マクベス

マイケル・ファスベンダー×マリオン・コティヤール
W・シェイクスピアの傑作を演技派の共演で映画化
野心と狂気の果てにある虚無のあわれを重厚に描く

  • 2016/05/20
  • イベント
  • シネマ
マクベス© STUDIOCANAL S.A / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2015

絶望や虚無に魔が巣食い、その暗黒の流れに人はどこまで押し流されてゆくのか。『スティーブ・ジョブズ』のマイケル・ファスベンダーと、『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』のマリオン・コティヤールを迎え、ウィリアム・シェイクスピアの傑作『マクベス』を映画化。共演は『パレードへようこそ』のパディ・コンシダイン、『博士と彼女のセオリー』のデヴィッド・シューリス、『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』のショーン・ハリス、『トランスフォーマー/ロストエイジ』のジャック・レイナーほか。監督は2011年の映画『スノータウン』で長編監督デビューした、オーストラリア出身のジャスティン・カーゼルが手がける。中世スコットランド、マクベス将軍は魔女たちの予言通り、領主となり王となるが……。血で血を洗う戦いに疲弊し、野心と狂気の奔流にのまれてたどりつく暗黒と虚無を、演技派の俳優たちの顔合わせで描く重厚な作品である。

激しい内戦が続き荒廃する中世のスコットランド。慈悲深いダンカン王に仕える将軍マクベスは兵士を率いて、反乱軍を制圧。激しい戦闘の帰路、魔女たちが現れ、“マクベスは領主になり、そして王になるだろう”と予言し、戦友の将軍バンクォーには“子孫が王になる”と告げる。その後すぐにコーダの領主となったマクベスから手紙を受け取り事の次第を知ったマクベス夫人は、夫を王位に就かせるべく領地を訪れるダンカン王の暗殺を計画する。

マリオン・コティヤール,マイケル・ファスベンダーイケル・ファスベンダー

イギリスの劇作家ウィリアム・シェイクスピアが、実在したスコットランド王マクベスをモデルに1606 年頃に成立させた戯曲であり、『ハムレット』『オセロー』『リア王』とならぶシェイクスピアの四大悲劇のひとつ『マクベス』を名優の共演で映画化した本作。この作品は『英国王のスピーチ』を手がけたシーソー・フィルムズのプロデューサー、イアン・カニングとエミール・シャーマンの企画による。映画化の経緯は、まずカニングがファスベンダーに映画『マクベス』への出演をオファーし、『スノータウン』を観て衝撃を受けたファスベンダーがカーゼル監督と会って意気投合。その後カニングから『マクベス』の脚本を渡されたカーゼル監督は、即決で引き受けたそうだ。監督は語る。「僕は舞台デザイナーだったから以前に『マクベス』の舞台をデザインしたこともあって、芝居のことはよく知っていた。でも自分の2作目の映画でシェイクスピアを監督するなんて思ってもみなかったよ。ただマイケルがマクベスを演じると聞いた時、突然、それが説得力をもった。僕の頭の中にヴィジョンが真っ直ぐ飛び込んできた。そこから自然に事が運び、とんとん拍子で実現したんだ」

マクベス役はマイケルが持ち前のシリアスな表現力で熱演。自らの野心にのまれ溺れてゆく悲痛な姿があわれを誘う。マクベス夫人役はマリオンが、夫を王にするためならどんな残虐さも厭わない、かの有名なキャラクターを冷徹に。幼い我が子を亡くし悲しみに暮れるなか、その空虚な心を必死に埋めるかのようにそれに固執するさまが痛々しい。本作の内容についてカーゼル監督は、野心と裏切り、因果応報といった軸に加え、マクベスは心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しむ兵士であり、夫人を夫の帰りを待ち離れて暮らす孤独な妻という現代的な解釈を取り入れて描いている。このテーマについて監督は語る。「この夫婦の精神状態は不安定で、2人はバラバラになっていた。マクベスは戦争に行き、何年も夫人とは会っていない。本当に厳しい状況だ。家族のいる人間たちに囲まれていながら、2人には家族がいないことが、彼らを追い込んでいる。僕はそれがとても人間的で、現代的に感じたんだ。それが映画のヴィジョンとキャラクターの心理を見出す手助けとなった」
 マクベスの戦友である将軍バンクォー役はパディ・コンシダインが、善人で慈悲深いダンカン王役はデヴィッド・シューリスが、王の長男のマルコム王子役はジャック・レイナーが、ファイフの領主マクダフ役はショーン・ハリスが、それぞれに演じている。出演者はイギリス人も多いものの、ファスペンダーは両親がドイツ人とアイルランド人で育ちはアイルランド、現在はロンドン在住という人物で、マリオンはフランス人、監督はオーストラリア人と、メンバーはなかなかの多国籍ぶり。長編作品は今回が2作目、現在41歳のカーゼル監督は、イギリスが誇る名作の映画化をオーストラリア出身の自身が手がけたことについて語る。「一介のオーストラリア人がイギリスに突然やってきて、社会派リアリズムの映画を監督する。しかも現在世界最高クラスの俳優2人と一緒に、有名な戯曲の監督を務めるなんて、本当に気後れする。でも僕はいつも自分を怯えさせるようなことをやり遂げてきた。それは『スノータウン』でも変わらない僕の姿勢なんだ」
 例えてみると、日本の古典である原作を韓国や台湾の気鋭の人が監督を務め、日本のみならずアジア系俳優を配して映画化する、という感覚だろうか。イギリス人からしてみると言葉や感覚的なニュアンスに微妙な違和感がある面もあるかもしれないものの、日本を含む他国なら演技派俳優の共演で古典が映画に、という面から大らかに観ることができるかもという意味で、この作品は本国イギリスよりも他国での配給のほうが重要かもしれない。

マイケル・ファスベンダー,マリオン・コティヤール

ところで、『マクベス』の日本での配給は、吉本興業が「初の洋画配給」として手がけている。重厚な悲劇をよしもとが、というのはユニークながら、吉本興業とアイアトン・エンタテインメント株式会社の業務提携により実現した、という経緯も興味深い。アイアトン・エンタテインメントは、ワーナー エンターテイメント ジャパン(現ワーナー ブラザース ジャパン合同会社、旧ワーナー・ブラザース・ピクチャーズ・ジャパン)を2015年3月に退社したウィリアム・アイアトン氏が、同年4月に設立した会社。ワーナーに26年在籍し’06年からはCEOとして、日本における映画配給をはじめ、DVDやゲームの普及などのエンタメ事業を成功させてきたアイアトン氏が、吉本興業と組んだ第1作が『マクベス』とのこと。このタッグなら今後は、よしもと製作の映画について海外配給をサポートする、ということもあるのだろうか。2015年の京都国際映画祭2015の会場にて2015年10月17日に登壇したアイアトン氏は、今回の業務提携についてこのように語った。「吉本興業と業務提携で初の洋画作品配給をご一緒させていただくのは光栄です。『マクベス』は、2015年の『カンヌ国際映画祭』で話題となった作品です。映画祭が終わるまで目立たなかった作品でしたが、私もたまたま(映画祭の)後半の方でカンヌに行きまして、私の妻がまず先に拝見し『すごくよかった』と感想を聞き、私も拝見しました。日本での権利が空いていたので、交渉をして吉本興業の許諾を取りまして、配給することになりました」

人の愚かしさや哀しさが容赦なく描かれ、暗澹たる気持ちになるこの物語。個人的には秋冬あたりに観たいものの、日本ではさわやかな5月に公開だ。2016年はシェイクスピア没後400年とのことで、イギリスを中心に関連のイベントやカルチャーが盛り上がるなか、「シェイクスピアをこれから知りたい」という向きの第一歩に、映画はおすすめの媒体のひとつだろう。ただシェイクスピア作品が好きな筆者は個人的に、悲劇だけでなく喜劇の面白さもぜひとも楽しんでもらいたいなと心から思う。作品として内容を磨き上げ成立させる都合上、喜劇と悲劇が分けられる場合が多いものの、シェイクスピアの描く内容には生と死、愛と憎しみ、善意と悪意、あらゆる両面の展開による悲喜こもごもの醍醐味がこれでもかと詰まっていて、ものすごくドラマティックで面白いのだから。

マイケル・ファスベンダー,マリオン・コティヤール

※余談ながら、自分のささやかなシェイクスピア体験を振り返ってみたら…
小学校の頃から読んでいた萩尾望都さんのコミックにたびたび登場する、シェイクスピアの韻を踏む言葉を素敵と思っていた ⇒ 言葉遊びつながりで野田秀樹さんの演劇に惹かれ ⇒ 舞台で初めて観たシェイクスピア作品は野田さん演出の『真夏の夜の夢』(1992年) ⇒ その後、野田さんや蜷川幸雄さん演出の舞台をはじめ、海外の演劇の来日公演やオペラや映画などでシェイクスピア作品を観る

ファーストコンタクトから実際に舞台を見るまでの流れが、お勉強ではなく子どもの頃からの趣味や遊びから入ったこともあり、シェイクスピア作品を古典の名作というより“好きなもの”として受けとめたのが始まり。映画『ロミオとジュリエット』は中高生くらいで観ていて(1968年版。ニーノ・ロータの音楽が素晴らしい!)。喜劇や恋愛ものをある程度観た後で、シェイクスピアの悲劇を舞台で実際に観た時には度肝を抜かれ、作家としての凄味に改めて畏怖を感じました。
 関連で、野田さんが萩尾さんの短編コミック『半神』を戯曲化された時は感涙、だいぶ以前に野田さんの取材をさせてもらったときの2ショット写真と直筆サインは今も家宝で、シェイクスピア翻訳で有名な松岡和子さんに取材させてもらった時も(まったくの別テーマだったものの)とても嬉しかったです。

蜷川幸雄さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

作品データ

マクベス
公開 2016年5月13日よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2015年 イギリス
上映時間 1:53
配給 吉本興業株式会社
映倫区分 PG-12
原題 Macbeth
監督 ジャスティン・カーゼル
原作 ウィリアム・シェイクスピア
製作 イアン・カニング
エミール・シャーマン
出演 マイケル・ファスベンダー
マリオン・コティヤール
エリザベス・デビッキ
ショーン・ハリス
デヴィッド・シューリス
ジャック・レイナー
パディ・コンシダイン
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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