グランドフィナーレ

引退した音楽家が聴く音、現役の映画監督の目に映るものは?
セレブが集うアルプスの高級リゾートホテルを舞台に
独特のスタイルで人々の心情を描くP・ソレンティーノ監督作

  • 2016/04/01
  • イベント
  • シネマ
グランドフィナーレ© 2015 INDIGO FILM, BARBARY FILMS, PATHÉ PRODUCTION, FRANCE 2 CINÉMA, NUMBER 9 FILMS, C -FILMS, FILM4

2013 年の映画『グレート・ビューティー/追憶のローマ』で第86回アカデミー賞外国語映画賞を受賞し、世界的に高い評価を得たパオロ・ソレンティーノ監督の最新作。出演は、『ハンナとその姉妹』『サイダーハウス・ルール』のマイケル・ケイン、『スモーク』『ピアノ・レッスン』のハーヴェイ・カイテル、『ナイロビの蜂』のレイチェル・ワイズ、『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』のポール・ダノ、『大統領の執事の涙』のジェーン・フォンダほかオスカー俳優や演技派が顔をそろえる。80歳を迎えて引退した著名なイギリス人音楽家フレッドは、実の娘であるマネージャーのレナ、親友の映画監督ミックとともに、セレブが集うスイスの高級リゾートホテルで優雅に過ごしているが……。瑞々しい自然と洗練された映像、さまざまなジャンルのサウンド、シニカルでユーモラスなやりとりや哲学的な会話とともに80歳の主人公と同世代の人々を描き、原題に『YOUTH(若さ)』というグランドフィナーレをもつ、不思議なテイストの人間ドラマである。

グランドフィナーレ場面写真

高名なイギリス人の音楽家フレッド・バリンジャーは80歳を迎えて引退し、スイス・アルプスのリゾートホテルで優雅な休暇を過ごしている。そんななか女王の依頼を携えた英国王室の使いがやってきて、フレッドに彼の創った名曲「シンプル・ソング」を指揮してほしいと依頼。名誉ある公演でありながら頑として受けようとせず、すげなく断る。フレッドはマネージャーをしている実の娘レナが組んだマッサージや検診などの健康メニューをホテルでこなしつつ、長年の親友で映画監督のミックと散歩や食事をし、健康ネタや昔の恋バナをつらつら語り、ハリウッド俳優やもと有名サッカー選手らセレブリティたちと世間話をする、のんびりとした日々。そんななか突然、レナの夫でミックの息子ジュリアンは恋人ができたとレナの元を去る。深く傷ついたレナは、家庭をずっと顧みなかった父フレッドに、「夫婦の何がわかるの」と正論をまくしたてて八つ当たりをする。

豪華な役者陣の顔合わせ、クラシカルなスタイルの高級ホテル、ゆったりとしたアルプスの自然、クラシックからロックやポップス、実験的なサウンドまで様々なスタイルの音楽を監督独自のセンスで織り上げた、独特の趣のある人間ドラマ。登場人物たちの会話のなかには、今の時世や特定の世代に向けた皮肉や冗談のみならず、いろいろな立場からの視点や示唆がおなかいっぱいに含まれていて。観ているとなかには「もっともらしく言うことで重要そうに示す」ことをあえてやっているようなシーンにふと現実が透けて見えても、役者や音楽や映像のゆるやかな融合に惹きつけられ、格好良く煙に巻かれるならそれも愉し、という気分になってくる。

マイケル・ケイン

音楽家フレッド役はマイケル・ケインが上品に淡々と。作曲や指揮、音楽活動全般から引退したといいながら、日常のさまざまな音から派生し心のなかに自然と流れる音楽を自由に楽しむ姿には、一流アーティストらしく年齢や時空を超えるような、ある種の強靭な生命力が感じられる。そもそも本作の脚本はソレンティーノ監督がマイケルのために書いたとも。マイケルは語る。「ある日『パオロ・ソレンティーノがあなたのために脚本を書いた』と電話がきた。彼はイタリア人の監督だし、私は82才の英国人役者だ。信じられなくて、『本当に私に?』とグランドフィナーレを聞いたら『YOUTH(若さ)』というから、やっぱり人違いだよと言った。でも、間違いなく私だと。そして脚本を読んで、圧倒されたんだ」
 フレッドの親友で映画監督のミック役はハーヴェイが、人生最後の映画製作として仲間とともに精力的に取り組む姿で、スパッと引退したフレッドとは好対照に。真面目で美人のフレッドの娘レナ役は、レイチェルが家庭不和に傷つきもがきながらも心を立て直し、新たな1歩を踏み出す大人の女性として。ホテルに滞在しているハリウッドの映画俳優役はポール・ダノが、気ままに休暇を楽しみながらも役作りと出演作について思索する様子を静かに、ミックと“53年のつきあいで11本のフィルムを撮った”女優ブレンダ役はジェーン・フォンダが、良くも悪くも率直で毒気と迫力、どぎつい魅力をふりまく存在として演じている。錚々たる役者たちとの共演について、レイチェルはこのようにコメントしている。「ジェーン・フォンダ、ハーヴェイ・カイテル、マイケル・ケインはレジェンドでしょ? 私はレジェンドと一緒に仕事をしていたの」
 またシンガーソングライターのマーク・コゼレック、ポップスターのパロマ・フェイス、韓国出身のソプラノ歌手スミ・ジョーが本人役で出演しパフォーマンスを披露しているのもお見逃しなく。劇中で最初からずっと小出しにされるフレッドの名曲「Simple Song #3」は、ラストに大々的に演奏。ヴァイオリンはロシア出身のヴィクトリア・ムローヴァ、歌はスミ・ジョー、オーケストラはBBC 交響楽団という魅力的なステージが堪能できる。

本作のストーリーは、女王からのオファーを、選曲で折り合いがつかずに断った著名な指揮者の実話から、ソレンティーノ監督が着想を得たとのこと。主人公の親友を映画監督にしたのは、「自分の将来への興味という個人的な理由が大きかった」そうで、現在45歳のソレンティーノはこの物語のテーマについて、こんなふうに語っている。「自分にあとどれだけの時間が残されているのかと考えた時、人は未来に何を望むのか。それを描きたかった。私たちは普段、歳を重ねた人たちが、それでもまだ将来に立ち向かおうとするなんて考えてもみない。だからこそ80歳を生きる人たちが、明日について期待することは何かということに非常に興味を引かれたんだ」

マイケル・ケイン

印象的なシーンはいろいろ。フレッドが野原で草を食む牛たちを眺めながら、いくつものカウベルが揺れ、牛が草を踏み、風がそよぎ、鳥たちが羽ばたく音が合奏となって、彼の心のなかに鳴り響くカウベル合奏曲を指揮して味わう風景は、牧歌的かつ幻想的なのに現実味もあってユニークだ。ハリウッド俳優のちょっとしたトラウマを軽く蹴とばした、見た目が美しくとも人間性が微妙なミス・ユニバースも、全裸でスパに入れば一瞬で崇高な美の女神として崇められるという、いくつになっても可笑しくて本能に忠実な男性心理の二面性とか。また散歩道でミックがひとり佇み小高い丘に目を向けると、風に揺れているのは一面の野花ではなく、かつて彼が情熱を注ぎ制作した作品のヒロインたちで、ゆらゆらと決め台詞と決めポーズを彼に捧げている……というシーンも、男のロマン的な何かがしみじみと。
 ソレンティーノ監督作品はシニカルな言い回しや哲学的な問答、アーティスティックな芸術性の高さが評価されているのはとてもよくわかる。かといって、難解そうと避けたり、この魅力がわからないのはマズいのではなどと気負う必要はまったくない。たとえば筆者は、本作はわりと単純に男性監督が「男ってバカだけどそれも悪くないよね」という感覚を音楽と映像でセンスよく調理している、というシンプルさが女性から観ても楽しめるな、とも。個人的には目と感覚を全開にものすごく集中して1回観るより、ゆるゆるとした感覚で気が向いた時に何度か観る、というスタイルをおすすめしたい。観方までゆとりあるリッチなリゾート・スタイルが向いている、というのは興味深い。半目くらいのゆるやかな感覚で時間を置いて何度か観て、そのたびに別の視点をなんとなく味わう、というふんわりとした楽しみ方も、またいいものだ。

作品データ

グランドフィナーレ
公開 2016年4月16日より新宿バルト 9、シネスイッチ銀座ほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2015年 イタリア、フランス、スイス、イギリス合作
上映時間 2:04
配給 ギャガ
原題 YOUTH
監督・脚本 パオロ・ソレンティーノ
出演 マイケル・ケイン
ハーヴェイ・カイテル
レイチェル・ワイズ
ポール・ダノ
ジェーン・フォンダ
スミ・ジョー
パロマ・フェイス
ヴィクトリア・ムローヴァ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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