アリスのままで

50歳の言語学者の女性が若年性アルツハイマー病を発症
内面の混乱と葛藤、家族の支え、どう生きていくかについて、ALSを患うR・グラッツァー監督が患者本人の目線で描く

  • 2015/06/12
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アリスのままで© 2014BSM Studio. All Rights Reserved.

ジュリアン・ムーアが2015年の第87回のアカデミー賞にて主演女優賞を受賞した作品。共演は映画『ブルージャスミン』のアレック・ボールドウィン、『スーパーマン リターンズ』のケイト・ボスワース、『トワイライト』シリーズのクリステン・スチュワートほか。監督・脚色は自身もALS(筋委縮性側索硬化症)を患い、2015年3月10日(現地時間)に63歳で他界したリチャード・グラッツァーと、公私で彼のパートナーであるウォッシュ・ウェストモアランド。原作は神経科学者で作家のリサ・ジェノヴァによる処女作で、2007年に自費出版で30万部超、ニューヨークの大手出版社が新装版として出版し全米で200万部超、そして31の言語に翻訳され世界1800万部超のベストセラーとなっている『Still Alice』。
 妻として母として満たされ、高名な言語学者である50歳の女性アリスは若年性アルツハイマー病と宣告され…。自分を失っていく恐怖、内面の混乱と葛藤、家族のサポート、そしてどう生きていくかについて、アリス自身の目線を主体に描く。アリスがアリスのままでいられる時間とその思いを淡々と映し出す作品である。

高名な言語学者でありニューヨークのコロンビア大学で教授を務めるアリスは、50歳の誕生日を家族とともにレストランで迎えている。夫のジョンがアリスを讃えて乾杯し、法科大学を卒業した長女アナと彼女の夫チャーリー、医学院生の長男トムも一緒に笑顔で祝う。気にかかるのは誕生会に欠席した、女優を目指す次女のリディアの将来といったところだ。満たされた生活を送るアリスはあるときから、講演中に突然言葉がでてこなくなったり、キャンパス内をランニング中に道に迷ったりするように。アリスは神経科を訪ねて脳の検査を受け、結果をジョンと一緒に聞きに行くと、若年性アルツハイマー病であると宣告される。

本作の大きな特徴は、アルツハイマー病が進行してゆくアリス本人の目線を主体に描かれていること。治ることのない難病がテーマである作品の場合、家族や周囲の献身や理解が美しく感動的に描かれることが主流であるものの(それが悪いということではなく)、本作はあくまでも患者自身の尊厳や意思を必要以上に飾らずにそのまま伝えているところが沁みる。自身がALS患者であるグラッツァー監督が感傷的になることなく、原作のテーマと自身の生き方が自然にリンクし作り上げられたのではないだろうか。
 本年度のアカデミー賞にて主演女優賞を受賞したムーアはスピーチで、監督たちへの感謝と、この映画へのグラッツァー監督の思いについてこのように語った。「監督のウォッシュ・ウェストモアランドそしてリチャード・グラッツァーに感謝します。リチャードは健康状態が芳しくないためここに来ることができませんでした。彼は製作前にALSと診断されたんです。ウォッシュは彼に何をしたいのかと尋ねたそうです。 リチャードは言いました『映画をつくりたい』と。そして2人はこの『アリスのままで』を作り上げたのです」

ジュリアン・ムーア

「癌だったらよかった。恥ずかしくないから」
 言語学者で大学教授であり幸せな家庭人、そしてアルツハイマー病が進行してゆくアリス役はムーアが丁寧に表現。病気の進行に憔悴し葛藤しながらも、次女を指導しようとする教育熱心な母親というリアルさを自然に演じている。アリスが自分に向けたメッセージをパソコンに保存し、のちにそれを見る、誇りを守ろうとするがゆえの一連のシーンは特に響く。愛妻家の夫ジョン役はボールドウィンが献身的に。現実を受けとめきれずに嘆き苦しみながらも、子どもたちとともにアリスを支える姿を静かに演じている。長女アナ役と彼女の夫チャーリー役はボスワースとシェーン・マクレーが優等生らしく、医学院生の長男トム役のハンター・パリッシュはおだやかな好青年として、そして女優を目指す次女リディア役はスチュワートが、病の母から目をそらさずに対等に向き合い、寄り添うさまを演じている。

原作の映画化の打診をプロデューサーからグラッツァー監督とウェストモアランドが受けたのは、2011年12月とのこと。同年の初めにALS(筋萎縮性側索硬化症)とグラッツァー監督が診断されたことから、「今、この映画を引き受けていいものか」と2人は悩んだそうだ。原作には検査から宣告までの間からその後のことなど、2人がその年に実際に経験したことと合致する部分がとても多く、「身につまされる思いだった」とウェストモアランドは小説を読んだ当時の心情を語っている。が、原作のラストが2人にとって予想外だったことから、グラッツァーは不意を突かれ驚いた様子だったそう。そして監督の様子を察したウェストモアランドは、「これを映画にしようか」と言ったそうだ。
 撮影現場でのグラッツァー監督は、iPadでスタッフやキャストへの指示を伝えていたとのこと。そしてウェストモアランドとの共同作業により2014年に本作を完成させたそうだ。

アルツハイマー病とALSの症状はまったく異なる。アルツハイマー病は先に認識能力が弱まり、そののちに体に影響がおよぶ。ALSの場合、知能は元のまま全身の筋肉が弱まって体が動かなくなる。2つの病の共通点は、現時点では絶望的で決して治らないということ。「全世界から自分が切り離され、どちらも自分のアイデンティティを侵食するので、自分自身をしっかり保つことが極めて重要」と言われている。
 ALSについては、今年3月に日本公開の理論物理学者のスティーヴン・ホーキング博士の伝記映画『博士と彼女のセオリー』で描かれていることが記憶に新しい。

ジュリアン・ムーア,クリステン・スチュワート

原作を執筆したリサ・ジェノヴァは、ハーバード大学院で神経科学の博士号を取得し、うつ病やパーキンソン病の病因学、脳卒中後の記憶の喪失などを主な研究領域としている人物。アメリカの認知症研究団体に所属し、米国アルツハイマー協会のコラムニストとしても活動しているとのこと。原作の小説は、多くの認知症患者との対話から生まれたそうだ。

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グラッツァー監督はオープンゲイであり、公私のパートナーであるウェストモアランドと共同による'06年の映画『Quinceañera』がサンダンス映画祭でグランプリ(審査員大賞)と観客賞を同時受賞、'13年の映画『The Last of Robin Hood』がトロント国際映画祭で称賛を受けた。『アリスのままで』の企画はグラッツァー監督がALSを発症した'11年に始まり'14年に完成。'15年2月に行われたアカデミー賞授賞式の1週間前に重度の呼吸障害を起こし病院に運ばれるも一命をとりとめ、'15年3月10日(現地時間)に63歳で他界した。
 パートナーのウェストモアランドはグラッツァーへのメッセージをこのように語っている。「非常にショックを受けている。リッチと私はソウルメイトであり、共同製作者であり、親友であり、私の人生でもあった。この4年間、彼のALSとの闘いを見守り、私だけではなく、彼を知る全ての人がその品位と勇気に刺激を受けた。この苦難の中にありながら、『アリスのままで』を世界に贈り出す機会を得たことは、安らぎでもあった。彼はこの映画に全身全霊をかけて打ち込み、たくさんの人々を感動させたことは彼にとって喜びだったと思う。大いなる愛をありがとう。私にとってはリチャードは比類のない存在だった。頑固で、面白くて、思いやりがあり、社交的で、寛大で、とてもとても頭が良かった。本物のアーティストであり、素晴らしい人間だった。私には彼と一緒に過ごした20年間の日々が宝物です」 

作品データ

アリスのままで
公開 2015年6月27日公開
TOHOシネマズ シャンテほかにて全国順次公開
制作年/制作国 2014年 アメリカ
上映時間 1:41
配給 キノフィルムズ
原題 STILL ALICE
監督・脚色 リチャード・グラッツァー&ウォッシュ・ウェストモアランド
原作 リサ・ジェノヴァ
出演 ジュリアン・ムーア
アレック・ボールドウィン
クリステン・スチュワート
ケイト・ボスワース
ハンター・パリッシュ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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