ビッグ・アイズ

人気アーティスト、キーンの絵は、すべて妻が描いたものだった!
1950〜70年代の実話をもとに、ティム・バートン監督が描く憂いをたたえた“ビッグ・アイズ”に秘められた物語とは?

  • 2015/01/09
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ビッグ・アイズ©Big Eyes SPV, LLC. All Rights Reserved.

アメリカのポップ・アート界に躍り出たウォルター・キーン。しかし彼の絵は、すべて妻マーガレットが描いたものだった! 1950〜70年代のアメリカで起きた実話をもとに、世間を仰天させたスキャンダルの舞台裏をティム・バートン監督が描く。
出演は、映画『アメリカン・ハッスル』のエイミー・アダムス、『イングロリアス・バスターズ』『ジャンゴ 繋がれざる者』のオスカー俳優クリストフ・ヴァルツ、映画『ヒッチコック』のダニー・ヒューストン、『グランド・ブダペスト・ホテル』のジェイソン・シュワルツマン、名優テレンス・スタンプ、TVシリーズ『ブレイキング・バッド』のクリステン・リッターほか。
内気で口下手な無名の画家マーガレットは、夫ウォルターから自分の絵を、「僕の描いた絵にしておいたほうが売れる」と言い含められ……。女性が主張することが難しかった時代を耐えた女性が、その後、勇気を奮い起こして反旗を翻す顛末を描く。まさに“事実は小説よりも奇なり”という実話をもとに、バートン作品らしいポップな色調とぬくもりとともに描く人間ドラマである。

1958年、カリフォルニア。夫と暮らす家から娘を連れて出たマーガレットは、美大で学んだ絵を描く能力を活かして、家具の会社で仕事を得る。娘を育てながら、アーティストが集まるサンフランシスコのノースビーチで似顔絵を描くうちに、パリの美術学校に通っていたというウォルター・キーンと知り合い、間もなく結婚。社交的なウォルターは画廊や店に妻と自分の絵を売り込み、人気ナイトクラブの片隅で展示販売を開始。マーガレットの描く眼の大きな子どもたちの絵が“ビッグ・アイズ”と呼ばれ売れ始めたころ、彼女が描いた絵を、夫が「自分の絵」として売っていると妻が気づく。夫に抗議するも、「サインはキーン、僕たちは一心同体だ」と丸め込まれてしまう。宣伝と広告と販売に関して天才的な手腕をもつウォルターは、TVや新聞の取材を受けアート界の寵児となり、スター・アーティストとしてもてはやされていく。

ポップ・アート界を揺るがした一大スキャンダルの舞台裏を描く物語。女性が社会で活躍することが認められにくい1950〜60年代に耐え続け、1970年に意を決したマーガレットがすべてを公表、という時代性を反映する顛末は、どこかしみじみとさせられるものがある。彼女の幸不幸うんぬんではなく、磁石のように引き寄せ合う共生関係について、課せられる試練と無意識のうちに内面が鍛えられてゆく過程、“人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま)”という人生訓にでもつながりそうなことについて。
とはいえ、こまごまと考えずとも、たくさんのビッグ・アイズの絵と、バートン作品らしい美術やファッション、作り込まれた映像、人肌のぬくもりのある物語で、さっぱりと楽しめる仕上がりだ。

エイミー・アダムス

マーガレット役はアダムスがおっとりと好演。絵を描き続けられるだけで幸せ、という世間知らずで人の好さがにじみ出る性分のアーティストを表現している。アダムスは現在87歳で存命のマーガレット本人に会い、彼女のギャラリーで1日一緒に過ごし、彼女らしさをよく理解したそうだ。ウォルター役はクリストフがやり手の男として溌剌と。人や状況を即座に見極め絶妙に利用しずうずうしくずるくとも、周囲に利益や特権を配分することで憎まれない、という辣腕ぶりがよく伝わってくる。ゴシップ記者ディック役はヒューストンが要領よく立ち回る様子で、画廊の経営者ルーベン役はシュワルツマンがそれらしく、マーガレットの古い友だちディーアン役はリッターが目を引くかわいさで、ユニセフに贈ったビッグ・アイズの絵を酷評する評論家役はスタンプが威厳をもって、それぞれに演じている。
またマーガレット本人のカメオ出演も。サンフランシスコの「パレス・オブ・ファイン・アーツ」のシーンにぜひ注目を。マーガレットは撮影時について語る。「1日中ベンチに座っている老婦人の役よ。とても感動したわ。ティムは私が大の聖書好きと知っていて、小さな聖書を用意してくれたの。なんて優しい人なのかしら。生涯忘れられない1日になったわ」

そもそもバートン監督は“ビッグ・アイズ”シリーズの長年の大ファンで、自身がコレクターでもあるとのこと。マーガレット・キーンに肖像画を依頼したこともあるそうだ。そういえばバートンの描く絵は大きな丸に小さな点目という“不気味かわいい”が特徴で、 “ビッグ・アイズ”との共通点がある。本作の製作総指揮をつとめ、日本でも好評を博した展覧会「ティム・バートンの世界」の企画を手がけたデレク・フレイは語る。「'60年代はアートが社交界でもてはやされた時代で、キーンの作品は入門編として最適だった。キーンのような絵が大衆文化に出現したのは初めてだったから、その頃に少年時代を送っていたティムにもインパクトを与えたんだろう。彼のキャラクターの多くが、大きな円盤のような目をしているのはただの偶然じゃない。彼はマーガレットの描く独特なキャラクターに、精神的な繋がりを感じたんだ」。
マーガレット本人はバートン監督について、こんな風に語っている。「彼は好きにならずにいられない人よ。ティム以上の監督なんて、私にはとても考えられなかったわ」

クリストフ・ヴァルツ

「キーンは驚くべきことをやった。その作品はすばらしい。そうでなければ、多くの人に愛されたりはしない」というのは、アンディ・ウォーホルが語った言葉。
当時はウォルターがメディアに出演しまくり、セレブと遊び歩くなか、マーガレットは娘にも友人にも隠し通したまま部屋にこもり、1日16時間、絵を描き続けたとのこと。さて、マーガレットの経験は不幸だったのだろうか?もし彼女が早々に、妻を尊重し家庭を守る堅実な男性と結婚し、幸せな夫婦となっていたら、それこそマーガレットは日曜画家のいち主婦で終わっていたかもしれない。抑圧されていたからこそ強靭になり研ぎ澄まされ、絵を通して訴え続けられていた何かを、人々は無意識に受け取っていたこともあるのでは。“ビッグ・アイズ”はウォルターの天才的な営業力と宣伝力、そして妻がゴースト・ペインターをしていたというスキャンダルにより、ある種の伝説的な存在となった。
脚本家コンビのスコット・アレクサンダー&ラリー・カラゼウスキーが、画家マーガレット・キーンと元夫のウォルターについて調査を始めてから10年かけて、ようやく映画化が実現したという本作。アレクサンダーはマーガレットに会いに行った時のことについて、こんな風に話している。「我々は『どんな経緯であんなことになり、なぜそれを許容し続けたのか?』という疑問を彼女にぶつけた。すると、当時のマーガレットは家計も家庭のルールもすべて夫に従うという、1950年代の典型的な主婦だったと分かった。ウォルターの名誉のために言うと、夫婦そろって有名になる、大金を稼いで大きな家に住むなど、彼は多くの約束を実現させている。彼女は今でも『彼がいなかったら私の作品は誰にも発見してもらえなかったはず』と言っているんだ」

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できることなら、いつでも万事が順風満帆の人生でありたいと思うけれど。たとえばその時点ではひどいトラブルや不運と感じられることも、全体で考えたら、ありえない道をたどったからこそたどりつく場所にいつの間にかいた、ということもあるわけで。ふと、佐村河内守氏の作曲のゴースト・ライターを18年間続けていた新垣隆氏が関係解消を申し入れ、記者会見を開いた、一連の出来事を思い出したり。なんにせよ、はじまりはいつだって容易ではないし、うまくいかないことや想定外のことは日々あることで。だから何もしない、ではなく、どんなことも無駄にはならないから、まずはやっていこう、という気持ちになるような。
ラストに映る、現在のマーガレットのほほえみはとてもかわいらしくて素敵だ。過去にあったスキャンダルのただの暴露話ではなく、マーガレットの心の旅のお供を経て、前向きな気分になるような、そんな映画である。

作品データ

ビッグ・アイズ
公開 2015年1月23日公開
TOHOシネマズ 有楽座ほか全国順次ロードショー
制作年/制作国 2014年 アメリカ
上映時間 1:46
配給 ギャガ
原題 Big Eyes
監督・製作 ティム・バートン
脚本・製作 スコット・アレクサンダー
ラリー・カラゼウスキー
音楽 ダニー・エルフマン
出演 クリストフ・ヴァルツ
クリステン・リッター
ジェイソン・シュワルツマン
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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