ヘイトフル・エイト

7人の男と犯罪者の女がブリザードで閉じ込められ……
70mmフィルムの力強い映像とみなぎる緊張感で惹きつける
タランティーノの長編第8作にして、初の密室ミステリー

  • 2016/02/19
  • イベント
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クエンティン・タランティーノの長編第8作にして、初の密室ミステリー。出演は、映画『ジャンゴ 繋がれざる者』のサミュエル・L・ジャクソン、『パルプ・フィクション』のティム・ロス、『デス・プルーフ in グラインドハウス』のカート・ラッセル、『ジャンゴ 繋がれざる者』のブルース・ダーン、ウォルトン・ゴギンズ、『キル・ビル』のマイケル・マドセンといったタランティーノ作品になじみの面々に加え、『脳内ニューヨーク』のジェニファー・ジェイソン・リー、『チェ 28歳の革命』のデミアン・ビチルほか。美術監督は『キル・ビル』の種田陽平、音楽は『ニュー・シネマ・パラダイス』など数々の映画音楽で知られるイタリアの巨匠エンニオ・モリコーネが手がける。雪深い真冬、ブリザードを避けて疾走する駅馬車の前に、ひとりの賞金稼ぎが立ちはだかる。そして7人の男と犯罪者の女は猛吹雪をやりすごすため山中の店に留まることになり、長く重い一夜が幕を開ける――。信用できるのは誰か、警戒すべきは何か、“憎しみに満ちた8人”の目的とは。銀世界が一面に広がる純白の雄大なオープニングから全員がむきだしとなっていく深紅の密室のクライマックスまで、タランティーノの熱い映画愛で全編が満たされている作品である。

カート・ラッセル,ジェニファー・ジェイソン・リー,ブルース・ダーン

1865年の南北戦争の終結から何年か後、真冬のワイオミング州。どこまでも広がる銀世界を疾走する駅馬車の行く手を、ひとりの男が阻む。北軍の元騎兵隊で今は賞金稼ぎのマーキス・ウォーレンは、馬車に乗っていた同じく賞金稼ぎで処刑人のジョン・ルースに町まで自分も乗せてほしいと交渉し成立。猛吹雪を避けて「ミニーの店」に急ぐ道中、ジョンが連行中の犯罪者の女デイジー・ドメルグの下卑た言動で3人が一触即発の険悪な雰囲気になるなか、悪天候に往生していた町の新任保安官を名乗るクリス・マニックスも同乗することに。ようやくミニーの店に着くと、ミニーに頼まれて店番をしているというメキシコ人のボブに迎えられ、店内へ。店には吹雪で閉じ込められた3人の先客、絞首刑執行人のオズワルド・モブレー、カウボーイのジョー・ゲージ、戦時中に黒人を虐殺したと知られる南軍の元将軍サンディ・スミザーズがいた。

一瞬ミイラと見まごう木彫りのキリストからカメラをゆっくり引いていくと、視界のひらけた一面の銀世界が広がり、遠くからじわじわと近づいてくる黒い点が疾走する駅馬車だとわかる。クローズアップからロングショットへ、ゆるやかな流れとリズムが絶妙な一連のオープニングからキレキレに冴えている本作。タランティーノ作品は常に彼らしさ全開で円熟味を増してゆくところが本当に面白い。どれほど残虐であっても流血と暴力一色ではなく、衝動や欲望などの生々しい本能、人それぞれの真理を描き、あふれんばかりの映画愛がひしひしと伝わってくるからかもしれない。今回は劇中の会話で暴力や正義、西部劇の感覚について登場人物たちが各人の一方的な論理で弁ずるさまも興味深い。

カート・ラッセル,サミュエル・L・ジャクソン

元北軍の騎兵隊で今は賞金稼ぎのマーキス役はサミュエルが敵には容赦のない男として、持ち前の存在感で尊大に表現。賞金稼ぎで処刑人のジョン役はカート・ラッセルが警戒心の強い男として、ジョンが連行中の1万ドルの賞金首デイジー役はジェニファーが下衆で悪辣な犯罪者として、もと南部の略奪団で新任保安官を名乗るマニックス役はウォルトンが浮ついた様子で、ミニーの店の留守番ボブ役はデミアンが、店の先客で絞首刑執行人のオズワルド役はティムが、母と休暇を過ごすというカウボーイのジョー役はマイケルが、引退した南部の老将軍スミザーズ役はブルース・ダーンが、“憎しみに満ちた8人”をそれぞれに演じている。野郎中心のストーリーではあるものの、何をしでかすかわからない犯罪者デイジーがギターをつまびきながら歌い、6頭立ての馬車をあざやかに操る女性役のジェームズ・パークスや、陽気な肝っ玉かあさん風のミニー役のデイナ・グーリエがそれぞれにくっきりとした印象を放つことで、女性がないがしろにされている感はなく、キャラクターとして生き生きとしているところも魅力だ。さらに脇にはゾーイ・ベル、チャニング・テイタムも。

そもそもこの作品は、2014年4月19日、ロサンゼルスのダウンタウンにある元映画館のエース・ホテル劇場にて、インディペンデント映画作家を支援するNPO団体フィルム・インディペンデントの支援を目的に、タランティーノの脚本・監督による朗読劇として上演されたそう。監督は当初、この朗読劇は一度限りのイベントと考えていたものの、あまりにも好評だったため映画化を決めたそうだ。本作に出演しているタランティーノ作品の常連俳優、サミュエル、カート、ウォルトン、ティム、マイケル、ブルース、デイナ、ゾーイらは、この時からすでに参加。朗読劇について、上演時に出演者たちは皆ある種の誇らしさを共有していた、というマニックス役のウォルトンは、「あの瞬間、我々は顔を見合わせて、同じことを感じていた。これが映画になろうが、なるまいが、そんなことはどうでもいい。人生に一度の貴重な経験ができたんだ。もし映画化されたとしたら、それはおまけのようなものだ、とね」 と語り、マーキス役のサミュエルは「朗読を終えた時、スタンディングオベーションをもらったんだ。すごいことだよ。互いに顔を見合わせて、『これを映画化しないなんてありえないだろ』と思ったね」と語っている。

サミュエル・L・ジャクソン,カート・ラッセル,ジェニファー・ジェイソン・リー,ウォルトン・ゴギンス,デミアン・ビチル,ティム・ロス,マイケル・マドセン,ブルース・ダーン

また本作では、「寒々とした西部の風景、雪、ロケーションの美しさを表現するには70ミリが最適だ」とタランティーノが主張する、ワイド画面を美しくとらえるウルトラ・パナビジョン70による撮影も大きな特徴。オープニングの素晴らしい長回しをはじめ、見どころが満載だ。現在は映画撮影でもデジタルが主流で伝統的なフィルムによる撮影が廃れつつあるなか、タランティーノは複数の映画会社や、映画監督のクリストファー・ノーランやJ・J・エイブラムスらと協力して、コダックがフィルムを製造し続けられるよう救済に乗り出しているそうで、この映画の撮影は古いレンズや機材を磨き直して調整するなどコダックの全面協力によって実現したとも。そしてパナビジョンが撮影をスムーズにするために約610メートルのフィルムを収容できるマガジンを制作し、シーン全体を撮影してもフィルムが切れないようにしたそう。タランティーノはこうした協力について、このように嬉しそうに語っている。「細切れにして撮影するのはイヤだった。俳優をアップにするところも多いし、シーンを最初から最後まで通して撮影したかった。長回しで撮影したり、シーン全体を1テイクで撮ったりもしたい。5分〜7分も続くようなシーンがたくさんあるからね。パナビジョンは僕たちがやろうとしていることに、100パーセント協力してくれた。どこにでもある映画の1本だと考えるのではなく、歴史に残る映画だと考えてくれたんだ」

奴らの目的はなんなのか? 馬車、店内、と限られた空間で危険な奴らが腹を探り合い、主張をぶつけ合い、そして……と展開するタランティーノ初の密室ミステリー。本作に参加しているタランティーノとなじみのプロデューサーたちは、この物語の魅力についてこのように語る。リチャード・N・グラッドスタインはストーリーの普遍性とキャラクターの特異な忠義心に興味を持ったそうで、「クエンティンの映画にはいつも高められた人間の相互作用とドラマがある。『THE HATEFUL EIGHT』では複数の登場人物が一堂に集められ、それぞれの忠義心とその背後にある原理を試されるんだ」 とコメント。またステイシー・シェアは、「人間の条件、アイデンティティ、人生の歩み方、極限状態に置かれた人間がとる行動、忠義心と裏切りの流動的な本質などに焦点を当て、浮かび上がらせる」と話している。

作品データ

ヘイトフル・エイト
公開 2016年2月27日より新宿ピカデリー、丸の内ピカデリーほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2015年 アメリカ
上映時間 2:48
配給 ギャガ
原題 The Hateful Eight
監督・脚本 クエンティン・タランティーノ
音楽 エンニオ・モリコーネ
美術監督 種田陽平
出演 サミュエル・L・ジャクソン
カート・ラッセル
ジェニファー・ジェイソン・リー
ウォルトン・ゴギンズ
デミアン・ビチル
ティム・ロス
マイケル・マドセン
ブルース・ダーン
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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