人生の悲喜劇を描くアレクサンダー・ペイン監督の最新作
モノクロームの映像でアメリカの原風景をゆっくりと映し、
家族の対立や悲哀、ささやかな絆を描くロードムービー
2004年の映画『サイドウェイ』、’11年の『ファミリー・ツリー』と、人生の悲喜劇をあたたかく描くことに定評のあるアレクサンダー・ペイン監督の最新作。出演は、これまでにヒッチコック、コッポラ、タランティーノらの監督作品にてアクの強い役柄で存在感を放ってきたブルース・ダーン、人気コメディアンで俳優、’12年の映画『ロック・オブ・エイジズ』のウィル・フォーテ、’02年のペイン監督作品『アバウト・シュミット』のジューン・スキッブ、コメディアンであり脚本家、作家、監督としても活躍するボブ・オデンカーク、TVシリーズ『私立探偵マイク・ハマー』で知られ舞台でも活躍するステイシー・キーチほか。アル中気味で意識の混濁もおこるようになった高齢の父親と、そんな父に複雑な思いで向き合いながら威厳を取り戻してほしいと願う息子。懸賞詐欺をきっかけに父と息子が旅に出て、家族や親族が故郷に集ったら……。アメリカ中西部のネブラスカ州を舞台に、家族のいさかいや悲哀、ささやかな絆をモノクロの映像で丁寧に映し出す、しみじみとしたロードムービーである。
アメリカのモンタナ州ビリングス。高速道路をてくてくと歩く老齢の男性を、警官が呼び止めて保護する。警察から連絡をうけたデイビッドは、疎遠にしていた父親ウディが、もともとの大酒飲みと高齢による意識の混濁のため、街をうろついていることを知る。父はネブラスカ州都リンカーンまで、「100万ドルが当選したから賞金を受け取りに行く」と言い、それは懸賞詐欺だとデイビッドが何度説明しても聞こうとしない。母のケイトは怒りにまかせて大声で父をののしり、兄のロスは母の望みどおり父を老人ホームに入れるべきだと主張。家族がごたごたしているなか、2年間同居していた恋人が出ていって疲れ切っていたデイビッドは、父の4度目の徘徊騒ぎの現場に居合わせる。懸賞は当たっていないと納得させるため、父をリンカーンへ連れていこうとその場で決意したデイビッドは、母の罵声を尻目に父を車に乗せて旅に出る。
コメディの部分はそうとして笑いながらも、老齢の家族との現実味をリアルに感じさせる本作。体が元気でも意識が混濁していく親、その面倒をみること、相続で争う親族たち。状況はいろいろあるにせよ、40〜50代あたりで多くが経験する家族のシーンがここにある。個人的には正直、この作品のシチュエーションがあまりにも身近で観ていて若干しんどくなり、客観的に作品の良さを実感するのにいくらか時間がかかった。親は地方で離れて暮らしている、という場合、しんどさは特になく里心や郷愁を感じさせる、という声も。
頑固で無口な父親ウディ役はダーンが味わい深く。これまで彼が数多く演じてきた反逆者や殺し屋などのタフな奴らとはまったく異なる(その男らが年老いた後の後、と言えなくもない)ウディ役について、「今まで私が演じてきたどの役とも似ていなかった。アレクサンダーから、個性を捨ててまったくあたらしい方向性をさぐってほしいを頼まれた時は、非常に嬉しかった」と語っている。ダーンは本作で、2013年に行われた第66回カンヌ国際映画祭にて男優賞を獲得し、本年度の第86回アカデミー賞にて主演男優賞にノミネートされている。家族の中で唯一、父を理解しようと心をくだく次男デイビッド役はフォーテが好演。ペイン監督の言う「誠実さと優しさを伝えてくれるけれど、同時にダメな感じもある」という様子に親しみがわく。痛快なのはウディの長年連れ添った妻で兄弟の母親ジューン役のスキッブ。率直で辛辣で、その迫力と存在感たるやすがすがしいほど。特に伯父の庭で口論するくだりで、スパッと確信を突き、ダメ押しに悪態をつくさまにはほれぼれする。事なかれ主義の兄ロス役はオデンカークが、ウディの古い友人でずうずうしく押しの強いエド役はキーチが、こういう人いるよね、というキャラクターをそれらしく演じている。
ペイン監督が最初に脚本を受け取った時、「ユーモラスで哀愁が漂っていて、まるで人生そのものだと思った」という本作。脚本家のボブ・ネルソンは高齢者が懸賞詐欺をうのみにするという実話をもとに、自身の家族の体験を盛り込んで脚本を執筆したとのこと。執筆のきっかけについてネルソンは、「真に人間味のある話が好きだから、生きる喜びと哀しみを書きたかった。登場人物たちが実在するかのように、生き生きと身近に感じられる作品を作りたかった」と語っている。またこの作品は、‘04年には製作陣の間で映画化の同意があったものの、9年を経て’13年に完成した理由は、ペイン監督が脚本を受け取った時期がちょうど映画『サイドウェイ』が完成間近の頃であり、ロードムービーを続けて撮るつもりがなかったからとのこと。ペイン監督は語る。「9年の歳月が経っていたけれど、この脚本に対する僕の愛情は、決して消えることはなかった。それに、非感傷的で成熟したこの物語を映画化するのは、むしろ今こそがベストなタイミングだと気付いたんだ。僕たちがこの作品に取りかかるまでに、世界ではさまざまなことが起きた。実社会の方が追いついて、これこそが現代の“憂鬱な時代”を描いた物語だと感じたんだ。どんな映画も、作られた時代の空気を帯びると僕は思う。時代の風というのは、意識的であれ無意識的であれ、作品の中を流れているものなんだ」
モノクロームでアメリカの原風景がゆっくりと流れてゆく本作。ペイン監督は本作を作るにあたり、「モノクロで撮ることは真っ先に決めた」とのこと。「この控え目で飾り気のない物語と、登場人物たちの人生を描くには、荒涼として平坦で直接的なビジュアル・スタイルがうってつけなんだ。それに以前からずっと、モノクロ作品を作りたいと考えていた。モノクロ映画は真に美しい形式だ」と語っている。撮影はペイン監督の故郷であり、これまでの監督作品6本のうち『Citizen Ruth』『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!』『アバウト・シュミット』、そして本作と4作品の撮影を行ってきたネブラスカ州を中心に。モンタナのビリングスを出発し、ワイオミング州のさびれたバーに立ち寄り、サウスダコタ州のラシュモア山国立記念公園で4人の大統領の彫像をほんやりと眺め、ネブラスカ州にある父の出身地ホーソーンで親族の集まりに顔を出して(ホーソーンは実在しない街で、実際の撮影地はプレインビュー)、ネブラスカ州のリンカーンへ。ビリングスからリンカーンまで回り道を含めて彼らが車で進むルートは約1500km、日本で言うとだいたい青森市から山口市までとか。頑固でいかつい老齢の父と、気弱で存在感のうすい次男の2人旅。さえないことだらけのなかに、ふと伝わるものがある。そんな親子の旅に同行してみてはどうだろう。
公開 | 2014年2月28日公開 TOHOシネマズシャンテ、新宿武蔵野館ほかにて全国ロードショー |
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制作年/制作国 | 2013年 アメリカ |
上映時間 | 1:55 |
配給 | ロングライド |
原題 | NEBRASKA |
監督 | アレクサンダー・ペイン |
脚本 | ボブ・ネルソン |
出演 | ブルース・ダーン ウィル・フォーテ ジューン・スキッブ ボブ・オデンカーク ステイシー・キーチ |
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