イギリスの児童文学作品を米林宏昌監督が映画化
海辺を舞台に、2人の孤独な少女の交流と顛末を綴る。
次世代のスタッフが放つ“スタジオジブリの新たな出発点”
二大巨頭、高畑 勲氏と宮崎 駿氏が関わらない初のジブリ映画であり、次世代を担うスタッフたちによる作品。1967年に出版されたイギリスの児童文学作家ジョーン・G・ロビンソンの同名の作品を、『借りぐらしのアリエッティ』の米林宏昌監督が手がける。声の出演は、オーディションにより300人の中から選ばれた16歳の高月彩良、そして有村架純、松嶋菜々子、寺島進、根岸季衣、黒木瞳ら俳優陣、シンガー・ソングライターの森山良子ほか実力者たちが名を連ねる。内面に悩みや苛立ちを抱える少女・杏奈は、喘息の療養のために訪れた北海道で、不思議な少女マーニーと出会う。思春期の少女たちの苦悩と葛藤、孤独と解放について描く作品である。
幼い頃に両親を亡くし、養父母と暮ら12歳の杏奈は、喘息の持病が悪化。療養のため、養母の親戚の大岩夫妻が暮らす海辺の村で、夏休みを過ごすことになる。近くを歩くうちに、地元のひとたちが“湿っ地(しめっち)屋敷”とよぶ、入江のそばに建つ古い洋館を見た杏奈は、知らないはずの場所なのに強く惹かれる。その日から杏奈は夢の中で、洋館で暮らす金髪碧眼の少女の姿を見るように。ある日、地元の中学生ともめて飛び出した杏奈がいつの間にか屋敷のある入り江に着くと、夢で見た金髪の少女が現れる。彼女はマーニーと名乗り、杏奈とマーニーは屋敷のそばで何度も会うようになる。
舞台をイギリスから日本の北海道に変更し、架空の海辺の村を舞台に、2人の孤独な少女の交流と顛末を綴る物語。原作の児童文学書『思い出のマーニー』は、宮崎駿氏も大好きな一冊とのこと。そもそもの始まりは、米林監督が鈴木敏夫プロデューサーから原作の児童文学書を渡されたことなのだそう。米林監督は、内容が感動的だし面白いと思いつつも、会話中心の心の物語であることから、アニメーション向きではないと思い一度は断ったものの、鈴木氏から「ぜひこれをやってくれないか」と言われ、イメージ画を描くうちに、「杏奈が絵を描く少女なら、絵を描く姿勢や、ものを見ている目で、杏奈の心の中を描けるのではないか」と思い、映画を作る決意をしたそうだ。
「私は、私が嫌い」。きっぱりと、悲しみを押し殺した声で言い切る杏奈の声は、高月彩良が抑えた表現で。マーニー役は有村架純が朗らかな愛らしい少女として天真爛漫に。養母・頼子役は松嶋菜々子が心配性として、杏奈を預かる家具職人の大岩清正役は寺島進が明るくさっぱりと、大岩の妻セツ役は根岸季衣が元気で大らかなおっかさんとして、屋敷のばあや役は吉行和子が厳しく、絵を描く女性・久子役は黒木瞳が上品に、それぞれのキャラクターを声でよく表している。老婦人役の森山良子は、メランコリーな旋律からノスタルジックなやさしいメロディへと転調する「アルハンブラの思い出」と子守唄をそっと歌うシーンがあり、やわらかな歌声を披露している。またメインの役ではないものの、本作の舞台が北海道というつながりから、北海道で結成された演劇ユニットTEAM NACSのメンバー5人が、’04年の映画『ハウルの動く城』以来10年ぶりに総出演。ドラマや映画でますます活躍している森崎博之、安田顕、戸次重幸、大泉洋、音尾琢真の5人がちょい役で声の出演をしていることは、カメオ出演ふうで面白い。
青々と広がる朝の入り江、緑が生き生きとした森の小道、夜に浮かび上がる洋館、という背景も美しい本作。今回は美術監督を、三谷幸喜や岩井俊二、クエンティン・タランティーノやチャン・イーモウなど国内外の大物監督たちと実写映画で仕事をしてきた種田陽平が、アニメーション映画を初めて手がけ、その手腕を揮っている。音楽は久石譲にあこがれジブリ作品の音楽を手がけるのが夢だった、という36歳の村松崇継が担当。国立音楽大学4年(作曲学科)在学中に映画『狗神』の音楽を手がけ、’04年のNHK連続テレビ小説『天花』を歴代最年少で担当したほか、これまでに50以上の映画やドラマ、舞台の音楽を手がけてきた実力を示している。主題歌はもともとスタジオジブリ作品の大ファンであり、「風の谷のナウシカ」「やさしさに包まれたなら」のカヴァーをしたことでも知られる韓国系アメリカ人のシンガー・ソングライター、プリシラ・アーンが担当。本作のエンドロールには、ギターのストリングスとともに彼女がゆっくりとささやくように歌う「Fine On The Outside」がおだやかな余韻を残す。
高畑氏と宮崎氏のみならず、今回は鈴木敏夫プロデューサーも現場からは離れていたそうで、まさにスタジオジブリの次世代を担うスタッフによって作られたという本作。米林監督が「“高畑、宮崎のいないジブリはこんなものしか作れないのか”とは言わせない」と意気込み、自身で脚本と絵コンテ作業に18カ月を費やして制作がスタートした、ということからも強い意気込みが感じられる。高畑監督の『かぐや姫の物語』に次いで、本作を手がけた西村義明プロデューサーは、これまでずっと現場を見守り指揮し続けてきた重鎮たちの不在に、当初は不安もあったものの、「大変力強い映画ができた」とコメント。7月2日に東京・有楽町の東京国際フォーラムにて行われた完成披露会見にて、西村プロデューサーはこんなふうに語っている。「高畑さん、宮崎さんは『かぐや姫の物語』と『風立ちぬ』を作りましたけれども、誤解を恐れずに言えば、あれはおじいちゃんだから作れた映画です。おじいちゃんでなければ作れない映画です。今回、麻呂さん(監督の呼び名)が作った映画は、12歳の女の子の映画です。これは、麻呂さんにもお子さんがいらっしゃいますが、自分たちが親の世代になって子供のことを思った時にようやく作れるものじゃないかと思うんです。この映画の新しい点は、麻呂さん、そしてそれを支えるスタッフもすべて、おじいちゃんではなく親の世代。そういう人たちが作ったから新しい映画になったのではないか思っています。だからこそ、親子で観てもらいたい映画になっていると思います」
このコメントで、なるほどそうかと。確かに子をもつ親となった大人が観るのが、一番楽しめるかもしれない、と妙に納得。この映画を子どもたちはどんなふうに楽しむのか、聞いてみたいところだ。そして完成披露会見では、本作を観た高畑氏と宮崎氏のメッセージが西村プロデューサーより伝えられた。高畑氏は西村氏あてに長文のメールにて、「作画も美術も、そしてそれ以降の工程についても、よく頑張って『さすがジブリだ』と言わせるものを作った。この作品をもって、米林監督はジジイが去った後の押しも押されぬジブリのエースであると、世間にもてはやされるだろう。それを認めることに私はやぶさかではないし、米林宏昌監督を祝福したい」と言葉を寄せたとのこと。そして宮崎氏は、「本当に麻呂(米林監督)はよく頑張った。この映画を観て、麻呂が1+1=5の男であることが分かった」とコメントしたそうだ。新しいジブリは始まったばかり。スタジオジブリのこれから、そして次回作にも注目したい。
公開 | 2014年7月19日公開 全国東宝系にてロードショー |
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制作年/制作国 | 2014年 日本 |
上映時間 | 1:43 |
配給 | 東宝 |
監督・脚本 | 米林宏昌 |
脚本 | 丹羽圭子 |
作画監督・脚本 | 安藤雅司 |
美術監督 | 種田陽平 |
音楽 | 村松崇継 |
原作 | ジョーン・G・ロビンソン |
プロデューサー | 西村義明 |
出演 | 高月彩良 有村架純 松嶋菜々子 寺島 進 根岸季衣 森山良子 吉行和子 黒木 瞳 |
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