伝記本をもとにD・ボイル監督×脚本家A・ソーキンが映画化
3つの製品の伝説的なプレゼンテーションの舞台裏と、
婚外子の娘リサとの確執と和解を描く
伝記作家ウォルター・アイザックソンの『スティーブ・ジョブズ』をもとに、『スラムドッグ$ミリオネア』のダニー・ボイル監督と、『ソーシャル・ネットワーク』の脚本家アーロン・ソーキンのアカデミー賞受賞コンビが映画化。出演は、映画『それでも夜は明ける』のマイケル・ファスベンダー、『愛を読むひと』のケイト・ウィンスレット、『グリーン・ホーネット』のセス・ローゲン、『イカとクジラ』のジェフ・ダニエルズほか。伝記をもとにしながらもジョブズの半生をたどるのではなく、彼の転機に関わる3つの製品の伝説的なプレゼンテーションの〈直前40分の舞台裏〉と、婚外子の娘リサ・ニコール・ブレナンとの確執と和解を描く。演劇さながらの長回しの会話劇とはりつめた緊張感で惹きつける人間ドラマである。
1984年、パーソナルコンピューターMacintoshの発表会の開始40分前。「Hello」と挨拶できるはずのMacが沈黙し、ジョブズが激怒。楽屋には幼い娘リサを連れたジョブズの元恋人クリスアンがやって来て、娘を認知せず、タイム誌の取材で「米国男性の28%は(リサの)父親の可能性がある」と言ったジョブズの暴言に抗議する。そんななか、ジョブズは秘書のジョアンナに突然胸ポケット付きの白いシャツを用意しろと命じ、共同創業者で親友のウォズニアックからAppleUチームへの謝辞を頼まれるも拒否する。
1988年、Macintoshの売上不振から退社に追い込まれ、ジョブズが新たに立ち上げたネクストの発表会。アップルのメンバーとしてウォズニアックらがお祝いに来るが、ジョブズとウォズは互いの思いをぶつけ合い口論になる。開始6分前、MacintoshのCEOスカリーが現れ、4年前に誰がジョブズを裏切ったのかを語り始める。一方、ジョブズはあの後でクリスアンとリサに家を買い与え、十分な養育費を送っていたが、クリスアンの浪費と投げやりに見える子育てに腹を立て、またもやクリスアンと激しい口論に。
1998年、iMacの発表会。2年前、業績不振でスカリーを解雇したアップルがネクストを買収したのを機に復帰したジョブズは、その後アップルのCEOに。開始10分前、ウォズがAppleUのチームへの謝辞を、という頼みを蒸し返すが、ジョブズが再びはねつけ、記者と大勢の社員の前で2人は激しく対立する。また秘書のジョアンナは娘リサへのジョブズの仕打ちを知り、仲直りしなければ会社を辞めると訴える。クリスアンが家を勝手に売るのを止めなかったとリサに激怒し、リサのハーバード大学の学費を払わないとジョブズが宣告したのだ。そして開始直前、14年前のタイム誌の記事を読んだリサが、父ジョブズに怒りを爆発させる。
ジョブズの転機に関わる3つの製品の発表会とその裏舞台、婚外子の娘リサとの関わりを描く本作。誰が誰に何を言った、といういくつかのくだりは、もともとジョブズのファンでアイザックソンの本を読んで知っている人や、才気と狂気の紙一重である彼のキャラクターが気になる人には、実力派のスタッフとキャストたちによる緊張感あるシーン展開が興味深いだろう。2013年のどこかとりとめのない感覚だったアシュトン・カッチャー主演の『スティーブ・ジョブズ』とは一線を画している(余談ながらアシュトンはこの役でラジー賞ことゴールデン・ラズベリー賞にノミネート。今ネット検索すると、2つの映画が混在してリスト表示されるのがユニークだ)。
スティーブ・ジョブズ役はマイケルが好演。顔が似ているかどうかより、心情や緊張感の表現の深みに心を動かされる。秘書ジョアンナ・ホフマン役はケイトが、天才であり暴君であり子どものようなジョブズと対等に渡り合いながら、聞き入れられる可能性がほぼなくとも自らの意見をきっちり言い渡し、彼の最悪な面も母親さながらに受け流す器の大きい女性として魅力的に演じている。アップルの共同創業者で親友スティーブ・ウォズニアック役はセスが思いやりのある人物として、ペプシコーラの社長からアップルの社長となりジョブズを退社に追いやったジョン・スカリー役はジェフがジョブズとの複雑な関係と感情を表現している。
3幕に分かれている本作の撮影現場では、1幕ごとの撮影の前に2〜3週間かけて異例のリハーサルが行われたとのこと。こうした演劇のようなアプローチのおかげで、ボイル監督は「1幕1幕に集中した結果、演技やストーリーに一種の勢いが生まれた」と語り、マイケルは「映画の撮影では、とても珍しいことでね。いや、万に一つもないケースだ。ダニーには永遠に感謝するよ。だって、あれがなかったら、これだけの脚本に取り組めなかっただろうからね」、ケイトは「リハーサルをすればするほど懐が深くなって、演技が勝手に出てくるようになったわ。とても贅沢なことよ。14ページもの長大なシーンがあって、歩きながら10分近くしゃべり続けるテイクになったわ。台詞と動きが隅々まで完璧に入っていなかったら、とても無理だった」とそれぞれに語っている。
この映画のストーリーはウォルター・アイザックソンの原案に基づいているものの、表現方法はまったく異なる、とボイル監督は語る。脚本の執筆にあたり、ジョブズの元同僚や家族にインタビューを行ったソーキンは語る。「ウォルターには客観性が必要だったが、僕の仕事はアートだから主観を重視しなければならなかった」。さらに本作のジョブズのキャラクターについて、「いくら欠点が多くても、壮大な夢を抱き、周りの人間をそこへと突っ走らせた聡明な男だという印象を残したかった」とコメントしている。
さて、女性として個人的に感じたことを書いてみると。最近は映画の世界でも“女性受け”を重視するのが主流のなか、「これは女性の心象が非常に悪いな」というエピソードが容赦なく描かれていることに驚いた。「94.41%の確率で父子である」というDNA鑑定に難癖をつけ、関係をもった元恋人に「ホントに俺の子かよ?」という内容をそれ以上に辛辣に言い放ち、婚外子の娘をなかなか認知しようとせず、学資援助の打ち切りを通告するとは。婚外子でも“ジョブズの血を分けた娘”で、ハーバードの試験にパスする頭脳をもち良いとは言えない環境のなか努力を積んだ健気な子なのに、10代のリサが、「寒くても靴下を買うお金がない」という話には、思わず秘書のジョアンナと同じく「なんてことか」と涙がにじんだ。劇中ではジョアンナやウォズニアックの存在が、ある種の良心や救いとなっている。
もちろん事実ベースであってもドキュメンタリーではないため、細かいエピソードが実際のところはどこまでのものなのかは定かではない。この映画では描かれていないものの、ジョブズがローレン・パウエルと1991年に結婚した後は、妻の助言でリサとの関係が良好になったとも言われているし、妻と3人の子どもたちと落ち着いた家庭を築いていったことでジョブズの内面に良い影響があっただろうことも想像できる。この映画では強烈なインパクトの光と影、ある意味でダークサイドにもフォーカスしているせいか、もしくは2013年の同名の映画が不評だったせいか、パウエル氏はダニー・ボイル監督が企画を進めている段階から映画化に反対していて、主演俳優候補に依頼を受けないように伝えていたという噂も。
現在、2016年の第73回ゴールデングローブ賞ではケイトが助演女優賞を、ソーキンが脚本賞を受賞し、2016年2月29日(日本時間)に授賞式を開催する第88回アカデミー賞にてマイケルとケイトがノミネートされているのをはじめ、本国アメリカでいくつかの映画賞を受賞していて。スタッフやキャストの尽力により作品としての価値が評価されていることを受けて、この映画の関係者に対するジョブズ夫人の強硬な姿勢がゆるまればいいなと個人的に思う。
ストレートに感動のヒューマン・ドラマというふうではないものの、ボイル監督らしい勢いやスリル、迫力やショックがあり、丁寧な演出により俳優たちの実力が十二分に引き出され見ごたえがある本作。さまざまな対立や口論を“会話による格闘”ととらえ、会話のシーンをアクションやチェイス・シーンで使うステディカムを使用して撮影されているところもユニークだ。ボイル監督はこの映画のテーマと映画制作という仕事について、このように語っている。「ジョブズが、ものすごい牽引力と知性、尋常ならない献身、そして情熱で成し遂げたことが、世界をどう変えたかを見てほしい。さらに、彼がプライベートなレベルで払った代償も見逃さないでもらいたい。視覚的な天才でありながら、自分自身がもろい存在だと気付いた時に、彼は初めてある程度の自己認識と人間性を取り戻す。最終的にこの映画が、人に何を伝えるのかは僕にはわからない。それが、この仕事の素晴らしさであり、恐ろしさでもあるね」
公開 | 2016年2月12日よりTOHOシネマズ日劇ほかにて全国ロードショー |
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制作年/制作国 | 2015年 アメリカ |
上映時間 | 2:02 |
配給 | 東宝東和 |
原題 | Steve Jobs |
監督 | ダニー・ボイル |
脚本 | アーロン・ソーキン |
原案 | ウォルター・アイザックソン |
出演 | マイケル・ファスベンダー ケイト・ウィンスレット セス・ローゲン ジェフ・ダニエルズ |
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