バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)

アカデミー賞作品賞、監督賞、撮影賞、脚本賞4部門受賞
公私ともに行き詰まった中年俳優が舞台で再起に賭ける
もがき苦しむ人々にエールを送るA・G・イニャリトゥ監督作品

  • 2015/03/06
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バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)©2014 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.

2015年の第87回アカデミー賞の作品賞、監督賞、撮影賞、脚本賞を受賞した、『21グラム』『バベル』のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督作品。出演はティム・バートン監督による1989年の映画『バットマン』のマイケル・キートン、『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』のザック・ガリフィナーキス、演技派として映画や舞台で活躍するエドワード・ノートン、2012年の『アメイジング・スパイダーマン』のエマ・ストーン、'11年の映画『J・エドガー』のナオミ・ワッツほか。
 20年前にヒーロー映画『バードマン』で世界的なスターになった俳優リーガンは、シリーズの続編を断ってから長いスランプから抜け出せないなか、自身の脚色・演出・出演による初の舞台作品で再起に賭ける。アメコミ映画に出演経験のある俳優たち、タイトルやストーリーにそうした要素も含むものの、わかりやすいダークファンタジーやアクション・エンターテインメントではなく。登場人物の言動を客観的な視点で映す群像劇であり、“生きづらさ”のある現代性を厳しくも静かな視点で描くイニャリトゥ監督らしい人間ドラマである。

空を飛ぶスーパーヒーロー『バードマン』で世界的な映画スターになったリーガンは、シリーズ4作目を断ってから20年、長いスランプから抜け出せないままでいる。離婚し、娘のサムは薬物中毒になり、財産がほぼ尽きかけているなかリーガンは一念発起し、自身の脚色・演出・出演で初めてブロードウェイの舞台に立つことに。原作は傑作であり舞台化は容易ではないと評されるレイモンド・カーヴァーの『愛について語るときに我々の語ること』。そしてプレビュー公演の前日、出演者のひとりが事故に遭い降板。出演する女優レズリーの恋人で実力派の舞台俳優であるマイクの出演が急遽決定する。すばらしい代役が決まったとリーガンとプロデューサーのジェイクは手放しで喜ぶものの、役者として最高でも人として最悪のマイクの常軌を逸した振る舞いで、プレビュー公演は散々なことになる。

ニューヨークのエンターテインメント業界に興味や経験があれば理解しやすいものの、そうではない場合は感情移入しにくい面が多々ある作品。設定はあくまでも比喩といえども観る側にとって共感しやすいとは言い難いストーリーについて、イニャリトゥ監督は丁寧に説明している。「主人公のリーガンは非常に人間臭い男だ。彼はドン・キホーテのような男で、彼が抱く真面目な野心と、周囲の卑しい現実との格差やズレがユーモアを生む。要するに、これは私たち自身を描いたストーリーだ。リーガンは今まで称賛を受けることが愛情だと勘違いしていたが、そうではないと気づいたことで、自分自身を認め他人を愛する方法を苦しみながら学ばなければならなくなる」

マイケル・キートン

リーガン役はキートンが悲哀と憤怒と自棄(やけ)、感慨とともに。苦悶し暴れて迷走する中年男の姿は沁みるものがある。リーガンの友人であり弁護士、そしてプロデューサーのジェイク役はガリフィナーキスがいい感じにハッタリをかまし、舞台上で酒をあおり女優を押し倒すマイク役はノートンが身勝手な言動と下ネタで失笑を誘い、薬物中毒から更生して父リーガンの付き人をしている娘サム役はストーンが退廃的な美しさで、舞台俳優でリーガンの現在の恋人ローラ役はアンドレア・ライズブローがタフに、長い下積みからブロードウェイ初出演をつかんだ女優レズリー役はワッツが必死な様子で、辛口の有名舞台評論家タビサ役はリンゼイ・ダンカンが厳格に、元妻シルヴィア役はエイミー・ライアンが落ち着いた雰囲気で演じている。
 リーガンと娘サムとの溝と対立、その後のこと、マイクとサムとの危うく色気を含むやりとり、リーガンとタビサの本音のぶつけ合いは引きつけられるものがある。

人の相関関係を哲学的に俯瞰するイニャリトゥ監督の持ち味に、スーパーヒーローというハリウッド大作を象徴する要素、SNSや動画サイトという移りゆく現代性など、相反する要素が盛り込まれている本作。
 試みを感じさせる内容について監督は語る。「私は以前から、40歳を過ぎたら、自分が怖いと思わないことはやる価値がないという意見だ。この作品は良い意味で怖かった。新しい領域であり、間違いなく私は安全地帯の外にいた」。また“ハングオーバー”シリーズのガリフィナーキスという直球のコメディ俳優を配し、ノートンがお笑い芸人さながらの姿をパンいちで披露するくだりなど、ベタなコメディを取り入れたことについては、監督はこんなふうにコメントしている。「私がユーモアを交えて描こうとしたのは、自分を取り巻く世の中の短所や欠点と、共存する方法を見つけなければならない人間の姿だ」

なめらかな長回しのショットは、2013年の映画『ゼロ・グラビティ』に次いで本作でもアカデミー賞で撮影賞を受賞した撮影監督エマニュエル・ルベツキによるもの。切れ目のない1シーンにするため、出演者たちは顔の向きから動きや立ち位置、台詞のタイミングなどは細かく事前に定められ、事前に全員でリハーサルを行ったとのこと。そして撮影時は俳優たちはカメラの動きに正確に合わせ、撮影はステディカムや手持ちカメラで行われたそうだ。このことについて監督は、「即興はひとつもない。時計の正確さでタイミングをとった」と語っている。

マイケル・キートン,エマ・ストーン

リーガンは昭和オヤジさながら、憤り抗議しわめきたて、「そんなことをしても誰の得にもならないのに」ということを次々としたりする。多かれ少なかれ誰もが「仕方ない」と泣き寝入りしたり諦めたりしたことのある記憶をちくちくと刺激し、ゆさぶりをかけてくるかのような。常人には実行できないことを堂々とやってのけるその姿は、イタいようでいて痛快でもあり。監督はリーガンとこの物語、現代社会について語る。「これは、かつて人気俳優だった男が、単に好かれただけではないことを証明しようとする物語だ。現代社会はアイロニーに支配されているから、真面目にやろうとすると笑いものにされる。ばかばかしくてシュールな世界だ」

バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)

実社会ではそう多くはない“報われる”ような瞬間をそっと描くところに、しみじみと伝わってくるものがある本作。根底に感じさせるのは、役者や製作サイドなど映画業界全体への愛、もがき苦しみ諦めかけている人間へのエールだ。厳しく重い世界の現実、リアル以外に大事なものがあるのかという風潮のなか、くだらないと軽んじられているだろうことは重々承知しながら、それでも愛し関わり続けていくという意思の軸がチカッと光る。
 華々しい受賞歴に期待を高めすぎると肩透かしとなるかもしれないものの、イニャリトゥ監督が今という時代に訴えかけるヒューマン・ドラマとして噛みしめてみると、じんわりとした風味を感じるだろう。

作品データ

バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)
公開 2015年4月10日公開
TOHOシネマズ シャンテほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2015年 アメリカ
上映時間 2:00
配給 20世紀フォックス映画
原題 BIRDMAN or (The Unexpected Virtue of Ignorance)
監督 アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
脚本 ニコラス・ヒアコボーネ
アレクサンダー・ディネラリス・Jr
アルマンド・ボー
撮影 エマニュエル・ルベツキ
レイティング PG12
出演 マイケル・キートン
ザック・ガリフィナーキス
エドワード・ノートン
アンドレア・ライズブロー
エイミー・ライアン
エマ・ストーン
ナオミ・ワッツ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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