オデッセイ

非常事態で宇宙飛行士がひとり火星に取り残された――
そのとき宇宙船で帰還中の仲間たち、NASAのスタッフは?
SFというジャンルを超えたポジティブで壮大なストーリー

  • 2016/01/08
  • イベント
  • シネマ
オデッセイ© 2015 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved

3度目となる火星の有人探査で「死亡」と発表された宇宙飛行士マーク・ワトニー。だがその後、火星での生存が確認された――。アメリカの航空宇宙局(NASA)の全面協力を得て、フィクションながらドキュメンタリーさながらの臨場感と、スケールの大きな熱い人間ドラマを描く作品が完成した。出演は『ボーン』シリーズなどのマット・デイモン、『ゼロ・ダーク・サーティ』のジェシカ・チャスティン、『LIFE!』のクリステン・ウィグ、『それでも夜は明ける』のキウェテル・イジョフォー、アメリカのTVシリーズ『ニュースルーム』のジェフ・ダニエルズほか。原作はコンピュータ・プログラマーから転身した43歳の新進作家アンディ・ウィアーのオリジナル小説『The Martian(邦題:火星の人)』、監督・製作は『ブレードランナー』『グラディエーター』などのリドリー・スコットが手がける。火星の有人探査で作業中、猛烈な嵐に巻き込まれた宇宙飛行士たち全6名のうち、マークが行方不明に。捜索するも見つからず、クルー5名は仕方なく諦めて地球へと飛び立つが……。ゾッとするような孤独と絶望と隣り合わせに、火星にひとり取り残された宇宙飛行士と、地球からサポートし助けようとする大勢の人々の姿を描く。邦題『オデッセイ』の通り大いなる旅であり、SFというジャンルを超えた人間賛歌としての魅力も感じさせる、明るく力強い作品である。

地球から2億2,530万km離れた火星の地表。3度目となる有人探査の最中、6名のクルーは激しい嵐に巻き込まれ船に急いで戻り始めるなか、マーク・ワトニーが突風で吹っ飛ばされ行方不明に。通信がつながらず探索するも見つからず、クルーは死亡したと推測し5名で火星から引き上げる。が、怪我を負い失神しながらも生きていた彼は、人工居住施設(ハブ)になんとか自力で到着。傷の手当てをしてひと息つき、仲間はすでに宇宙船で帰還し、わずかな水や食糧、装備や設備しかない状態で、地球と通信する手段もなく、次の探査ミッションが火星にやって来るのは4年後、という現実に気づく。植物学者でメカニカル・エンジニアであるワトニーは、まず食料を作りだす手段を考え、実践を始める。

マット・デイモン

食料はあと31日分、酸素はほとんどなく水もなく外気温は-55℃と、設備がなければ生存できない火星に、通信手段もなくわずかな装備のみで取り残されたワトニーはどうなるのか。絶望的な状況の中、彼を残して去ったクルーを恨むでもなく我が身を嘆き悲しむのでもなく、ものすごい勢いで知恵をめぐらせて生き延びる方法を模索していく精神力の強さは見ごたえがあり、ある種、心を洗われるような清々しさが。教科書にない実験的なことであるため、自分の作った装置が大失敗してふてくされたり、成功して大喜びしたりするワトニーのことを、誰もが応援したくなるだろう。まさに傍観者として観ているというより、彼の帰還を願う劇中の人々の一員として参加している感覚だ。もうすぐ発表となるアカデミー賞に関わることは間違いないだろう。

この映画の大きな特徴は、シリアスな状況下にある人々を描きながら、とても人間的でユーモラスな表現が多く、遠慮なく大いに笑えるところ。マークがハブで音楽を探したら船長のディスコ・コレクションばかりだったため、SFにそぐわないダンス・クラシックがひたすら流れ続けるのもユニークだ。だんだん辟易してきたマークが思わず、ヴィッキー・スー・ロビンソンの「Turn the Beat Around」の歌詞のサビに「回さなくていいから!」とツッコミを入れたり、ドナ・サマーの「Hot Stuff」の歌詞に今の気分を語りかけたり、オデッセイが状況にピッタリなグロリア・ゲイナーの「I Will Survive」が流れたりするのも面白い。
 映画の原題は原作の小説と同じく“火星人”の意である『The Martian』ながら、邦題は『オデッセイ』である本作。Odysseyは“波乱に富んだ苦難の旅、長期の放浪冒険の旅、知的探求の旅”などの意。宇宙初(?)の地球から移住した火星人第一号となる可能性を含むかのような原作オデッセイも魅力的でありつつも、『2001年宇宙の旅』の原題『2001: A Space Odyssey』を彷彿とさせる邦題も味わい深い。

物語はワトニーが人知れず試行錯誤している火星、5人のクルーをのせて火星から地球へ帰還中の宇宙船ヘルメス号、ヘルメス号と連絡を取り合い火星を含む惑星を衛星で観測している地球のNASA、という3つの場で進んでゆく。それぞれの状況がわからず切り離されたところから始まり、刻々と状況が変化してゆくさまが描かれている。スコット監督は本作について、「これは究極のサバイバル・ストーリーだ」と語る。「主人公マーク・ワトニーのほぼ解決不可能な課題と、NASAだけでなく国際的なパートナーを巻き込んだチームの協力に魅了された。地政学的なライバルたちが相違点を乗り越えて、宇宙飛行士の命を救うという共通の目的のために協力する。そのスケールが大きく、複雑なチャレンジに世界中が釘付けになる話なんだよ」

マット・デイモン

ワトニー役はデイモンがスーパーポジティブな不屈の男として好演。前半ではほぼすべてのシーンをひとりで演じ、こうした一人芝居ふうの作品は初めてとのこと。パソコンに記録するという名目で観る側に語りかけてくるため、親近感がわいて楽しめる。ワトニーは自分を盛り上げて奮い立て、調子に乗っては未知の大地と自然に張り倒される、という日々で希望と絶望のせめぎ合いにさらされていて。決して聖人君子ではなく、意見されると悪態をつきFワードを連呼するなど、普通にダメな面もあるところが人間臭い。デイモンは語る。「ワトニーだけでなく、ほかのキャラクターがもっているユーモアもとても気に入ったよ。この映画のコメディ的な要素は決して軽薄ではなく、状況が生み出す深刻なドラマを補っている。これは通常のSFジャンルではあまりないことだ」
 火星探査<アレス3ミッション>の船長で地質学者のメリッサ・ルイス役は、ジェシカ・チャスティンが責任感と決断力のある凛とした女性として、宇宙船のクルー役はマイケル・ペーニャ、ケイト・マーラ、セバスチャン・スタン、アクセル・ヘニーがそれぞれに、NASA長官サンダース役はジェフ・ダニエルズが組織のトップらしく外聞を気にする姿をそれらしく演じている。またNASA広報責任者アニー役のクリステン・ウィグが、とにかく広報第一で無茶振りを言うのが笑える。そしてNASAの火星探査統括責任者ビンセント役は、キウェテル・イジョフォーが柔軟な思考と鋭い洞察力をもつ根気のある人物として。彼がわずかな証拠からあることを推測し察知して、重要なことに気づく瞬間は地味ながらかなり感動的だ。さらにドナルド・グローヴァーが演じるキーパーソン、リック・パーネル役は、SFに詳しくマークを助けたいと思うすべての人を代表する存在のようでもある。

原作者のアンディ・ウィアーは1972年アメリカ合衆国カリフォルニア州生まれ。幼い頃からSF好きで、15歳の時に国の研究所で雇われてプログラマーとして働き始めたとのこと。その後、カリフォルニア大学サンディエゴ校でコンピュータ・サイエンスを学び、多くのソフトウェア会社で働きながら作家を志し、2009年から自身のウェブサイトで『The Martian』の連載を開始。読者からの要望を受けて2011年に自費出版でkindle版を発売後、約3ヶ月で3万5000ダウンロードを記録しニューヨーク・タイムズのベストセラーリストに長期間にわたってランクインするなど大反響を呼び、ハードカバーで書籍版が発売。日本でも翻訳され『火星の人』として発売されたそうだ。今回の映画化について、ウィアーは語る。「私はノーザン・カリフォルニアに住んでいて、ニューヨークにいる自分のエージェントに会ったこともなかったし、ロサンゼルスにいる映画プロデューサーや20世紀フォックスの重役に会ったこともなかった。だから彼らから『リドリー・スコットが監督することになった』と言われ、“これはすべて手の込んだ作り話ではないか?”と思ってしまったんだ」

マット・デイモン,ほか

NASAが脚本から主撮影までプロジェクト全般をサポートし、コンサルタントやアドバイザーを務めた本作。製作陣はまずNASAの映画とテレビ連絡担当者であるバート・ウルリッヒに連絡し、惑星科学ディレクターのジェームズ・グリーン博士や、台本と製作の技術顧問を務めた火星オフィスのデイヴ・レーヴァリーといった人たちへと広がっていったそう。ウルリッヒ氏によると、アンディ・ウィアーの小説とリドリー・スコットの作品はヒューストンのジョンソン宇宙センターでも非公式の推薦図書となっていて、火星への旅を準備するNASA関係者の間でも共感されているとも。ウルリッヒ氏は語る。「SF映画は本物の科学に影響を与えるものだ。芸術と科学というのは、創造性、好奇心、ビジョンという、よく似ている側面を基盤にしていると思う」

国際連合が世界宇宙週間(World Space Week)と定めた10月4〜10日、2015年にはこの映画にまつわるイベントや広報活動も行われたとのこと。NASAの施設内で実施されたイベントにはマット、スコット監督、原作者のウィアー、NASAのジム・グリーン博士、宇宙飛行士のドリュー・フォイステルが参加。その会見コメントの一部をここにご紹介する。
 宇宙飛行士ドリュー・フォイステル:原作と映画について
 「とてもスケールが大きい作品で原作を見事に息づかせている。この本が素晴らしいのは私にとってもおそらく多くの宇宙飛行士にとっても同じだと思うが、とても今日的な話題を取り上げていて、私たちにとってリアルな内容を扱っていることだ。宇宙飛行士は誰でも、宇宙を探検し実際に火星へ行き、さらに先を目指したいと思っているからね。原作も映画も実に生き生きと描写していて、どれも私たちにとって身近なものばかりだ。宇宙飛行士を格好よく見せてくれたことにお礼を言いたい。私たちはそんなに魅力的でもクールでもないが、映画と原作は宇宙飛行士が格好よく見えるチャンスを与えてくれたから、感謝している」
 ジム・グリーン博士:SFとこの映画について
  「私たちの文化にとって、SFは非常に大切なものだ。我々がやることの要因になっているからだ。でも、こういう作品は未来のビジョンを反映しているから我々も刺激を受ける。この本と映画で面白かったのは、現実に非常に近づいた話というところだ。これは私たちにとってすぐ間近の話だ」
 原作者アンディ・ウィアー:ベストセラー ⇒ 映画化について
 「まるでシンデレラ・ストーリーみたいでどうかしている。本を書いている時にはこういったことを空想するものだが、でも、まさか本当になるとは思わない。子供の時に野球をやりながら、“いつか僕はワールドシリーズでプレイするぞ”と想像するようなものだからね。それなのに、本当になったんだ(笑)」
 マット・デイモン:子どもたちと未来に向けて
 「脚本を書いたドリュー・ゴダードと話をした時、最初に彼が言ったことが、『これは科学へのラブレターにしたいと思っている』だった。だから、今の世界に見せるものとしてどれほど素晴らしいものかを私たちはいろいろと話し合った。この映画を見た子どもたちが科学に興味を抱いて、ほかのたくさんのことと同じように人生の中で考えてもらう後押しすることになればいいと思っている」

作品データ

オデッセイ
公開 2016年2月5日よりスカラ座ほか全国ロードショー
3D限定前夜特別上映実施決定!(一部劇場を除く)
制作年/制作国 2015年 アメリカ
上映時間 2:22
配給 20世紀フォックス映画
原題 THE MARTIAN
監督・製作 リドリー・スコット
脚本 ドリュー・ゴダード
原作 アンディ・ウィアー
出演 マット・デイモン
ジェシカ・チャスティン
クリステン・ウィグ
ケイト・マーラ
ショーン・ビーン
セバスチャン・スタン
アクセル・ヘニー
キウェテル・イジョフォー
ベネディクト・ウォン
マッケンジー・デイヴィス
ドナルド・グローヴァー
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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