カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞したコーエン兄弟最新作
伝説的なフォーク・シンガーをモデルに、ある男の1週間を描く
ドキュメンタリーさながらの演奏で惹きつける男臭い人間ドラマ
2013年の第66回カンヌ国際映画祭にてグランプリを受賞した、ジョエル&イーサン・コーエン兄弟が製作・監督・脚本を手がける最新作。出演は、2015年公開予定の『スター・ウォーズ エピソード7(仮題)』の出演者として先ごろ発表された、初主演である本作の演技が高く評価されているオスカー・アイザック、2012年の映画『華麗なるギャツビー』のキャリー・マリガン、ミュージシャンであり’10年の映画『ソーシャル・ネットワーク』など俳優としても活躍するジャスティン・ティンバーレイクほか。音楽プロデュースは、’00年の『オー!ブラザー』をはじめコーエン兄弟と4度目のコラボレーションとなるT・ボーン・バーネット。「風に吹かれて」など数々の名曲で知られるボブ・ディランも憧れたという、実在した伝説的なフォーク・シンガー、デイヴ・ヴァン・ロンクの逸話をもとにフィクションとしてアレンジし、音楽とともに不器用に生きるひとりの男の姿を描く。フォークソングの良質な演奏シーンで惹きつける、男臭い人間ドラマである。
1961年のニューヨーク、グリニッジ・ヴィレッジ。コーヒーハウス「ガスライト・カフェ」の小さなステージで、フォーク・シンガーのルーウィンが歌っている。無名のシンガーである彼のレコードは売れず、知り合いの家を泊まり歩く日々。つい手を出した女友達のジーンは妊娠し、恩人であるゴーファイン夫妻の猫をうっかり家の外へ出してしまった。ルーウィンは中絶の手術費を工面するため、意にそわないポップ・ソングの仕事をし、ひょんなことからゴーファイン夫妻に対してキレてしまい、ジーンから負け犬とののしられ、追い詰められてゆく。そして売り込みのためと、ルーウィンはシカゴのライブハウスへ逃げるように旅に出る。
能力はあれどもかたくなで運がない、だらしない。男による男のための映画という趣の本作。フォークソングが身近ではない世代や、女性には共感されにくいだろう内容ながら、演奏シーンがとても良いこと、猫がいるところは、それなりにわかりやすく興味を引き付ける要素となっている。批評家の評価が高いことで知られるコーエン兄弟作品らしく、2013年のバラエティ紙やニューヨーク・タイムズ紙など数多くの新聞・雑誌で“THE BEST PICTURE OF THE YEAR”に選出されたそうだ。
本作の製作を決めたきっかけについて、「ニューヨークであの頃のミュージック・シーンを映画でやろうと思った」とジョエルは語る。「あの頃について書かれた中で一番なのは、デイヴ・ヴァン・ロンクが死ぬ前にイライジャ・ウォードと一緒に出した本だ(デイヴ・ヴァン・ロンク著、イライジャ・ウォード共著『The Mayor of MacDougal Street』)。素晴らしい本で、とても面白いだけじゃなく、彼の姿勢が様々なものに対して赤裸々に綴られている。彼はそういったものに、とてもユニークなやり方でのめり込んでいるんだ。ふたりでこの本を読んで、これは面白い時代と舞台で、しかも音楽は本当に素晴らしいと思った、そんな感じで始まったんだ」。そうしていざ企画を進め始めると、キャスティングにとても苦労したそう。実際に演奏できることを考えてミュージシャンをオーディションしてみると演技がうまくいかず、俳優をオーディションしてみると演奏がうまくいかない。長い時間をかけて、ようやくオスカー・アイザックが現れ、すぐに決まったそうだ。彼がオーディションで歌った音源を音楽プロデューサーのバーネットに聴かせたところ、「彼は私が一緒に仕事をするミュージシャンたちと同じくらいうまい」というお墨付きも。アイザックは、実は名門ジュリアード音楽院を卒業して俳優になった人物であり、俳優としてもミュージシャンとしても技量は充分で。ただしアイザックが、イメージしていたキャラクターとは見た目も雰囲気もまったく異なっていたことについて、ジョエルはこうコメントしている。「彼は僕らのイメージではなかったけれど、完璧だった」。グアテマラ出身で34歳のアイザックは、12歳の頃からギターを弾いて作曲をしていたものの、本格的に音楽活動をしたことはなく、当時のアメリカのフォーク・シーンに詳しくはなかったそう。撮影前にギターの練習を数か月間積んだアイザックは演じるにあたり、本作のモデルとなったヴァン・ロンクに似せて歌うことも考えたものの、バーネットから「君は今のままで大丈夫だ。即興みたいな感じで、自分に語りかけるように歌うんだ」というアドバイスを受けて、自分らしいスタイルで歌ったそうだ。アイザックは語る。「ヴァン・ロンクは吠えるように歌ったけれど、ルーウィンはもっと内向的なシンガーなんだ」。そしてバーネットはアイザックの演奏について、「指定した曲をこれほど完璧に、感動的に歌えた俳優はかつていなかった」と絶賛している。
フォーク・シンガーのルーウィンを演じたアイザックは、音楽には頑固で真摯なものの、ほかのことはルーズで何もかもがうまくいかない男を静かに表現。ジーン役のマリガンは、口汚くルーウィンを罵倒し、ステージでは透明感のある歌声を披露している。シーンの恋人でミュージシャン仲間であるジム役のティンバーレイクは、マリガンとのデュエットや、レコード音源のためにスタジオ録音をするシーンなど、歌うシーンでミュージシャンとしての能力を発揮している。ジャズ・ミュージシャンのローランド役は、コーエン兄弟作品の常連であるジョン・グッドマンが演じている。
バーネットは、本作の企画にイギリスのフォーク・ロック・バンド、マムフォード&サンズのマーカス・マムフォード(マリガンの夫!)を誘い、劇中の音楽を共同でプロデュース。マムフォードはミュージシャンとしても参加し、映画の冒頭、ゴーファイン宅で目覚めたルーウィンが、かつてデュオで活動していた頃の自分のレコードをかけるシーンで流れる曲「Fare Thee Well(Dink’s Song)」は、アイザックとマムフォードのデュエットとのこと。またルーウィンがステージで歌う女性シンガーにヤジを飛ばすシーンでは、カントリー界のベテラン、ナンシー・ブレイクが出演。ティンバーレイクとマリガンがデュエットで「FIVE HUNDRED MILES」を歌うシーンも含め、ライヴシーンはとても見ごたえ&聴きごたえのある仕上がりとなっている。音楽が大事な役割を果たすこの作品について、コーエン兄弟はとても楽しんだそうで、イーサンはこう話している。「映画に音楽の部分があると、こちらもプロとして携わってはいるけれど、自分の中の大きな部分が観客のようになって、こうしたパフォーマーたちの聴衆になる。これは素晴らしいことだよ」。またサウンドトラックには、ルーウィンのモデルとなったデイヴ・ヴァン・ロンクの「GREEN, GREEN ROCKY ROAD」も収められ、特にボブ・ディランの未発表楽曲「フェアウェル」が収録されていることが話題に。「フェアウェル」はオフィシャルな音源には収録されていなかったものの、たくさんのアーティストにカヴァーされてきた名曲で、映画ではラストに流れる。この曲の使用と収録をディランが許可したのは、フォークを自分たち後進によく伝えたロングに対する敬意からでは、とも。
「演奏シーンはアフレコではなくライヴ撮影する」というコーエン兄弟のこだわりを実現し、 “ドキュメンタリーのように生々しい音楽映画”となっている本作。ラストに若いミュージシャン(ディランふう)が映り、ルーウィンの存在意義が報われる感覚も、ともすれば見逃すくらいにさらりと触れて。すべては音楽が物語る、と全編から響かせる、味わい深い作品である。
公開 | 2014年5月30日公開 TOHOシネマズ シャンテほかにて全国ロードショー |
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制作年/制作国 | 2013年 アメリカ |
上映時間 | 1:44 |
配給 | ロングライド |
原題 | Inside Llewyn Davis |
監督・脚本 | ジョエル・コーエン イーサン・コーエン |
音楽 | T・ボーン・バーネット |
出演 | オスカー・アイザック キャリー・ マリガン ジョン・グッドマン ギャレット・ヘドランド ジャスティン・ティンバーレイク F・マーレイ・エイブラハム スターク・サンズ アダム・ドライバー |
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