私が、生きる肌

ペドロ・アルモドバル×アントニオ・バンデラス
22年ぶりのタッグで禁断の愛とその顛末を描く
情念と混沌の果てをスタイリッシュに映す人間ドラマ

  • 2012/05/25
  • イベント
  • シネマ
私が、生きる肌© Photo by Jose Haro O El Deseo

スペインの異才ペドロ・アルモドバルが監督・脚本を手がける最新作。主演は1982年のアルモドバルの映画『セクシリア』でデビューし、タッグは’89年の『アタメ』以来22年ぶりとなるアントニオ・バンデラス、共演は2010年のフランス映画『この愛のために撃て』で注目されたスペイン出身の女優エレナ・アナヤ、そして’98年の『オール・アバウト・マイ・マザー』など4本のアルモドバル作品に出演するベテランのマリサ・パレデスほか。軟禁されている美しい女性、口数少なく世話をする初老のメイド、監視カメラを通じて女性を見つめる天才外科医。不可思議な彼らの関係とは? 禁断の愛とその顛末を描くアルモドバル流の人間ドラマである。

自然に囲まれたスペインの郊外にたたずむ邸宅。鉄格子のはめられた窓の部屋で、美しい女性ベラがヨガのポーズで瞑想をしている。まるで全裸のように見える肌色のボディスーツをまとい、マイクを通じてメイドのマリリアと会話する。別室では邸宅の主であり、人工皮膚開発の権威にして世界的な形成外科医のロベルが、監視カメラに映るベラを自室でじっと見つめている。奇妙で静かな生活の中、マドリッドのカーニバル帰りという虎のコスチュームをつけた青年セカが邸宅を訪問。招かざる来訪者により際どいバランスが崩れ、彼らの間に秘められた過去が明らかになってゆく。

倒錯、耽美、いきすぎた愛憎の果てにあるものとは? 本作はフランスの作家ティエリー・ジョンケの小説『蜘蛛の微笑』を原作にしつつも、アルモドバルが大胆に脚色。物語が展開していくにつれ濃厚にまとわりつく湿気を感じさせ、梅雨が目前に迫る時期の日本公開は悪くなさそうだ。本作についてアルモドバル監督は語る。「私にわかっていたのは、簡素な語り口の、雄弁で自由なヴィジュアルを前面に押し出さなくてはならないということだった。しかも、たくさんの血が楕円形を描いてあふれ出たとしても、決して惨たらしくならないこと。撮影前にこういった前提から入るのは初めてではなかったが、この映画は特にそうすべきだと思ったのだ」。

私が、生きる肌

謎めいたロベル役の静と動の落差を、バンデラスが丁寧に表現。アルモドバル監督は“完璧な感情の欠如”を表現すべくバンデラスに無表情を求めたそうで、抜きん出て知的であるからこそ得体の知れない怖さがある様子がよく伝わってくる。謎の女性ベラ役はアナヤが演じ、徐々に露呈してゆく内情とともに、葛藤に満ちた心情を表している。そしてメイドのマリリア役はパレデスが演じ、ロベルを見守りすべての事情を知る者として要を担っている。また青年ビセンテ役にジャン・コルネット、侵入者セカ役にロベルト・アラモ、少女ノルマ役にブランカ・スアレス、ビセンテの母親役にスシ・サンチェスなど、スペインの実力派俳優たちが脇を固めている。

アルモドバル監督はプレス資料で、本作の制作にあたり影響を受けた監督の名前や作品の私が、生きる肌をとても具体的かつ雄弁に解説。その一部を紹介すると、ジェームズ・ホエール監督の『フランケンシュタイン』(31)、アルフレッド・ヒッチコック監督の『めまい』(58)や『レベッカ』(40)などが挙げられている。また本作の最初に映るエル・シガラルの街は、ルイス・ブニュエル監督が映画『哀しみのトリスターナ』(70)の舞台として撮影した場所とのこと。アルモドバル監督は巨匠ブニュエルへの賛辞を込めて、そのショットを冒頭で再現したそうだ。作家の多くはインスパイア・ソースをオープンにしない場合が少なくないものの、詳しく楽しそうに説明するアルモドバル監督の度量の大きさや才能の豊かさに触れ、改めて感銘を深めた。彼は自分の作品にとても自然な確信があるのだろう。ひらめきの源となったすべての作品をあげても、自分の映画はただの真似やコピーではなく、すべてを昇華してオリジナルの結晶になっている、と。

私が、生きる肌

ベラが纏う肌色のボディスーツをはじめ、本作では一流デザイナー、ジャン=ポール・ゴルチエが衣装を担当。’93年の映画『キカ』以来のアルモドバル監督とのタッグも話題に。また衣装としてゴルチエはもちろん、シャネルやディオール、D&Gやプラダなどトップブランドの協力により、モードの視点からも洗練のヴィジュアルに。本作の衣装スケッチのパネル展が「ジャンポール・ゴルチエ銀座店」(開催中〜2012年6月10日まで)で行われているので、映画館にいく流れで寄るのも楽しいだろう。

私が、生きる肌

本作のテーマについて、監督は語る。「ベラはとりわけ人間の身体にとって最も重要な部分、すなわち自分の肌を失っていく。肌は他者と我々を分ける境界線である。それが我々の属す仲間を決定する。生物学的にも地理学的にも、肌が我々の感情を反映し、我々のルーツを映し出すのだ。だが肌が精神状態を反映することは多いが、肌そのものが精神というわけではない。ベラの肌は変わったが、彼女は自分自身であることを失ったわけではないのだ。このアイデンティティと、“傷つけることのできない”(人工皮膚の)性質が本作のもうひとつのテーマである」。憎悪、絶望、愛情、復讐、欲望、フェティッシュ……混沌とした情念の渦の向こうに行きつくことはできるのか。感動があるかどうかというより、アルモドバルのストーリーテリングとヴィジュアルの妙を味わう、アーティスティックなミステリーである。

作品データ

私が、生きる肌
公開 2012年5月26日公開
TOHOシネマズシャンテ、シネマライズほか全国順次ロードショー
制作年/制作国 2011年 スペイン
上映時間 2:00
配給 ブロードメディア・スタジオ
原題 LA PIEL QUE HABITO
英題 THE SKIN I LIVE IN
監督・脚本 ペドロ・アルモドバル
原作 ティエリー・ジョンケ
製作・脚本 アグスティン・アルモドバル
衣装 ジャン=ポール・ゴルチエ
出演 アントニオ・バンデラス
エレナ・アナヤ
マリサ・パレデス
ジャン・コルネット
ロベルト・アラモ
ブランカ・スアレス
スシ・サンチェス
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
XInstagram

記載内容は取材もしくは更新時の情報によるものです。商品の価格や取扱い・営業時間の変更等がございます。