フォックスキャッチャー

第67回カンヌ国際映画祭 監督賞受賞作品
'96年に起きた大富豪による金メダリスト射殺事件を
装飾的な表現をそぎ落とし、冷静な視点で経緯を追う

  • 2015/01/23
  • イベント
  • シネマ
フォックスキャッチャーPhoto by Scott Garfield©MMXIV FAIR HILL LLC. ALL RIGHTS RESERVED

2014年の第67回カンヌ国際映画祭にてベネット・ミラーが監督賞を受賞し、2015年の第87回アカデミー賞にて監督賞をはじめ5部門にノミネートされている作品。アメリカで1996年に実際に起きた、大富豪デュポン財閥の御曹司による、レスリングの金メダリスト射殺事件をもとに描く。出演は、コメディ俳優として知られ、本作の重厚な演技が高く評価されているスティーヴ・カレル、映画『マジック・マイク』のチャニング・テイタム、『アベンジャーズ』のマーク・ラファロ、『アメリカン・スナイパー』のシエナ・ミラーほか。
 レスリングのオリンピック金メダリストのマークは、デュポン財閥の御曹司ジョン・デュポンのオファーを受け、次のオリンピックで世界制覇を目指す新しいチームに加入するが……。あの事件はなぜ起きたのか。肉親への愛憎、優等生気質、劣等感、愛と支配、主従関係……関係者それぞれの言動から浮き彫りになる、人間関係の奥にあるさまざまなこと。ミラー監督がこれまでの自身の映画『カポーティ』『マネーボール』と同様に数年間かけてリサーチを行い、装飾的な表現をそぎ落とし、冷静な視点で事件の経緯を追う作品である。

 1984年のロサンゼルス・オリンピックにて、レスリングのアメリカ代表として兄弟で出場し、異なる階級でともに金メダリストとなった兄デイヴと弟マークのシュルツ兄弟。デイヴはレスリングのコーチをしながら妻子とともにおだやかに暮らすなか、マークは経済的にも苦しく孤独な生活を送っている。そんな折、デュポン財閥の御曹司ジョン・デュポンから、1988年のソウル・オリンピックで金メダルを目指し新たに結成する、レスリング・チーム“フォックスキャッチャー”に加入しないかと誘いを受ける。デイヴは辞退するも、マークは2万5千ドルという破格の年俸で契約。兄から離れ、自立を目指すマークと、レスリングへの情熱を豊かな資本とともに注ぐジョン、2人は良い関係を築いているかのようであったが……。

説明的な台詞やナレーションはないまま状況を淡々と映し出し、ミラー監督の手法が緊張感を際立たせている本作。質素な練習場で兄弟が黙々と組み合う場面は音楽もなく、筋肉がぶつかり合い床を踏み鳴らす音だけが響く。内容は決して心地よいと言えるものではないし、本国アメリカでは特に衝撃的な事件として知られているとはいえ、日本ではオリンピックやレスリングに詳しくない限り、そこまで身近な内容ではないので、ストーリーに入りやすいとは言えない。ただ、誰にでもダークサイドに取り込まれる可能性はゼロではなく、そちら側に飲みこまれる決定的な瞬間を無意識に回避しているだけのことかも、と改めて思い知らされるような。人から見えないように、自分でも見ないようにしている暗闇にズバッとスポットライトを当てられるような、そんな居心地の悪さを感じさせるところが、本作の凄味に思える。
 監督は語る。「彼らの状況は滑稽でばかげているように見えるが、結末は恐ろしく、実際に起きたことだった。そこで起こった深刻におかしなことの数々は、私が個人的に経験してきた物事とはまったく異なっていたのに、すぐに何か覚えがあるようにも感じたんだ」

ブラッドリー・クーパー

大富豪で変わり者、御曹司ジョン・デュポン役はカレルが不気味な存在感で怪演。鳥類学者、貝殻学者、切手収集家、慈善家、そしてアメリカにおけるレスリングの先駆的な資金提供者となったというこの人物。カレルの繊細な表現力により、強い執着から虚無の闇にとらわれ、精神を病んでゆくさまがじりじりと伝わってきて恐ろしい。テイタムやラファロら主要キャラクター3名のなかで完全に抜きんでていて、アカデミー賞でも“助演男優賞”ではなく、“主演男優賞”にノミネートされている理由がよくわかる。ミラー監督はカレルをキャスティングした理由について、このように語っている。「スティーヴは異様で風変わりな演技が出来ることは、わかっていた。デュポンの役に予測できるような俳優を置くことはできない。なぜならこのキャラクターの本質が予測出来ない人物であるからだ」。マークの兄デイヴを演じたラファロはカレルの演技について、驚きとともに語る。「スティーヴが初めてデュポンになりきって歩み出てきたとき、悪寒が走ったよ。彼がデュポンの物理的特性を捉える能力は、気味が悪く、異様なほど正確だった」。そしてカレル自身は自らが演じたジョン・デュポンについて、このように語っている。「彼がモンスターとは思わない。デュポンは精神的な病に苦しみ、恐ろしいことをしてしまった人物であると見ている。彼はとても哀しくて、損なわれた人間なんだ」

兄に対して強い愛情とともに劣等感や依存心、競争心などを抱えるマーク役はテイタムが朴訥と。今も存命であるマーク本人は当初、この作品を強く批判していたものの、オスカー5部門にノミネート後は一転して謝罪し感謝を述べているそうだ。妻子、弟、レスリングを愛し、地に足をつけて周囲から大きな信頼と評価を得ている兄デイヴ役は、ラファロが温かい人柄として、ジョン・デュポンの母ジャン役は名優ヴァネッサ・レッドグレイヴが厳格に、ジョンの忠実な部下ジャック役はアンソニー・マイケル・ホールが寡黙に演じている。またデイヴの妻ナンシー役はシエナ・ミラーがはっきりとした物言いで。『アメリカン・スナイパー』で演じた役柄といろいろな意味でかなり近いところが興味深い。

本作ではカレル、テイタム、ラファロが演じる3人の主要キャストは早い段階から確定し、役作りのために膨大な量の調査資料を渡したとのこと。そうして準備期間に長い時間をとったところ、撮影に入る頃には監督の予想を超えるほど、キャストそれぞれが用意をしてきたそうだ。本作における俳優たちの尽力について、ミラー監督は感謝とともに語る。「今回は、キャストが関係者に会って、まるでジャーナリストが取材をするように情報を集め、それを映画に持ち込んでくれたんだ。それは、まさに探索のプロセスだったよ。それが僕らをどこに連れて行ってくれるのか、わからなかった。映画の魂はわかっていたけれども、実際に何が生まれてくるのかは、わからなかったんだ。キャストのやってくれたリサーチ、そして、クルーが作り上げてくれた環境。そういうものすべてが、この映画を実現させてくれたわけだ。キャラクターに心底なりきって、そのキャラクターとして呼吸をした彼らは、撮影中、予定にないことをやりだすことも、しょっちゅうあった。完成作の50%は、彼らが突然に思いついたことだったと言っても過言ではないよ。カメラが回る直前か、その朝に出てきたアイデアだ。彼らはあまりにも多くのリサーチをしたために、キャラクターの心情になりきっていて、そこから新しい何かが生まれてきたんだ」

ブラッドリー・クーパー,シエナ・ミラー

実際に起きた事件をもとにしている本作。ミラー監督はこの事件を初めて聞いたときのことについて、このように話している。「こんなことがあるのかと驚愕を覚えたよ。人がこんなふるまいをするなんて、それまで聞いたことがなかったんだ。こういう一族や、彼らのもつ特有の文化についても、知らなかった」。
 映画としては特定のメッセージはなく、誰かを断ずるのでもなく。観終わって何を得るかと聞かれても、何がどうとは言い難く。ミラー監督はこの映画について、こんなふうに明言している。「僕がこの作品で一番大事にしたのはキャラクターとストーリーであるけれども、奥に潜むものにも共感した。だけどそれについてのコメントはしたくないよ。これは、決して政治的な映画ではないから。この映画は、倫理や道徳については語らない。そうではなく、何が起こったのかを検証するものだ。それを、肌で感じようとするものだ」

作品データ

フォックスキャッチャー
公開 2015年2月14日公開
新宿ピカデリーほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2014年 アメリカ
上映時間 2:15
配給 ロングライド
原題 Foxcatcher
脚本 E・マックス・フライ
ダン・ファターマン
映倫区分 PG12
出演 スティーヴ・カレル
チャニング・テイタム
マーク・ラファロ
シエナ・ミラー
ヴァネッサ・レッドグレイヴ
アンソニー・マイケル・ホール
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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