© 2013「中学生円山」製作委員会

今春からスタートしたNHKの連続テレビ小説『あまちゃん』で脚本を手がける宮藤官九郎による、4年ぶりの監督作。出演は俳優としての実力が高く評価されている草�g 剛、宮藤氏が脚本を執筆したドラマ『11人もいる！』で四郎を演じた平岡拓真、そして仲村トオル、坂井真紀、ミュージシャンのエンケンこと遠藤賢司、2009年の韓国映画『息もできない』で自ら監督・脚本・主演をつとめたヤン・イクチュンほか。エッチな目的を達成するため、日夜自主トレにはげむ中学生の円山克也と周囲の人々の風変わりな日常を描く。次々と湧き上がる妄想とさえない現実を行き来しながら、少年のちょっとした心の成長を宮藤監督の持ち味で描く物語である。

日々自主トレに精を出す中学生の円山克也は、フルーツが大好きな平凡なサラリーマンの父・克之と、韓流ドラマが大好きな母・ミズキ、初恋がまだで彼氏がいないと気にする小学5年生の妹・あかね、家族4人で大きな団地で暮らしている。克也は過酷な自主トレを続けるうちに、限界まで背骨を折り曲げると妄想の世界にトリップするようになる。そんな折、団地の上の階に下井辰夫というシングルファーザーが引っ越してくる。仕事をしている様子もなく、団地の主婦の輪に溶け込む下井に克也が興味を抱いていると、団地の近くで殺人事件が発生。克也は“下井は凄腕の殺し屋・子連れ狼である”という考えが頭を離れなくなり、さまざまな妄想ストーリーをノートにまとめ始める。

「考えない大人になるくらいなら、死ぬまで中学生でいるべきだ！」。『真夜中の弥次さん喜多さん』『少年メリケンサック』に続く宮藤官九郎の監督3作目であり、オリジナル脚本による作品。家族のドラマからロックのシャウト、韓流、戦隊ヒーロー、西部劇、シリアスなアクションが次々と展開し、俳優たちが平凡な日常の姿からユニークなキャラクターに変貌するさまが楽しめる。なかでも韓流ネタが秀逸で、劇中劇で宮藤監督が台本を書き下ろした『愛、そしてチャンジャ』、克也の妄想による“処刑人プルコギ”など、イクチュンが演技派だけにメロドラマのイケメンから気弱な電気屋としてコントばりのB級ラブコメ、マッチョな暴漢にいたるまで、「何作品ぶん？」というほどのキャラクターのふり幅が可笑しい。さほど韓流になじみのない筆者でもかなりツボだったので、韓流が好きならユニークなダイジェスト映像ふうに楽しめるかもしれない。

シングルファーザー下井役は、草�gがつかみどころのない謎の男として好演。ベビーカーにのせた息子の大吉をともなって、妄想“子連れ狼”のアクションもいい感じだ。草�gはもともと宮藤監督のファンだったそうで、宮藤監督も「いろんな監督が草�gくんのことを評価して、『またやりたい』って言う理由がわかった気がします。達者だし、でもそれだけじゃない、見る側の想像力を駆り立てる余白みたいなものを常に残してくれる」とコメントしている。円山克也役の平岡は、実際に15歳の中学生だそうでいろいろ恥ずかしい面もあったと思うが、羞恥をかなぐり捨てて突き抜けた“中学生円山”を演じている。父・克之役の仲村、母・ミズキ役の坂井、妹・あかね役の鍋本凪々美ら、家族と周囲の人たちを描くスーパーヒーロー系の妄想はピクサー・アニメーション・スタジオの映画『Mr.インクレディブル』ふうでかわいらしい面も。また近所を徘徊する井上のおじい役を演じたエンケンは、宮藤監督が熱心にオファーして出演が決まったとのこと。劇中でおじいが発作的に路上ライブをジャックして「ド素人はスッコンデロォ！」を歌う、ふだんの抜け殻のようなおじいとの落差が痛快。個人的には、本作のエピソードの中ではおじいのサイドストーリーが一番しみる。本気でカッコつけて生きているロッカーは、おじいでもステテコでもやっぱりカッコいい。イクチュンはもと俳優の電気屋パク・ヒョンホン役で活躍は前述のとおり、克也の同級生・清水役に刈谷友衣子、団地の主婦役でＹＯＵ、原 史奈、家納ジュンコ、克也の担任役にナイロン100℃所属で宮藤監督とともにパンクコントバンド グループ魂のメンバーである三宅弘城、大人計画に参加しグループ魂のメンバーである皆川猿時、大人計画に参加するベテランの宍戸美和公、『ゴールデンスランバー』ほか良作に多数出演している少路勇介、1996年の東宝シンデレラでグランプリを受賞した野波麻帆、ミュージシャンでありナレーターや監督としても活躍する田口トモロヲ、劇作家であり演出家の岩松 了ら、実力派が脇を固めている。

「現実に負けるな、克也、妄想と向き合え。妄想を現実が超えた時、それは真実になるんだ！」。本作について宮藤監督は語る。「気が抜けないというか、次の瞬間、何が出てくるかわからない映画にしたかったんです。淡々としたものも、振り切ったものも、どっちも見せたいなあって思ったときに、“妄想”っていう形は非常に便利でした。中学生って暇だし、知らないことがいろいろあるから、自分の妄想を否定する根拠がないんですよね。僕も実際にそういう子どもで『自分以外の家族が実は宇宙人なんじゃないか』というのは、中学時代、実際に僕が妄想していた世界です」。本作では「過剰な演出は妄想の部分に集約して、それ以外のところは無理にテンションを上げず、発散しない演出を心がけた」とも。サービス精神たっぷりの宮藤監督作品の魅力は、率直なメッセージがサクッと手短に仕込まれているところ。音楽担当の向井秀徳、衣装担当の伊賀大介ら宮藤監督作品3作すべてに参加しているスタッフとともに、次回の宮藤監督作品も楽しみだ。