ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日 試写会日記 毎週、熱田美希から映画ファンの皆さんへ熱いメッセージ!傑作でも愚作でも、映画ってやっぱり素敵!!
ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日

© 2012 Twentieth Century Fox

壮大な野生の美しさ、研ぎ澄まされてゆく生命力
少年とトラの漂流記という奇抜な冒険譚にとどまらず
知の共有をおおらかに描く、アン・リー監督の3Dアート

 圧倒的に迫りくる野生の烈しさと美しさ。詩的で幻想的な未知の領域をアン・リー監督が圧倒的な3D映像で綴る。出演は3000人以上のなかからオーディションで選出されたインドの17歳の青年スラージ・シャルマ、『スラムドッグ$ミリオネア』のイルファン・カーン、『その名にちなんで』のタブー、『プロメテウス』のレイフ・スポール、フランスの名優ジェラルド・ドパルデューほか。ただの少年の冒険譚におさまらない、哲学的な導きや精神的な示唆を感じさせる、鮮烈で奥深い物語である。

 カナダ人の男性ライターが、モントリオール在住のインド系カナダ人、パイ・パテルの自宅を訪ねて話を聞く。その内容は彼が少年の時に体験した、想像を絶するサバイバルの話だった。1960年代初めにインドのポンディシェリで生まれたパイは、父親が経営する動物園の生き物たちとともに暮らしていた。そしてパイが16歳の時に両親がカナダへの移住を決意。一家は動物たちとともに貨物船へ乗り込み、移住のためにカナダへと向かうが、船は大嵐に遭遇して沈没。混乱のなか救命ボートで生き残ったのはパイと、シマウマ、ハイエナ、オランウータン、そして体重200キロを超すベンガルトラのリチャード・パーカーだけだった。ほかの動物たちが死に、生き残ったパイとリチャードは1人と1頭で広大な太平洋を漂流する。

 家族を全員亡くして1人生き残り、1頭のトラとともに大海原に投げ出された少年の物語。さまざまな海洋生物が躍動するさまや空と海の溶け合う広大な視界の映像は圧巻で、感覚に力強くうったえかけてくる。3Dが合うジャンルはアクションやSF、パニックもののみならず、3D映画におけるアートとしての映像の生かし方や見せ方をリー監督が打ち出しているかのようだ。

スラージ・シャルマ

 原作はカナダ人の作家ヤン・マーテルが2001年に発表し、イギリスの権威ある文学賞のブッカー賞を受賞した『パイの物語(原題:LIFE OF PI)』。マーテルは1963年に生まれ、外交官の親とともにインド、トルコ、イランなど世界各地で暮らした経験をもち、27歳で作家活動をはじめたという人物。この小説を書くためにインドでモスク、寺、教会、動物園を訪ねて半年をすごし、宗教的な作品や漂流物語を1年かけて読みこみ、執筆に2年を費やしたとのこと。マーテルはリー監督による映画化をとても喜び、「映画が使う言語は万国共通で、ストーリーが映像化されていくところを実際に見てワクワクしたよ」とコメント。「アンは力強い感情を揺さぶる作品を創る上で、監督として完璧な選択だった。彼は小さな作品から個人の感情を描いたもの、超大作までバラエティに富んだ作品を手がけている。それこそ、この物語に必要な要素だ。これは家族を失い、スケールの大きな舞台で想像を絶するチャレンジに挑む少年の内面を見せるドラマだからね。こういう話を映画化し、感情的な核を持たせることはひと筋縄ではいかない複雑な仕事だが、アンと彼のチームにはこれまでに培ったノウハウがあるし、断固とした決意とクリエイティブな手腕が備わっていた」と、監督の手腕を称えている。

 パイ少年役はリー監督の抜擢によってオーディションで選出された、澄んだ瞳の持ち主である青年シャルマが好演。物語の半分は彼とCGで作りこまれた映像、という大役を素直な感性で演じている。成人したパイ役はカーンがおだやかな様子で、彼から話を聞くライター役はスポールが落ち着いた雰囲気で、パイの母親役をタブーがやさしく演じている。そしてほんの1シーンに出演する横柄な船のコック役にドパルデュー、というぜいたくな配役も。

スラージ・シャルマ

 本作には1982年に大西洋を実際に救命いかだで漂流した経験から、『大西洋漂流76日間』を執筆したサバイバル・マリン・コンサルタントのスティーヴン・キャラハンがアドバイザーとして参加。キャラハンはサバイバル技術と海洋のコンサルタントを務め、スラージに魚釣りのやり方や帆の揚げ方、水の精製の方法を伝授したそうだ。

 トラのリチャード・パーカーをはじめ、トビウオやくじら、後半にでてくるあの生き物たちは、ほとんどが最新の高度なデジタル・テクノロジーを駆使して創りだされたとのこと。視覚効果チームは動物の擬人化はさけて、動物そのものの微妙な雰囲気を維持することにしたそうだ。本作では『ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女』の視覚効果スーパーバイザー、ビル・ウェステンホファーの指揮により、『猿の惑星:創世記』で進化した革新的なCGキャラクターの技術が駆使され、たくさんのクリーチャーたちは生き生きとした存在となっている。

 世界はただありのままにあり、ひどくすさんだ場とみることも、すばらしく恵まれた場とみることもできる。嵐による貨物船の沈没という迫力のスペクタクル、少年とトラが太平洋を漂流するという奇抜なサバイバル・アドベンチャーにはじまり、野生が織りなす壮大で美しいヴィジュアル、むきだしの自然と命がけで向き合い、研ぎ澄まされてゆく感覚と鍛えられてゆく生命力、ただそこにある大いなる英知を共有する、という精神的かつ哲学的なテーマまで。リー監督は語る。「これは大きなスケールで信念を語る物語だ。多くの意味で、これは物語を伝えることの価値、物語を人と共有することの意味を描いているんだ」。2013年2月24日に発表となる第85回アカデミー賞にて作品賞、監督賞を含む11部門にノミネートされたこともあり、大きな注目を集めている本作。リー監督がスタッフやキャストとともに練り上げた物語は、これからたくさんのひとたちにどんどん共有され、感動の輪が大きく広がっていくことだろう。

『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』
2012年 アメリカ映画
データ
2013年2月4日更新
オフィシャルサイト
『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』

2013年1月25日公開
TOHOシネマズ日劇ほかにて
全国ロードショー

■2012年 アメリカ映画
■上映時間2:07
■20世紀フォックス映画配給
■原題/『LIFE OF PI』
■監督・製作/アン・リー
■原作/ヤン・マーテル
■脚本/デヴィッド・マギー
■出演/スラージ・シャルマ
イルファン・カーン
タブー
レイフ・スポール
ジェラール・ドパルデュー




プロフィール
 
あつた美希 あつた美希
あつた美希
フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。