皮肉屋で切れ者のジャーナリストとおしゃべり好きの老婦人
彼女の生き別れた息子を探すため、奇妙なコンビが旅に出る
重要な事実を軽妙な会話劇とともに描く、味わい深い人間ドラマ
なぜあのとき、幼い息子は連れ去られていったのか、今はいったいどこにいるのか。カトリック教会の誓約書に従い守り続けてきた50年の沈黙をやぶり、わが子を探すためにアイルランドからアメリカへ――。イギリス人の男性ジャーナリストがアイルランド人女性に実際に取材し、ともに旅をした実話をもとに映画化。出演は、007シリーズで史上初の 女性“M”を演じ、1997年の映画『Queen Victoria 至上の恋』のオスカー女優であるジュディ・デンチ、イギリスのコメディアンであり俳優としても活動、本作では脚本とプロデュースを手がけるスティーヴ・クーガンほか。監督は’98年の映画『ハイロー・カントリー』 、2006年の映画『クィーン』などのスティーヴン・フリアーズ。スキャンダルに巻き込まれてイギリス政府の報道官から失脚したもとジャーナリストは、パーティで聞いた“50年前に幼い息子と生き別れた女性”の話が気になり、「無知な人々が読む三面記事は書かない」という主義をまげて、取材することにする。皮肉屋でインテリ、無神論者のイギリス男と、おおらかで素朴、信仰深いカトリックの信者であるアイルランドのもと看護師、という相容れない2人が、かたや記事で名をあげるという野心から、かたやわが子を抱きしめたいという思いから、奇妙なコンビとなって旅に出る。人と人との結びつき、心のありよう、そして過去に長い間行われていた知られざる事実について。シリアスなテーマを軸に、ベテラン2人の軽妙な会話劇で惹きつける、味わい深いヒューマンドラマである。
「今日は、あの子のお誕生日。50歳になるのよ」。古びた小さな写真を見ながら話す年老いた母フィロミナに、「誰?」と娘のジェーンが問うと、50年間誰にも話さずにいたことを母は娘に明かす。1952年のアイルランド、うぶな娘だった10代のフィロミナは遊び慣れた男に流されて妊娠。家を追い出され、女子修道院に入れられて未婚で出産した。そしてアンソニーと名付けた息子は3歳の時に、裕福なアメリカ人夫妻に引き取られる。何も知らされていなかったフィロミナは息子との急な別れに大きなショックを受けながら、シスターに促されるまま「アンソニーに対する全権利を永久に放棄する」という宣誓書にサインしたのだった。母から話を聞いて以来、そのことが気になって仕方ないジェーンは、パーティ会場で出会ったもとBBC(英国放送協会)のマーティンに、母のことを記事にしてもらえないか、と持ちかける。マーティンは即答で断ったものの、スキャンダルで失脚したばかりの自分にとって、再起のきっかけになるかもと思い直す。後日にフィロミナとジェーンと3人で会い、女子修道院にいたころの詳しい話をフィロミナから聞くと、マーティンはジャーナリストとして引き込まれてゆく。
アイルランド出身で看護師を引退し郊外で暮らす老婦人と、イギリスの中枢でエリート街道から失脚したばかりのインテリおやじ、というジョークも話す内容も思考もまったくかみ合わない2人が、“生き別れの息子を探す”ための旅へ。2人のズレた会話ややりとりはユーモラスで、無邪気で情の厚いおっかさんと、文句をいいながらも面倒を見る息子のような組み合わせに、ほのぼのとしたシーンも多い。ただ伝えるべきことは伝えているため、アメリカでは劇中のカトリックの描写に対して、ニューヨーク・ポスト紙に強い反発を訴える記事が掲載されたとも。デンチやフリアーズ監督は、「宗教批判ではなく、こういった事実が当時いくつもあったことを多くの人に知ってほしい」とコメントしている。アイルランドがイギリスから独立した1922年は、国民の92.6%がカトリックで、政治をはじめ学校や病院などの公的施設まで、国民生活のほとんどがカトリックの教義や教会と結びついていたとのこと。2011年のアイルランドの国勢調査でも84.2%の人がカトリックであると答えたそうで、こうした信心深く保守的な国民性を知ると、1952年に10代で婚外子を出産したフィロミナがどんな状況にあったか、想像することができるだろう。フィロミナの場合、妊娠が判明すると堕落した女として家族や社会の恥とされ、女子修道院に入れられ、ろくな設備もない修道院内で出産。同じ境遇の少女たちとともに洗濯女として毎日重労働を課せられ、子どもと会える時間は毎日1時間のみ、子どもたちは3歳くらいで母親たちに何も知らされずに1人1000ポンドで養子にだされる。その後、修道院に何回問い合わせをしても、子どもの消息についての回答はなく、「記録はすべて火事で焼失した」といわれるのみ――。カトリック教会は1940〜1970年代に行っていた養子斡旋事業の詳細を公表しておらず、寄付として渡された金額をはじめその全容はわかっていないそうだ。
フィロミナ役はデンチがほがらかに好演。息子を探す調査や旅のなかで、ロマンス小説を読むたびにあらすじを事細かに話し、生まれて初めて乗った飛行機に興奮し、アメリカの高級ホテルの親切な従業員たちを“100万人に1人”とほめちぎって、屈託なくマーティンを疲れさせるところが可笑しい。皮肉屋のマーティン役はクーガンがそれらしく。ジャーナリストとしての野心と人としての良心、高齢の老婦人をいたわる気持ちと疎ましく思う気持ち、相反する気持ちを抱える心情を丁寧に表現している。本作で脚本とプロデュースも手がけるクーガンは語る。「すこし大げさな言い方になりますが、この作品のテーマは“忍耐と協調”だと思っています。それと同時に“直感V.S.知性”の物語にもしたかった。僕とジェフ(共同脚本)は、脚本を執筆するのにあたり、実際のフィロミナとマーティンに何度か会いました。劇中のやり取りの多くは、このときの2人の会話がもとになっているんです」
サイドストーリーとして、悪気はないが鼻持ちならないところのあるエリートが失脚し、そこからどう動くか、という過程でもあるところが面白い本作。イギリス出身の原作者のマーティン・シックススミスは、オックスフォード大学、ハーヴァード大学、ソルボンヌ大学という英米仏の一流大学に学び、1980年から1997年までBBCの特派員として、モスクワ、ワシントン、ブリュッセル、ワルシャワなど世界を舞台に活躍し、’97年〜’02年までイギリス政府の報道官を務めた人物。フィロミナとの出会いは、’02年にスキャンダルに巻き込まれバッシングを受けて報道官を退職した直後、皮肉さもネガティブさも増していた時期のこと。彼はこの記事を経て、現在は司会者や作家、ジャーナリストとしてイギリスで活躍しているそうだ。そもそも映画化のきっかけは、もともと2010年にイギリスの新聞ガーディアン紙の記事で、「カトリック教会が私の子どもを売った」という記事を読んだクーガンが内容に引き込まれ、プロデューサーにこの記事について話し、記事を書いたシックススミスに連絡をとったことから始まったそう。撮影現場にはシックススミス本人がよく来ていたそうで、クーガンは彼に“本人チェック”といって演技を確認してもらっていた、と楽しそうにコメントしている。
調べるうちにやがて明らかになる事実について。クライマックスで見解が対極にわかれたことは、不思議ととてもしっくりきたし、ホッとした。このことについて個人的に、対極にある両方の感覚、そのどちらもあったからだ。こうして記事、本、映画を通じて明らかになったことから大勢に知られ、社会が動いていくこともあるとしたら、すばらしいことだと思う。もし間に合うなら今からでも、会いたいと思う合う親子が再会できるチャンスが増えていってほしい。祈るように、心からそう思う。
公開 | 2014年3月15日公開 新宿ピカデリーほかにて全国ロードショー |
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制作年/制作国 | 2013年 イギリス |
上映時間 | 1:38 |
配給 | ファントム・フィルム |
原題 | Philomena |
監督 | スティーブン・フリアーズ |
脚本 | スティーブ・クーガン ジェフ・ポープ |
原作 | マーティン・シックススミス |
出演 | ジュディ・デンチ スティーブ・クーガン ソフィ・ケネディ・クラーク アンナ・マックスウェル・マーティン ミシェル・フェアリー バーバラ・ジェフォード |
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