マネー・ショート 華麗なる大逆転

『マネーボール』の原作者×コメディ出身の監督×B・ピット
2008年のリーマン・ショックと世界的金融危機を予見し
莫大な利益を得た人々の顛末と心情を実話ベースで描く

  • 2016/03/04
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マネー・ショート 華麗なる大逆転© 2015 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

2008年に世界的な金融危機を引き起こした“リーマン・ショック”について、実力派のスタッフとキャストがわかりやすく工夫し新しい視点で伝える作品。出演は『ザ・ファイター』『アメリカン・ハッスル』のクリスチャン・ベール、『フォックスキャッチャー』のスティーブ・カレル、『きみに読む物語』のライアン・ゴズリング、そしてプランBエンターテインメントのプロデューサーとして本作の製作も手がけるブラッド・ピットほか。原作は2011年に映画化された『マネー・ボール(原題Moneyball: The Art of Winning an Unfair Game)』の著者であるアメリカの作家マイケル・ルイスによる2010年の著書『世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち(原題The Big Short: Inside the Doomsday Machine)』。監督・脚本は日本未公開のコメディ映画『俺たちニュースキャスター』『俺たちステップ・ブラザース -義兄弟-』などを手がけ、本作が初のシリアスな作品となるアダム・マッケイ。好景気に沸く2005年のアメリカで、住宅バブルが近い将来に破たんすると気づいた4人の男たちがそれぞれの行動に打って出る。どのような経緯であれほどのことが起きたのか。莫大な利益を得た者たちと彼らの複雑な心情について、丁寧な用語解説と歯切れのいい展開で惹きつける。先ごろ発表された2016年の第88回アカデミー賞にて脚色賞を受賞した話題作である。

2005年、好景気のアメリカ。元神経科医の金融トレーダー、マイケル・バーリは何千もの事例を調べるうちに、返済の見込みの少ない住宅ローンを含む金融商品(サブプライム・ローン)が数年以内に債務不履行となる可能性に気づく。周囲にこのことを伝えるも、ウォール街からも投資家からも一蹴されてしまう。そんな折、マイケルはサブプライム・ローンの価値が暴落した時に巨額の保険金を得る「クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)」という金融取引の大口の契約をいくつもの投資銀行と結ぶ。その頃、マイケルの戦略を察知したウォール街の銀行家ジャレドは、大勢の低所得者に頭金なしで住宅ローンを組ませる大手銀行のやり方に不信感を募らせているヘッジファンド・マネージャーのマークに、CDSに投資すべきだと勧める。そしてまだまだ駆け出しながら、若い世代特有の勢いと野心、先を読む勘と知性をもつ投資家ジェイミーとチャーリーはこの経済不安を好機と捉え、一線を退いた伝説的な銀行家ベンの協力をとりつけ、彼のコネクションとスキルを頼りに金融業界に打って出る。

ブラッド・ピット

ノンフィクションをもとにリーマン・ショックが起きた背景や、莫大な利益を得た人間たちがいかにその利益を得るに至ったかという経緯、当時の彼らの切実な心中(しんちゅう)を描く作品。一般的な娯楽作品と比べると容易な内容ではないものの、カメオ出演している有名人たちが難解な金融商品の名前やそれらの仕組み、当時の状況などを丁寧にわかりやすく、ユーモラスにテンポよく解説するシーンを要所に入れ込み、またライアンのナレーションが観客に語りかけながら物語を展開することで、金融や経済のディープな話でありながら最後まで興味を惹きつけていくという工夫が全編にしっかりと施されていて。
「不安定な経済や不明瞭な金融商品に惑わされずに資産計画を立てること」
「どのような政治や経済を望むかを自身で知り選ぶこと」
といった、何を伝えたいか、という意思が非常にはっきりしていて観客に対して良心的なのが面白い。このあたりには、コメディ映画の監督の前にアメリカのテレビ番組『サタデー・ナイト・ライブ』の脚本主任を務め、もともと社会風刺に長けていたという監督の手腕がいかんなく発揮されているようだ。マッケイ監督は語る。「重いテーマのことを考えるとおかしなことだが、もし私たちが本作を正しく描けたとするなら、この映画は楽しくもあり啓蒙的でもあるはずだ。(原作者の)マイケル・ルイスは非常に重たいテーマについての、エンターテインメントに溢れる本を書いている。ページをめくる手が止まらない。それと同じように、この映画も受け取られることを願うよ」
そしてマイケル役を演じたクリスチャン・ベールはマッケイ監督がこの作品を手がけたことについて、このようにコメントしている。「本作がいかにエンターテインメント性が高く、面白いと同時に胸が痛むほど恐ろしいか、観たら驚くだろう。彼(マッケイ監督)は発生以来ずっとこの問題に怒り、取りつかれていた。だからとんでもなく豊富な知識を持っている。その知識とコメディの才能を生かして、本作を非常にアプローチしやすい物語に仕上げている。彼がいなければ怖気づいて誰も見られない映画になっていただろう。’08年の経済危機と聞いて、すばらしい映画ができそうだと即座に思う人はいない。しかし彼はその固定概念をぶち破ったんだ」

実在する人物をモデルにしているため、俳優たちは本人や関係者と会い、当時の経済や金融のことやキャラクターをじかに知り熱心に役作りをしたという本作。へヴィメタルと数字を愛し誰に理解されなくとも頑としてわが道をゆく金融トレーダー、マイケル役はクリスチャン・ベールが濃い存在感でくっきりと表現。ウォール街の銀行家ジャレド役はライアン・ゴズリングが、マイケルの戦略を察知して自身も即座に行動を起こすやり手として、信用やスキルはまだ足りなくとも野心に燃える新米の資産運用コンビ、ジェイミー役とチャーリー役はフィン・ウィットロックとジョン・マガロが挑戦者として、彼らに協力する伝説的な銀行家ベン役はブラッド・ピットが金融のプロとして後進をサポートするさまを演じている。

スティーブ・カレル,ほか

また本作にはたくさんの有名人がカメオ出演しているのも見どころのひとつ。映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート』でレオナルド・ディカプリオが演じるジョーダン・ベルフォートの妻を演じたマーゴット・ロビーが、ジャグジーに身を浸しシャンパンを飲みながら住宅ローンについて説明し、テレビキャスターでありシェフとしても知られるアンソニー・ボーディンがハイリスクな組みあわせの金融商品を捨てるような魚介の切れ端で作ったシーフードシチューに例える。さらに「合成債務担保証券(合成CDO)」の崩壊によるドミノ効果を説明するために、若い世代に人気のシンガーで女優のセレーナ・ゴメスと、シカゴ大学の教授であり行動経済学の権威リチャード・セイラーを組み合わせ、カジノの1シーンを引用するというのもユニークだ。

筆者が個人的に特に響いたキャラクターは、スティーブ・カレルが演じたヘッジファンド・マネージャーのマーク・バウムだ。不誠実さや卑劣さを糾弾し常に正論をとなえ自身も正しくあろうと努力しているものの、内面に矛盾を抱えていつも苛立ち、アメリカの財政破たんでそれがピークに達して。清濁を併せ呑んだことで彼自身の内面もまた変化する、という感覚がじわっと沁みる。
 マッケイ監督にしてもカレルにしても、コメディのプロは監督も俳優も表現者として優れているひとがたくさんいるな、と個人的に思う(といってもコメディアンは全員秀でた芸術家、ということではないけれど)。今の日本では北野武、堤 幸彦、宮藤官九郎……演劇の世界でもとてもたくさん。なんというか、笑いは限定的なものではないからかもしれない。ポジティブなことだけでなくネガティブなこと、上品な社交やありふれた痴話、政治や経済の深刻な局面、年齢・国籍・シーンを問わず、いたるところにある。ひとつもとりこぼすものかと笑いを本気で見つめ続けたら、結果、社会全体や大勢の人たちを見つめ続け、自然と掘り下げていくことになるのかもしれない。

スティーヴ・カレル,ライアン・ゴズリング,ほか

原作者のマイケル・ルイスは、プリンストン大学で美術史の学士号、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで経済学の修士号を取得。ソロモン・ブラザーズ証券で3年間債券セールスマンをしていた自身の経験をもとに執筆した『ライアーズ・ポーカー(原題Liar's Poker: Rising Through the Wreckage on Wall Street)』で1989年に作家デビューした人物。映画化は、2006年の『ブラインド・サイド アメフトがもたらした奇蹟(原題The Blind Side: Evolution of a Game)』が’09年に『しあわせの隠れ場所(原題:The Blind Side)』として、’03年の著書『マネー・ボール』は’11年にブラッド・ピットが主演・製作をつとめて話題となった。
 本作の原作である’10年の著書『世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち』の執筆まえに、ルイス氏は「資本主義の心臓部たる機関が、いかに愚かになり、あんな自殺的なことをしたのかを探る」ため、'08年の財政破たんの後、失業した元投資銀行員たちに会ったとのこと。そして取材を進めるうちに、一般的な銀行や政府の機関、メディアの専門家とはまったく異なる視点からアプローチした人々について執筆することに決めたそうだ。ルイス氏は語る。「ウォール街の中心にはいない彼らのような一風変わったアウトローについて調べた。彼らはいかにシステムが崩壊しているかを見抜いていた。彼らがいたから『世紀の空売り』はただの雑誌の記事でなく、1冊の本になった。銀行とは逆に賭けて財産を作った男たち――私が興味を持ったのは彼らだった」

近ごろの経済不安から「リーマン・ショックふたたび?」という懸念がささやかれるなか、この映画が公開されるのはどこか因縁めいた感覚も。出演し製作もつとめたブラッド・ピットはこの映画について、このように語っている。「僕自身も1人の父親として、家を失うということに大きな関心を寄せていた。だからこの物語を伝えることは僕にとってとても大切だったんだ。追い出され、家を失い、貯金も失い、年金すら失った人々の映像が今でも頭から離れない。銀行の重役も誰も責任を取っていないという事実に、怒り心頭だ。この問題を題材にした良いドキュメンタリーをたくさん見た。でも問題の心髄を理解する一番の助けになったのは、マイケル・ルイス氏の本だ。当時の風潮や誤解や欲望、なぜこの問題が起こったのか、そして問題を再び起こさないために何が必要なのかが理解できた。現状は何も変わっていないんだ。本当に何もだ。形こそ少し違えど同様の欲望がはびこり、無責任にお金を稼げる構造が今なお存在している。今後、警戒しなければならないだろう」

作品データ

マネー・ショート 華麗なる大逆転
公開 2016年3月4日よりTOHOシネマズ 日劇ほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2015年 アメリカ
上映時間 2:10
配給 東和ピクチャーズ
原題 The Big Short
監督・脚本 アダム・マッケイ
脚本 チャールズ・ランドルフ
原作 マイケル・ルイス
出演 クリスチャン・ベール
スティーブ・カレル
ライアン・ゴズリング
ブラッド・ピット
メリッサ・レオ
ハミッシュ・リンクレイター
ジョン・マガロ
レイフ・スポール
ジェレミー・ストロング
フィン・ウィットロック
マリサ・トメイ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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