夢売るふたり

あうんの呼吸による夫婦タッグの結婚詐欺の行く末は?
不条理でも否定しきれない、男女の煩悶をリアルに映し、
女たちの生々しさと情念のるつぼを描く人間ドラマ

  • 2012/09/07
  • イベント
  • シネマ
夢売るふたり© 2012「夢売るふたり」製作委員会

街に生きる女たちの生々しさがズシリとくる。『ゆれる』『ディア・ドクター』の西川美和監督が、はじめて女性を主人公にオリジナル脚本で描く。出演は松たか子、阿部サダヲ、田中麗奈、鈴木砂羽、安藤玉恵、江原由夏、木村多江、伊勢谷友介、香川照之、笑福亭鶴瓶ほか。夫婦で営む小料理屋を火事で失った貫也と里子は、ひょんなことから夫婦で結婚詐欺を始める――。どろどろとした情念のるつぼをギターのストリングスでやさしく包み、ありていに映す。不毛で不条理でも否定しきれない、男と女の煩悶をリアルに描く人間ドラマである。

料理の腕前と愛嬌のある市澤貫也と、しっかり者で気の利く里子、夫婦で切り盛りするこぢんまりとした小料理屋「いちざわ」。常連が集うよい店だったものの、ある日の火事で店が全焼。里子は気丈に夫を励まし、生計を得るためにラーメン屋でバイトを始めるが、貫也は酒を飲み陰険な嫌味を里子にぶつけ、ふらりと街へ。店の常連客だった玲子と偶然会った貫也は、勢いで関係をもつ。翌日、貫也が帰宅してすぐに浮気を察知した里子は、憤然とした末に、あることを思いつく。

妻の指導と演出のもと、夫が結婚詐欺をして女性たちから金を巻きあげる。エグい設定と展開を、役者たちの布陣と個性と演技、おだやかな音楽、どこか俯瞰の視点を感じさせる西川監督の演出でみせてゆく仕上がりだ。こうした内容でありながら、だますほうだけではなくだまされる側も含め、登場する女性たちの強さと生きざまが浮き彫りになっているあたりが面白い。

松たか子、阿部サダヲ

「今回の最大のテーマは女性をどう描くかということでした」という西川監督は、「結婚詐欺はあまり重要ではなく、女性たちの生き方を描きたかった」と続ける。劇中では、人が本来は他人とは容易にわかちあえない部分、性や生理にまつわることも差し入れられ、松たか子がそのあたりも自然な流れで演じている。監督は「夫婦のモラルも含めてまったく感情移入できないような汚い話をやってもらうには、松さんの絶対的な品が必要だなと」そう感じたそうだ。

キャスティングの妙により、ともすれば不快さが際立ってしまう内容も親しみやすく。献身的に夫を支える妻から、夫を操って結婚詐欺をさせる悪妻へと変貌する里子役は、松がつかみどころのない感覚で。妻にいわれるがまま女性たちから金をせしめていく素直な夫、貫也役は阿部がユーモアを交えて人情深くテンポよく。そしてもと夫婦の店の常連客で貫也の最初の浮気相手、玲子役は鈴木砂羽が大人の女性の色香と迫力をくっきりと。夫婦が最初にだました出版社勤務のOL咲月役に田中麗奈、お人よしのデリバリーヘルス嬢、紀代役に安藤玉恵、妻に借金を負わせて脅かす紀代の夫役に伊勢谷友介、女子重量挙げの選手で素朴な気質のひとみ役に江原由夏、ハローワーク勤務のシングルマザー滝子役に木村多江、玲子の不倫相手と双子の弟、外ノ池俊作役と明浩役に香川照之、私立探偵の堂島役に笑福亭鶴瓶。どの役もすべて俳優たちがキャラクターの雰囲気にとてもよくハマッている。

阿部サダヲ

個人的にいちばん響いたシーンは、葛藤のあまり頭がどうにかなりそうなほど混乱し動揺した里子が、横断歩道を渡る玲子と目が合うシーン。ばらばらにちぎれて遠くへいきかけた意識は、同じ痛みを知る者だけがつなぎとめることができる。それでもあなたは自分の力で地に足をつけて立ち、歩いていくことができると。

本作の夢売るふたりの“夢”という言葉には、西川監督のこんな思いが含まれているそう。「たとえば、かつて映画は自分の夢でしたが、いまはそれを生業にしてお金をいただいている。ある意味、夢を売ってきたと思っているんです。映画は私にとって、もう夢ではありません。もう甘くてふわふわした時間は二度ともどってこないでしょう。でも、夢見ていた頃より映画を身近に感じ、血の通ったものとして深く愛せるようになった実感があります。だから私は、夢を売って大人になっていってるんじゃないかなぁ、という気がしています」。里子の甘くするどい詩的なモノローグとともに、シビアな人生訓がそこかしこにちりばめられ、女性の自立をうながすかのような本作。なかなかしんどい面もある内容だが、ベタつくような重いねばっこさが観終わった後に残ることはない。“人生は続く。ただそれだけのこと”という芯が、飄々としながらも一貫してとおっているからだろうか。街であぶれた者たちの悲哀を、ユーモアを交えて辛辣に映し、女たちの生きざまを描き出す。生身の人間らしさを良くも悪くもひしひしと感じさせる、アクの強い人間ドラマである。

作品データ

夢売るふたり
公開 2012年9月8日公開
新宿ピカデリーほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2011年 日本
上映時間 2:17
配給 アスミック エース
原案・脚本・監督 西川美和
出演 松たか子 
阿部サダヲ
田中麗奈
鈴木砂羽
安藤玉恵
江原由夏
木村多江
やべ きょうすけ
大堀こういち
倉科カナ
伊勢谷友介
古舘寛治
小林勝也
香川照之
笑福亭鶴瓶
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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