リンカーン

憲法修正による奴隷制度の廃止、4年にわたる南北戦争の終結
A・リンカーンが2期目の大統領選に当選し暗殺されるまで
アメリカにおける歴史的な転換の経緯を、事実をもとに描く

  • 2013/04/12
  • イベント
  • シネマ
リンカーン© 2012 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION and DREAMWORKS II DISTRIBUTION CO., LLC

第16代 アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンが、奴隷制度の廃止という歴史的な転換をなしえた局面とは。出演は本作で3度目のアカデミー賞主演男優賞を獲得したダニエル・デイ=ルイス、これまでに2度のアカデミー賞主演女優賞を受賞している女優サリー・フィールド、『グッドナイト&グッドラック』のデヴィッド・ストラザーン、『(500)日のサマー』のジョセフ・ゴードン=レヴィット、そしてやはりオスカー俳優であり、シリアスからコメディまで幅のある演技と大きな存在感でひきつけるトミー・リー・ジョーンズほか。監督・製作は本作の構想を12年間温めていたというスティーブン・スピルバーグ。奴隷制度を廃止する憲法の修正案“合衆国憲法修正第13条”の批准、4年にわたる南北戦争の終結。リンカーンが2期目の大統領選に当選し翌年に暗殺されるまでの約5か月の経緯を、事実をもとに描く人間ドラマである。

1865年1月、エイブラハム・リンカーンが大統領に再選されて2カ月。国を二分する南北戦争は泥沼化し、たくさんの命が犠牲になっていることに苦悩しながらも、リンカーンは奴隷制度を廃止するための憲法の修正を優先する。味方である共和党内からも奴隷制を認めて戦争を早く終わらせるべきだという声が高まるなか、リンカーンは国務長官のウィリアム・スワードを介し、憲法修正の可決に向けて議会工作を指示。共和党の保守派プレストン・ブレアに党の票をまとめさせるが、可決には20票が足りない。リンカーンはあらゆる策を弄するように命じ、スワードはW.N.ビルボらロビイストをつうじて敵対する民主党議員にもはたらきかける。水面下の政治的な駆け引きがあわただしいなか、奴隷解放運動の急進派で老年の共和党員タデウス・スティーブンスは、リンカーンがどこかで妥協するのではないかと情勢を冷ややかに見つめていた。

ダニエル・デイ=ルイス

アメリカが歴史的な転機に至るまで、リンカーンがさまざまな手段を講じて憲法の修正までこぎつけた経緯を丁寧に描く。本作はアメリカ人にとって常識である自国の歴史と政治や憲法における転換期がモチーフであり、日本を含むほかの国の観客にとって万人にわかりやすいストーリーではない。映画の内容をしっかりと堪能したい場合は、南北戦争と奴隷解放の背景、リンカーンのゲディスバーグ演説の意図やその後の影響について、あらかじめ把握しておくといいだろう。こうしたことを踏まえてか、上映の際は本編が始まる前に、スピルバーグ本人が当時の背景を簡単に説明する映像が差し込まれている。

難局の最中にあるリンカーンの不屈の信念と複雑な心情は、デイ=ルイスが抑えた演技で表現。もともとの長身を生かして体重を落とし、メイクで顔を作りこみテノールに近い声を使うなどをしてリンカーン役に入り込んだとのこと。スピルバーグはデイ=ルイスの役作りを称えて、「ダニエルはリンカーンのことを何から何までわかっていた。私にも理解不能なレベルまで把握していた。だから役づくりについて彼に尋ねたことはないし、疑問にも思わなかった」とコメントしている。またリンカーンの妻メアリー・トッド役はフィールドが、長男のロバート役はゴードン=レヴィットが、スワード国務長官役はストラザーンが、ロビイストのW.N.ビルボ役はジェームズ・スペイダーが、保守派の共和党員プレストン・ブレア役はハル・ホルブルックがそれぞれに演じている。なかでもいい味わいをだしているのは、奴隷解放運動の急進派タデウス・スティーブンスを演じたジョーンズ。どっしりとした重みと醸し出す人間味、独特の奥深さが期待通りだ。

ダニエル・デイ=ルイス

原作者はアメリカの女性歴史学者でありピュリッツアー賞作家であるドリス・カーンズ・グッドウィン。コルビー大学を卒業後、ハーバード大学で行政学を学び、博士号を取得。リンドン・ジョンソン大統領に招かれ補佐官となったのち、ハーバード大学の教授としてアメリカの大統領制について指導した人物とのこと。代表作はピュリッツアー賞を受賞した『No Ordinary Time Franklin and Eleanor Roosevelt: The Home Front in World War II』ほか。この映画の原作『Team of Rivals: The Political Genius of Abraham Lincoln(邦題:リンカン)』では、1860年にリンカーンが大統領に就任し暗殺されるまでの約5年のこと、現アメリカ合衆国大統領のバラク・オバマ氏も取り入れているという「Team of Rivals(ライバルによるチーム)」をはじめとするリンカーンの政治的手腕を中心に執筆。本作ではそこからさらに時期を絞り、1864年11月〜1865年4月までの約5か月間のことが描かれている。

ダニエル・デイ=ルイス

“偉大な解放者”“最も偉大なアメリカ大統領”と称されるエイブラハム・リンカーン。「人民の人民による人民のための政治(government of the people, by the people, for the people)」で知られるゲティスバーグ演説(1863年11月19日に南北戦争の激戦地であるペンシルベニア州ゲティスバーグで行った演説)の言葉は、今もアメリカ全土で人々に広く親しまれ、折に触れ心の支えとなっているとのこと。スピルバーグはリンカーンを、「欠点のある複雑な人間でも偉大なことを成し遂げることができる」と自らの生き方で証明した人物ととらえ、その知られざる人間的側面を描きたいと昔から思っていたそう。監督は語る。「4、5歳の時にリンカーン記念館を初めて見て、あの巨大な像がひどく怖かったことを覚えている。以来、リンカーンに興味を抱き、子供時代から彼についての書物を読みこんだ。彼は国の最悪の時代を乗り越え、アメリカ民主主義の理想を持続させて奴隷制を廃止した。でも、映画化するにあたってはその多面性を描きたかった。政治家で軍の指揮者である一方、父であり夫として、常に自分自身を深く見つめる人でもあった。私は、英雄崇拝に陥ることなくその人生を深く探ろうと考えた」。非常に優れた政治家であり歴史に名を刻んだ偉人であると同時に、生身なのだから当たり前のことながら完全無欠ではない。インディアンの排除のように反発をおぼえる側面もある。いずれにしても貧しく後ろ盾もない開拓民の息子という出自から、独学で法律を学び弁護士となりアメリカ大統領となったその生き様は、たくさんの人が憧れて手本とし、時をこえて大きな影響を与え続けていることは確か。本作は偉人が伝説となる決定的な事象と顛末を今に伝える作品である。

作品データ

リンカーン
公開 2013年4月19日公開
TOHO シネマズ日劇ほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2012年 アメリカ
上映時間 2:30
配給 20世紀フォックス映画
原題 LINCOLN
監督・製作 スティーブン・スピルバーグ
脚本 トニー・クシュナー
出演 ダニエル・デイ=ルイス
サリー・フィールド
ジョセフ・ゴードン=レヴィット
トミー・リー・ジョーンズ
デヴィッド・ストラザーン
ジェームズ・スペイダー
ハル・ホルブルック
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
XInstagram

記載内容は取材もしくは更新時の情報によるものです。商品の価格や取扱い・営業時間の変更等がございます。