“サスペンスの神”はいかにして神となったのか?
初共演となるオスカー俳優2人が伝説を築いた夫妻を演じ、
実話をもとに『サイコ』製作秘話と妻アルマとの逸話を描く
サスペンスの名手として数々の傑作を生み出した名匠アルフレッド・ヒッチコック。その存在をゆるぎなく確立した舞台裏、妻アルマの尽力と映画『サイコ』製作の知られざるエピソードに迫る。出演はともにヒッチコックと同じくイギリス出身、本作が初共演となる2人のオスカー俳優アンソニー・ホプキンスとヘレン・ミレン、そして健康的にセクシーな女優であるスカーレット・ヨハンソンとジェシカ・ビール、『マリー・アントワネット』のダニー・ヒューストン、『クラウド アトラス』のジェームズ・ダーシー、『リトル・ミス・サンシャイン』のトニ・コレットほか。監督として数々の候補をこえて抜擢されたのは、ドキュメンタリー映画『アンヴィル!夢を諦めきれない男たち』で実力が認められ、本作で長編劇映画の初監督をはたしたサーシャ・ガヴァシ。名優たちがそろいぶみ、ドラマティックでサスペンスフルなヒッチコック劇場である。
「そろそろ引退されますか?」。1959年7月8日、新作『北北西に進路を取れ』のワールド・プレミアで上機嫌だったヒッチコックは、記者の質問に憮然とする。すでに46本の映画をつくり、60歳を目前にしても製作意欲が衰えることはなく、ヒッチコックはまた新作の企画を思いつく。それは実在の凶悪殺人犯エド・ゲインを描いた小説『サイコ』の映画化だった。が、「B級ホラーに金は出せない」と大手映画会社に出資を断られ、トイレやシャワー、殺人シーンなどこれまで映倫によって厳しく規制されてきた映像の表現、重要なアドバイザーである妻アルマが別の仕事で忙しくなるなど、撮影は困難を極める。やっとのことで完成し第一回目の試写を回すも、関係者からきびしい評価を受け、ヒッチコック自身も失敗したと感じる。
ヒッチコックを公私ともに支える妻アルマとのパートナーシップ、最大のヒット作である映画『サイコ』が完成に至るまでの紆余曲折のエピソードを描く。原作はスティーヴン・レベロが1980年に発表した『ヒッチコック&メイキング・オブ・サイコ(原題:Alfred Hitchcock And The Making of Psycho)』。レベロ氏は両親の影響により少年の頃からヒッチコックのファンで、ヒッチ本人と手紙を交換したり電話で話したりという交流があった人物とのこと。そしてレベロ氏がセラピストとしてハーバード大学付属病院の部門スーパーバイザーをしていた時、ヒッチコックが1980年4月に80歳で他界する前、取材に応じた最後のインタビュアーとなったそうだ。その取材原稿はボストンの週刊紙『The Real Paper』に掲載され、その後に世界中の新聞や雑誌に配信。同年に単行本として出版されるとその内容が高く評価され、長年にわたる国際的なベストセラーに。レベロ氏はこれを機にロサンゼルスに移り住みジャーナリストとなり、現在も『GQ』『プレイボーイ』などで活躍しているそうだ。
ヒッチコック役はホプキンスがいい具合のなりきりぶりで好演。これまでにホプキンスが演じたリチャード・ニクソン、パブロ・ピカソ、CSルイスのように、今回も特殊メイクと演技力の絶妙なバランスで実在したアイコンの秘話を伝えている。夫のカリスマ性を全力で支えるアルマ役は、ミレンが有能で気さく、精神的に自立した女性として表現。まだ女性が男性と対等とは認められていなかった時代に、長年連れ添った妻であり、有能な脚本家・映像編集者・マネージャーであり、ヒッチ本人とごく親しい周囲の人々からかけがえのない存在としてアルマが正当に認められていたことがよく伝わってくる。ヒロインにブロンド美人を起用することで知られる“ヒッチコック・ブロンド”として、『サイコ』のマリオン役の女優ジャネット・リー役はヨハンソンが、マリオンの妹ライラ役の女優ヴェラ・マイルズ役はビールが、殺人犯ノーマン役の俳優アンソニー・パーキンス役はダーシーが演じ、ヒッチとのつながりや『サイコ』撮影中の余話をわかりやすく。またヒッチコック作品『見知らぬ乗客』などを手がけ、アルマと共同執筆をする脚本家ウィットフィールド・クック役はヒューストンが、仕事熱心なヒッチのチーフ・アシスタントのペギー役はコレットが、それぞれにはっきりとした個性で演じている。
本作の見どころのひとつは『サイコ』公開までの舞台裏だ。第一回目の試写の評判が最悪で、ヒッチ自身も失敗したと落ち込んだ後、アルマからの叱咤激励をうけて夫妻で喧々諤々としながら徹底的に再編集。ヴァイオリンが戦慄を呼び起こす、かのバーナード・ハーマンのサウンドトラックもシャワーシーンにつけられ、ヒッチコックの歴代の作品のなかで最高の興行収入と評判を得て大成功をおさめるまで。伝説的な3分のシャワーシーンは、77のカメラアングルによる50のカット数をおさめ、撮影に6日間かかったとのこと。ヌードがまったく映っていないのに映倫によるシャワーシーンの検閲はもめにもめ、からくもアメリカでの上映許可を得たこと。そして先行上映は2館のみ、試写会はなしと聞いたヒッチコックは、自ら宣伝マニュアルを作成。まず各劇場主に次のような案内を送付したそう。【特別な入場方針のために警備員をお雇いください。『サイコ』は恐ろしい映画ですので、取り乱した観客を鎮めてもらうのです。ロビーの時間ボードで、観客に開演時刻を知らせてください。『サイコ』のショックとサスペンスを強調するためです。エンド・ヒッチコックが出たら、すぐにスクリーン前のカーテンを閉めて、場内を30秒間だけ暗くしてください。そうすれば『サイコ』の恐怖は、観客の頭の中に永遠に刻まれるでしょう。真摯に強く望みます。アルフレッド・ヒッチコック】。そして次に劇場の観客向けに、自ら録音したこのアナウンスを放送してもらったそうだ。「映画が始まりますと、どなた様も入場できなくなります。通用口や非常口、天窓から忍び込むのは、浅はかなことです」。こうした宣伝の手法は、今日(こんにち)では演劇でよく活用されており、日本の演出家である野田秀樹や三谷幸喜をふと思い出した。そもそも『サイコ』は企画段階でパラマウントから出資を拒否されたため、ヒッチコック夫妻は自宅を担保に入れて捻出した自己資金80万ドル、30日間の撮影で製作。ヒッチのエージェントが手腕をふるい、ヒッチ自身が映画の60%を所有する配給契約をパラマウントとしていたため、『サイコ』の成功により夫妻は億万長者になった、という結末もじつに痛快だ。
誰かがスポットライトを浴びれば、その陰にたたずむ人の姿は見えない。本作ではあまり記録が残っていないという妻アルマとヒッチとの関係も丁寧に描かれている。著名な映画作家のパートナーとしての献身と悲哀、そして喜びとは。夫の身勝手すぎる言い草に、アルマが自らの心情を思いきり吐露するシーンにはとても沁みるものがある。カヴァシ監督は語る。「2人の関係は単に夫婦としてではなく、クリエイティブなパートナーとして、ダイナミックで複雑で矛盾を抱えた、美しくも痛ましいものだった。強い意志をもった2人がどうやって一緒に生活し、作品で協力し合ったかに興味があったが、それは『サイコ』の製作秘話に新しい観点をもたらした。アルマがそばにいなかったら、ヒッチコックはあれほど才能を発揮できず、『サイコ』を作れなかっただろう」。彼はなぜ名匠たりえたのか? 最後に、ヒッチコック本人が1979年にAFI功労賞(アメリカ映画協会の生涯功労賞)を受賞したときのスピーチをどうぞ。「私に大いなる愛情と高い評価を与え、常に激励とともに惜しみない協力をしてくれた4人の人物をあげることを、お許しください。1人目は映画編集者、2人目は脚本家、3人目は娘のパットの母、4人目は家庭の台所で奇跡を見せる優秀な料理人。偶然にも4人全員が同じ名前、その名もアルマ・レヴィルです」。
公開 | 2013年4月5日公開 TOHOシネマズシャンテほかにて全国ロードショー |
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制作年/制作国 | 2012年 アメリカ |
上映時間 | 1:39 |
配給 | 20世紀フォックス映画 |
原題 | HITCHCOCK |
監督 | サーシャ・ガヴァシ |
脚本 | ジョン・J・マクロクリン |
原作 | スティーヴン・レベロ |
出演 | アンソニー・ホプキンス ヘレン・ミレン スカーレット・ヨハンソン ジェシカ・ビール ダニー・ヒューストン ジェームズ・ダーシー トニ・コレット |
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