ペーパーボーイ 真夏の引力

ある殺人事件をめぐり欲望と野心が濃密に絡み合う
人種差別が色濃く残る1960年代のアメリカ南部を舞台に
リー・ダニエルズ監督が社会と人の暗部を描くサスペンス

  • 2013/07/05
  • イベント
  • シネマ
ペーパーボーイ 真夏の引力© 2012 PAPERBOY PRODUCTIONS,INC.

むきだしの欲望と暗部をつきつけ、目をこじ開けて。青年が体験した衝撃的な夏を描く。第82回アカデミー賞にて助演女優賞と脚色賞を受賞した2009年の映画『プレシャス』のリー・ダニエルズ監督が、アメリカの作家ピート・デクスターが1995年に発表した小説『THE PAPERBOY』を映画化。出演はアメリカの人気ドラマ『ハイスクール・ミュージカル』のザック・エフロン、『ラビット・ホール』ほかインディペンデント作品への出演が続くニコール・キッドマン、『マジック・マイク』のマシュー・マコノヒー、『2012』のジョン・キューザックほか。脚本はダニエルズ監督と原作者のデクスターがともに手がける。退屈な夏を過ごしていた青年は、兄とともにある殺人事件の調査をすることに。事件を追ううちに年上女性の色香に迷い、人々の思惑に巻き込まれ……。人種差別が色濃く残る1960年代のアメリカ南部を舞台に、社会と人の闇をまざまざと映すサスペンスである。

1969年の夏、フロリダ州モート郡。有望なスイマーだった青年ジャックは問題を起こして大学の水泳部から追放され、父親が経営する小さな新聞社で配達を手伝っている。ある日、大手新聞社に勤める兄のウォードが、同僚の記者ヤードリーをとともに帰省。彼らは4年前にモート郡で起きた殺人事件の再調査をはじめ、ジャックも手伝うことに。彼らのもとへ事件の容疑者である死刑囚ヒラリーの婚約者シャーロットも加わり、調査を進めてゆく。そしてうぶなジャックは淫靡なシャーロットに恋をする。

ニコール・キッドマン

猥雑で異様で凶暴、モラルからかけはなれた意識、幼いころのトラウマにかかわる性的嗜好、罪の意識。他者とわかちあうことが難しい人間のダークサイドをシビアに映す。ひとによっては下品で残酷で理不尽で、直視しがたい内容かもしれない。映画『プレシャス』で虐待や貧困に苦しむアフリカ系アメリカ人の少女の精神的な自立を描いたダニエルズ監督が、今度はダーティな問題作を撮った、とも。たしかに『プレシャス』とタイプは違うものの、ダニエルズ監督は人と社会の暗部を描くことに長けていて、そこが奥深い魅力となっている。人がどうにもならないことに直面したときの弱さや醜さ、得体のしれない底力。正しいか間違いかではない人の本能やサバイバルの経緯をとらえる視点には、惹きつけられるものがある。

アフリカ系アメリカ人のダニエルズ監督は、アメリカで脚本家をめざしながら医療介護ビジネスに携わり、俳優のマネージメント業に転身した人物。制作会社リー・ダニエルズ・エンターテインメントを立ち上げ、第1回作品である’01年の映画『チョコレート』では、ハル・ベリーが第74回アカデミー賞にて有色人種として初の主演女優賞を受賞。’05年にヘレン・ミレンとキューバ・グッディングJr.が主演の『サイレンサー』で監督デビュー。監督第2作の『プレシャス』で実力が広く認められた。また自身が同性愛者であり、実の甥と姪を養子にしていることをオープンにしている。

マシュー・マコノヒー、ザック・エフロン

ジャック役はエフロンが陰のある奥手な青年を好演。エフロンは絵にかいたようなアイドルで屈託ない好青年のイメージそのもので、陰のある役はどうかと思ったものの、セリフが少なく動きでみせるシーンが多いこと、黒人メイドのアニタ役であるメイシー・グレイの独白で演技をフォロー、という巧みな演出により、センシティブな少年が翻弄されてゆくさまがよく引き出されている。大手新聞社勤務の兄ウォード役はマコノヒーが心優しくまじめに、アフリカ系アメリカ人の記者ヤードリー役はオイェロウォが野心的に、死刑囚のヒラリー役はキューザックがえげつない様子で怪演。見ものはヒラリーの婚約者シャーロット役を演じるキッドマン。ヒラリーとの面会や、ジャックがくらげに刺されるシーンの演技にはギョッとさせられる。個人的にはアニタ役のメイシー・グレイの独白により、過酷な物語からすこし距離をおいて客観的に伝えるスタイルにセンスを感じた。グレイは女優としても活動しているシンガーソングライターであり、抑揚やリズムのある台詞回しは観客に話しかけるように気さくなモノローグとして生かされている。

ジョン・キューザック

ダニエルズ監督は語る。「この映画はジェットコースターのようだ。観客をどん底に落とし、そこから引き上げて、また突き落とす。これは誰も行ったことがない場所、誰も見たことのない場所へと観る者を誘う作品でもある。きっと観客は、それぞれの状況や登場人物について考えることになるだろう」。原作者のピート・デクスターは地方紙にコラムを寄稿する記者だったものの、1981年にドラッグの取引をめぐる殺人事件の記事を書いたことで暴行を受けて重傷を負い、フィクション・ライターの道に転向したとのこと。本作にある生々しいリアリティは、実際に自身に起きた出来事を要素として取り入れているからだろう。人種差別主義者の保安官が殺された刺殺事件をめぐり、さまざまな目的と欲望と野心が絡み合う。じっとりとした亜熱帯の沼の奥にうごめく暗黒をのぞき見るかのような、暗く重いサスペンスである。

作品データ

ペーパーボーイ 真夏の引力
公開 2013年7月27日公開
ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2012年 アメリカ
上映時間 1:47
配給 日活
原題 The Paperboy
監督・脚本・製作 リー・ダニエルズ
原作・脚本 ピート・デクスター
出演 ザック・エフロン
ニコール・キッドマン
マシュー・マコノヒー
ジョン・キューザック
メイシー・グレイ
デヴィッド・オイェロウォ
スコット・グレン
ニーラ・ゴードン
ネッド・ベラミー
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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