のひとつであると批判。が、CIAの女性エージェント、ヴァレリー・プレイムは潜入捜査などを経て、イラクに核兵器開発計画がないことを確認。元ニジェール、ガボン大使であるヴァレリーの夫ジョゼフ・ウィルソンも国務省の依頼でアフリカに赴き調べた結果、イラクとニジェール間にウラン売買の事実はないと判明。夫婦がそれぞれに報告をあげるも、開戦の準備を進めていた米国政府はこの報告を無視。’03年3月20日にイラクへ宣戦布告をして開戦する。同年7月、ジョゼフはニューヨーク・タイムズ紙に、イラクの核兵器開発計画が最初から存在しないという自身の調査結果について寄稿。その直後、保守派の有名な政治ジャーナリストである故ロバート・ノヴァクを始め、ワシントンの有力ジャーナリストたちに、ジョゼフの妻ヴァレリー・プレイムは現役のCIA秘密諜報員であるという機密情報がリークされる。

ナオミ・ワッツ、ショーン・ペン

9.11から2年後の緊張と混乱が続くアメリカで、イラク戦争を開戦したブッシュ政権と対峙する夫妻は世間からの激しい攻撃の標的に。情報部員身分保護法という法律がありながら、報道はどんどん過熱し、夫妻は社会から孤立。CIAから疎まれ米国政府から敵視され、これがフィクションではなく実際にあったことというから背筋がゾッとする。扇動された公衆の悪意の矛先は誰にどう突き刺さろうと、人々にとってはほんの一時(いっとき)に流行った噂話程度に過ぎない。ソーシャルネットワークの利用が常識となっている今、誰もが加害者にも被害者にも簡単になり得る。それが心の底から恐ろしい。

映画の内容は、ヴァレリーの回顧録『Fair Game: How a Top CIA Agent Was Betrayed by Her Own Government(格好の標的:CIAのトップエージェントは、いかにして国家に裏切られたか)』と、ジョゼフの回顧録『The Politics of Truth: Inside the Lies That Put the White House on Trial and Betrayed My Wife's CIA Identity』をもとに、周囲の人々への入念なリサーチを基に製作されたとのこと。当初はヴァレリーやジョゼフ、プレイム事件について語ることを嫌がる人物が多かったものの、’06年の中間選挙でブッシュ大統領率いる共和党が惨敗すると、政治にまつわる自由な発言ができる感覚が広まり、多くの人から話を聞くことができるようになったとも。劇中にあるジョゼフのニジェール調査における見解や、ホワイトハウスによる情報のリーク元については、完全なる事実であるかどうかはグレーの部分もあるようだが、軸となっている部分は事実がよく描かれているとのこと。CIAオフィス内部の描写はヴァレリーが詳しくアドバイスをしたそうで、彼女は「これまでCIAを描いた多くの作品と違って、パソコンの画面から壁の地図までも忠実に再現されている」と語り、ヴァレリー&ジョゼフ夫妻は内容に満足しているとコメントしている。映画の最後にはヴァレリー本人が、情報リーク問題の裁判の公聴会に出席した時の映像も収録されている。

ショーン・ペン

CIAの敏腕女性エージェント、ヴァレリー役はワッツが熱演。彼女は実際のCIA職員が受ける諜報活動と特殊部隊の訓練に参加し、撮影に臨んだとのこと。一流の諜報員として、また妻であり母親である1人の女性として、どのうように決断すべきかを苦悩するさまを丁寧に表現している。また彼女の夫ジョゼフ役はペンが、世間に対してあくまでも熱く正論を訴え続ける、頑固なまでに一徹な知性派を演じている。ワッツとペンは本人たちとそれぞれに連絡を取り、彼らの人となりや思想にじかに触れ、演技に取り入れたそうだ。そしてヴァレリーの父親サム役をシェパードが演じ、厳しくも人間味のある存在感で物語に温かみを添えている。

撮影はワシントンやニューヨークから、カイロ、アンマン、クアラルンプールなどにて。最大の難関だったというイラクの首都バグダッドでは、本作がドキュメンタリー以外の撮影をバグダッドで行った初めての映画会社だったとのこと。スタッフたちは神経の磨り減る思いもしたものの、できばえに満足しているそうだ。

アメリカの同時多発テロから10年。去年から今年にかけて、大量破壊兵器の存在をめぐるノンフィクションの原作を映画化した’10年の映画『グリーン・ゾーン』をはじめ、現在日本で公開中の『リメンバー・ミー』『親愛なるきみへ』など、9.11とそれによる影響を背景にした映画が多数発表されている。10年を経て語れるようになり、伝えたいことがあり、アメリカに暮らす人々の思いとして共有できるようになったのかもしれない。また、民主党を率いるバラク・オバマ大統領の支持率が落ちていることから、民主党支持者が多いというハリウッドから’12年の大統領選挙に向けて、“保守党よりも民主党”というプロパガンダが含まれていたりもするのだろうか。ただ本作は政治的なスキャンダルを描く実話ベースというだけでなく、極限まで追い詰められてゆく人間が、本当に大事なことを選び取るまでの姿も丁寧に描かれているため、人間ドラマとしても見応えがある。アメリカで公開時の興行成績はあまりふるわなかったようだが、一大スキャンダルの裏に隠蔽された事実関係を知ることのできる内容であり、国家権力の横暴に対峙した夫妻の実話でもあり、貴重な作品であることは間違いない。

作品データ

フェア・ゲーム
公開 2011年10月29日公開
TOHOシネマズ六本木ヒルズほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2010年 アメリカ
上映時間 1:48
配給 ファントム・フィルム/ポニー・キャニオン
原題 Fair Game
監督・撮影 ダグ・リーマン
脚本 ジェズ・バターワース
ジョン・ヘンリー・バターワース
出演 ナオミ・ワッツ
ショーン・ペン
サム・シェパード
ノア・エメリッヒ
ブルース・マッギル
デヴィッド・アンドリュース
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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