アメリカン・スナイパー

米軍史上最多160人を射殺したスナイパーの半生を
取材と本にもとづきクリント・イーストウッドが映画化
戦地で蝕まれる兵士の心、故郷で待つ家族の思いを映す

  • 2015/01/19
  • イベント
  • シネマ
アメリカン・スナイパー©2014 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

アメリカ軍史上最多の160人を射殺した銃撃手クリス・カイルが共著として名を連ねる本『ネイビー・シールズ最強の狙撃手(原題:American Sniper: The Autobiography of the Most Lethal Sniper in U.S. Military History)』と、取材に基づく実話をもとに、カイルの半生をクリント・イーストウッド監督が映画化。出演は、自らプロデューサーとして原作の映画化権を獲得し、製作総指揮もつとめるブラッドリー・クーパー、映画『G.Iジョー』のシエナ・ミラーほか。脚本・製作総指揮は、自身の家族に軍人を多くもち、クリス本人や妻タヤの信頼を得て本作を手がけたジェイソン・ホール。
 米海軍特殊部隊ネイビー・シールズに入隊したクリスは「9.11」後のイラクに赴き……。「戦争がひとりの人間に与えるダメージが明らかになり、家族全体に与えるプレッシャーも描かれている」と語るイーストウッドが、クリス・カイルの半生を丁寧に描く。スタッフとキャストがそれぞれにカイルと家族に敬意を払い、熱意をもって製作された作品である。

アメリカ、テキサス。弟とともにカウボーイとして暮らすクリスは、アメリカ軍に志願。厳しい訓練を経て、米海軍特殊部隊ネイビー・シールズに入隊する。そして「9.11」後のイラクに赴き、正確無比のスナイパーとして仲間たちから称えられるように。2003年のイラク戦争の始まりから4回に渡り遠征する間には、大勢の敵の兵士に加え、対戦車用爆弾を抱えて自爆しようとする母親と少年をやむをえず射殺するという経験も。戦地において強靭な精神力で自分の役割を粛々と果たす中、クリスの内面は次第に疲弊し、底知れない虚無の闇が広がってゆく。クリスが帰国し家族のもとに戻るたび、妻タヤは子育てをしながら、彼を支えようと心をくだくが……。

ブラッドリー・クーパー

1.9km向こうの標的を確実に射抜く、という狙撃の精度で、味方からは英雄として“伝説の狙撃手”と称えられ、イラクの反政府武装勢力からは“ラマディの悪魔”と怖れられ、その首には2万ドルの懸賞金がかけられたというクリス・カイルの半生をイーストウッドが描く(ラマディはイラク西部の都市であり激戦地)。
 カイルの妻タヤはイーストウッドが監督を手がけたことについて、「なかなか信じられなかったほど。これ以上のことはありません」と言い、こんなふうに語っている。「クリスも私も、クリント・イーストウッドが監督してくれたら理想的だと思っていたのです。でも、まったく現実的ではないことだと思い込んでいました。ところが、クリスが亡くなった後でクリントが監督を承諾したと聞いて、私はなんだかすごく厳粛な気持ちになり、うなずきながら天を見上げて、『やったわね、クリス』と言ったのです」。
 イーストウッドは本作のストーリーについてこんなふうに語っている。「この映画は緊迫したアクション満載だ。だが映画の魂であり、ストーリーを展開させていくのは人間関係なんだ。クリスと戦友たちとの関係、そしてとくにクリスとタヤの関係はこの映画でいちばん重要だ。クリスがタヤに夢中なのは明らかだが、彼女に対する気持ちと同じくらいの強さで、彼は祖国から要求されている任務の遂行を誓っていた」

クリス・カイル役はクーパーが、体型・声・立ち居振る舞いとカイル本人に見まごうほどの変貌ぶりで熱演。トレーニングと高カロリー食で体重を18キロ増やして体格を大きくし、ゆったりと話すその様子は、セクシーなイケメン・クーパーとはまるで別人だ。クリスを演じるに当たり、クーパーは「彼を録画した映像を何度も繰り返し見て、できる限りのリサーチをした」とのこと。
 クリス本人とじかに会い多くの時間を過ごした脚本・製作総指揮のジェイソン・ホールは語る。「ブラッドリーは声と体を変身させただけでなく、クリスのより内面性をも体現していた。僕はモニターで見ていたんだが、彼がある特定の形で立っていたり、何かを見ていたりすると……とにかくその独特の雰囲気で僕の腕に鳥肌がたったものだ。『たまげた。あれはクリスだ』と僕は思ったんだよ。それほど不思議な感じだった」。クーパーとミラーは撮影前に、カイル夫妻のことについて妻タヤ本人に数回にわたって詳しく話を聞いたとのこと。クーパーはそのことについて、大きな感謝とともにこのように語っている。「タヤはこの映画全体にとって、とてつもなく大きな財産だった。彼女は僕とシエナに、彼らの人生の多くを明らかにしてくれたんだ。メールのやりとりをいろいろ読ませてくれたり、ある特定の状況を説明してくれたり。彼女が寛大にも、ふたりの関係のとても私的な部分を教えてくれたおかげで、僕たちは、ともに生きたことが彼らにとってどんなものだったのかをよく理解することができたんだ」
 妻タヤ役はミラーが時には戸惑い反発しながらも、クリスを愛し支え続ける芯の強い女性として、弟のジェフ・カイル役はキーア・オドネルが兄を慕う青年として、そしてクリスの同僚の軍人役としてルーク・グライムス、ジェイク・マクドーマン、コリー・ハードリクトが演じている。なかでもユニークなのは、本作の海軍技術顧問もつとめるドーバー役のケビン・ラーチ。ドーバーことラーチは本人であり、本作には本人役として出演しているのだ。当初、ラーチはクリスが所属していたシールズのチーム3メンバーであり親しい仲間だったため、スタッフやキャストへの情報提供をしていたところ、海軍技術顧問として参加することに。スタッフとしてともに製作準備をしている最中、クーパーから「この映画で自分自身を演じることを考えたことはある?」と問われて、本人役として出演することになったそうだ。ラーチは語る。「僕は自分に演技ができるかどうかわからなかったけれど、プレゼン用にビデオを編集してみた。そしてクリントがそれを見て気に入り、出演することになったんだ」。ラーチは撮影現場でも、実際にチーム3の配備を知っている人間として積極的に関わり、撮影の仕方がそれで決まったシーンもあったそうだ。

ブラッドリー・クーパー,シエナ・ミラー

クリス・カイル本人は、1974年アメリカのテキサス州オデッサ生まれ。イラクの自由作戦など4回の実戦に参加。戦闘時の勇敢な行為を讃えられ、シルバースター2つ、武勲ブロンズスター5つ、海軍・海兵隊功績章2つ、海軍・海兵隊褒賞勲章を受章。そして国家安全保障問題ユダヤ研究所から感謝賞を授与された人物。実戦配備後は、海軍特殊戦狙撃手と対狙撃チーム訓練でチーフ教官をつとめ、海軍シールズ初の狙撃手マニュアルである海軍特殊戦狙撃手教本を執筆したとも。クリスが共著で執筆した本作の原作『ネイビー・シールズ最強の狙撃手(原題:American Sniper: The Autobiography of the Most Lethal Sniper in U.S. Military History)』は、ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラー1位を13週に渡って獲得。そして2013年2月2日、本作の製作が進められている最中、クリスは38歳で他界。退役軍人のサポートで手を差し伸べた元兵士によって、殺害された。

84

湾岸戦争、アメリカ同時多発テロ、イラク戦争、イラク派兵……さまざまなことへの見解や考えの相違から、この映画に対し、本国アメリカでは賛否が大きく分かれているという。
 イーストウッドはクリス本人と本作について語る。「クリスは何をするにしても常に、さらにひとつ多くのことをやっていた。そしてそれは、帰還兵たちのために彼が始めた仕事でも同じだった。最終的には、それが悲劇につながってしまったわけだが、彼が重要な人物であることや、このストーリーが重要であることはそのせいではない。私たち全員が願うのは、彼のストーリーを知ることによって、兵士たちと彼らの家族がどれだけ犠牲を払っているかということを人々が思い出し、祖国のためにあまりにも多くを捧げてきた人々に対して、今以上に感謝するようになればいいということだ」。もしこの映画がイーストウッド作品ではなかったら? これほど多くの人が観て、賛否の議論が起こるということはなかったかもしれない。イーストウッドは自身にとって監督する意義がある内容を手がけることに加えて、自分がつくることによって大勢に“知らしめる”ことになることもよくわかっているのだろう。
 ここ数年、『インビクタス/負けざる者たち』『ヒア アフター』『J・エドガー』『ジャージー・ボーイズ』そして本作と、監督としては実話ベースの作品を撮り続けているイーストウッド。フィクションよりも実話を求める流れがあるのはよくわかるし、84歳の現在もこうして淡々と映画作りを続けてくれているだけでも、いちファンとして充分にうれしい。ただそろそろ、オリジナルの脚本によるイーストウッド作品を観たいという気持ちも個人的につい……そのへんはどうだろうか。

作品データ

アメリカン・スナイパー
公開 2015年2月21日公開
丸の内ピカデリー・新宿ピカデリーほか全国ロードショー
制作年/制作国 2014年 アメリカ
上映時間 2:12
配給 ワーナー・ブラザース映画
原題 AMERICAN SNIPER
監督・製作 クリント・イーストウッド
脚本・製作総指揮 ジェイソン・ホール
原作 クリス・カイル
映倫区分 R15+
出演・製作総指揮 ブラッドリー・クーパー
出演 シエナ・ミラー
ジェイク・マクドーマン
ルーク・グライムス
ナヴィド・ネガーバン
キーア・オドネル
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
XInstagram

記載内容は取材もしくは更新時の情報によるものです。商品の価格や取扱い・営業時間の変更等がございます。