傷心の男性が人工知能型OSと恋におちたら――
第86回アカデミー賞にて脚本賞を受賞した
スパイク・ジョーンズ監督のロマンティックSF
恋に甘い思い出がある人にはより甘く、苦い思い出がある人にはより苦く? 2014年の第86回アカデミー賞にて脚本賞を受賞したスパイク・ジョーンズ監督のロマンティックSF。出演は2006年の映画『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』のホアキン・フェニックス、’14年の『アメリカン・ハッスル』のエイミー・アダムス、’12年の『ドラゴン・タトゥーの女』のルーニー・マーラ、そして声のみの出演に人気女優のスカーレット・ヨハンソンほか。監督・脚本・演出は個性的なストーリーと魅力的な映像と音楽で知られ、‘10年の映画『かいじゅうたちのいるところ』から4年ぶりの長編映画である本作が高く評価されているスパイク・ジョーンズ。近未来のロサンゼルスで、離婚調停中のセオドアは、純粋で明るく寛容な人工知能型OSのサマンサと恋に落ちる。ジョーンズ監督らしいぬくもりのある映像と音楽で彩る、やわらかな雰囲気のロマンティックSFである。
近未来のロサンゼルス。セオドアは、他人の代わりに想いを伝える手紙を書く“代筆ライター”として暮らしている。幼なじみで長年一緒に暮らした妻キャサリンから拒絶され、離婚調停中である彼はある日、最新の人工知能型OSを購入する。パソコンを立ち上げ、性別を女性に設定すると、「ハロー!」と明るくあいさつし、彼女はサマンサと名乗った。彼女は思いやりにあふれとても賢く、個性的でチャーミングでセクシー。セオドアはサマンサを携帯にダウンロードし、寝ても覚めても一緒に過ごし、愛し合うようなる。
本年度のオスカー受賞作品のひとつであり、この映画をほめると「通な人」、逆に否定すると「無粋な人」になる、という雰囲気のある作品。本来それは観る側の自由だと思うので、ここではフラットにご紹介したい。近未来の最新の人工知能型OSというと、誰にとっても自分の望み通り、情報が蓄積されるうちに表面的な意識を軽く超越してゆくような最高の相性のパートナーに変貌、とも思うが、本作のサマンサは自律型であり、光速レベルで進化し続けてゆく。ある種、“神”や“無意識”に通じる領域のような、予定調和を越えたその先に触れてしまったら、というニュアンスが描かれていることが特徴だ。ジョーンズ監督は語る。「愛し合うということは、恋人同士が物事に対してそれぞれの違う見方を見せ合うこと。恋がうまくいけば、相手を通じてエキサイティングな、インスパイアリングな、時に自分に挑戦してくるような物事の見方を知り、それは自分の見方を変えていく。そして新しい自分自身を発見させてくれる」
セオドア役はフェニックスがサマンサとの恋に夢中になる姿を丁寧に表現。声だけの存在でありながら、セオドアが夢中になる人工知能OSのサマンサ役はヨハンソンがかわいらしく。彼女が声だけの出演とはなんとも贅沢ながら、「身体的な限界もなく身体的な期待ももたれずに人物を作っていくことに、とても大きな自由を感じたわ。開放的な体験だった」とコメントしている。セオドアの隣人で友だち、映像クリエイターのエイミー役はアダムスが素朴に心優しく、セオドアの元妻で離婚調停中の神経科学者キャサリン役はマーラが、成長した意志のある女性として演じている。セオドアとキャサリンのやりとりを見るうちに、実生活でジョーンズ監督の離婚した元妻であり、映画監督でデザイナーでもあるソフィア・コッポラのことを思い出した。
ジョーンズ監督本人さながらの繊細な男性目線で、ロマンスについて描かれている本作。サマンサ、エイミー、キャサリン、代理セックスの相手やデート相手など、女性たちと関わっていくなかで、彼がこころとからだで感じとってゆくこととは。セオドアとサマンサは“ひとりとひとつ”という間柄ながら、この作品では普遍的な恋愛を描いたとのこと。パートナーとの関係について監督は語る。「人間の関係性において、僕らは相手に一定して心から誠実で親密な相手であり続けてほしいと願う。でも僕らは毎年、日々、一瞬ごとに成長したり変わったりする生き物だ。僕らは相手に“こうありたい自分”でいる自由を常に与えてあげることができるだろうか? 変化した相手を愛せるだろうか? そして変化した相手も自分のことを愛し続けてくれるのか? サマンサは進化するように作られていて、セオドアとの関係が始まった瞬間から、どこまで成長していくのか限界がない。変化し続けるのは僕たち人間も同じだ。それが恋に落ちた時のリスクなんだ」
人間とAIとの絆や恋愛というと、前回にご紹介した『トランセンデンス』でも描かれているテーマのひとつ。とはいえ、その趣はまったく異なり、本作はクリエイターや評論家を中心に高く支持されている。ジョーンズ監督は語る。「未来感を表現することは主眼ではないと、早くから意識していた。重要なのは、この物語に合うような未来を作ることだった。テクノロジーがより便利なサービスを提供し、洗練された心地よいユートピアのような未来。これはセオドアの孤独を描くにあたって面白い舞台になると思った」。描くのは未来社会ではなく、あくまでも恋愛であり人の内面である、というところが、支持されるゆえんだろう。そしてカレンOが弾き語りでポツポツと話しかけるかのように歌う主題歌「The Moon Song」のメロディも心地よく。本作のテーマについて、監督はこんなふうに語っている。「現代社会においてテクノロジーがもたらす人間同士の結びつきとその反面の孤独、社会の変化といったテーマはセオドアとサマンサの関係の“背景”でしかない。僕はセオドアとサマンサを通して“愛”と“結びつき”を可能な限りいろんな角度から描きたかったんだ」
公開 | 2014年6月28日公開 新宿ピカデリーほかにて全国ロードショー |
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制作年/制作国 | 2013年 アメリカ |
上映時間 | 2:06 |
配給 | アスミック・エース |
原題 | her |
監督・脚本 | スパイク・ジョーンズ |
出演 | ホアキン・フェニックス エイミー・アダムス ルーニー・マーラ オリヴィア・ワイルド スカーレット・ヨハンソン |
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