教授のおかしな妄想殺人

無気力な哲学科の変人教授がある日トツゼン絶好調に?
殺人計画に夢中になった男と、彼に惹かれた女たち
ウディ・アレン流のシニカルな人間ドラマにしてサスペンス

  • 2016/06/17
  • イベント
  • シネマ
教授のおかしな妄想殺人Photo by Sabrina Lantos ©2015 GRAVIER PRODUCTIONS, INC

孤独で無気力な大学教授を絶好調にスイッチしたこととは? 80歳にしてますます快調なウディ・アレン監督・脚本による最新作。出演は『her/世界でひとつの彼女』のホアキン・フェニックス、ウディ・アレン作品『マジック・イン・ムーンライト』や、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』などのエマ・ストーンほか。変人と評判の哲学科の大学教授エイブは、新しい環境で新生活をスタートしても、美人の同僚や若い学生と関係をもっても、無気力で厭世的なまま。しかしある日、罪のない人たちを苦しめる悪徳判事がいると知り、その判事の殺人計画を思い付き……。虚無的な変人教授、彼氏持ちの女子大生、夫と倦怠期の女性教授、人々を苦しめる汚職判事など、あらゆる人々や事象が影響し合いながら、事態はあってはならない方向へと進んでゆく。タイミングや選択の妙、緩急とテンポのある展開で惹きつける、アレン流のシニカルな人間ドラマにしてサスペンスである。

エマ・ストーン,ホアキン・フェニックス

アメリカ東部の大学に、変人と評判の哲学科教授エイブ・ルーカスが赴任してきた。常に無気力でも独特の視点と主張のある論文が評価されているエイブは、その変人ぶりによってカリスマ性が高まり、科学科の教授リタや、美人の教え子ジルと親密になってゆく。平穏な家庭で育ったお嬢様のジルは、彼氏のロイをそっちのけでエイブの破滅的な言動にハマッていくもエイブ自身は無気力なまま。しかしある日、ジルと一緒に立ち寄ったダイナーで悪徳判事に苦しめられている見知らぬ女性の話を聞いたエイブは、その判事の殺害計画を思いつく。そしていかに完全犯罪を完遂するかを綿密に練るうちにエイブは気力がみなぎり、頭痛やめまいが解消、快眠快食、ベッドでも絶倫に。絶好調となったエイブは、殺害計画の準備を具体的に進め始める。

破滅型のインテリ男に入れあげる女たち、というシチュエーションから、殺人計画というあってはならないはずの生きがいを得た変人教授がどうでるか、というサスペンスに展開してゆく本作。犯罪や事件を通じて正義や倫理を問うというより、人間の滑稽さや不毛さ、一線を踏み越えてしまう人、踏みとどまる人、勘や本能、緻密な計画と神がかりかつユーモラスな偶発性など、何気ない日常に潜むドラマ性が小気味よく描かれている。ここ数年のウディ・アレン作品にあるキレと軽妙さ、人の業や性(さが)を突く感覚は今回もとても鮮やかだ。
 主人公のエイブが哲学科の教授であることから、劇中でも哲学者の言葉がいろいろ引用されていて。もともと長年に渡って哲学に引きつけられていたというウディ・アレンは、本作の哲学的なアプローチについてこのように語っている。「私が書いた脚本、もしくは脚色した作品は、いずれも哲学的なオリジナリティがあるわけではないんだ。自分がこれまでに読んだ哲学者たちの産物にすぎない。あえて言うとすれば、私のすべての映画またはその大半に、哲学的なテーマが首尾一貫して存在している。だが、こうした私のこだわりは、多くの男性が考えたことのある問題を軸としたものだ。私は自分を悩ませている憂鬱な現実に興味がある。それらはアーティストや思想家といった人たちを私以上にあらゆる面で悩ませているが、私は私なりの視点を通じてそれらに対処しているんだ」

エマ・ストーン,ホアキン・フェニックス

変人の哲学科教授エイブ役はホアキンが独特の持ち味を生かし、いかにもな様子で。メインの男性キャラクターには毎回どこかアレン本人の風味があるのも毎度ながらおもしろい。エイブに夢中になる学生ジル役はエマがかわいらしく、若さゆえの未熟さ、いざというときの行動力などを魅力的に表現している。エイブに迫る科学科の教授リタ役は、インディペンデント映画で知られるパーカー・ポージーが、ジルの彼氏ロイ役は映画や舞台で活躍するジェイミー・ブラックリーが演じている。
 フィクションとはいえ抵抗感がある向きもあるだろう、不健全なねじれやゆがみをもつエイブのキャラクターについてアレンは語る。「エイブが見つけた“信じられる何か”は、不合理な物事、世の中や人々のあり方に対して彼が長年感じてきた歪み、怒り、フラストレーションの産物なんだ。エイブは従来の規範に挑戦することの正当性を信じているので、自分のやろうとしていることは可能だと感じている。しかし彼は、決して自分自身が認めるような理性的な人間ではないんだ」

クライマックスではまさに“急転直下”の展開に、ある種の痛快さもにじむ本作。因果応報、諸行無常という言葉がふと浮かび、しみじみとした心持ちにも。大した意味のないふとした選択や判断が、意外と重大な明暗を分ける、といったことは日常でもままあることで。アレンは語る。「私は存在の無意味なランダム性を心から信じている。それについては『マッチポイント』で示したし、エイブも授業でそう説いている。すべての存在は、道理も分別もないただのモノだ。私たちは皆、まったく不安定で偶発性に依存した人生を生きている。そう、曲がる道を間違っただけで……」

エマ・ストーン

さて、2016年5月11日からスタートした第69回カンヌ国際映画祭では、オープニング作品としてウディ・アレンの新作『Café Society』が上映されたとのこと(公式セレクション非コンペティション部門)。会場に姿を現したアレンが、あくまでも非コンペティション部門での参加にこだわることについて、「人によって好き嫌いがあるのが映画なんだし、一番を競うなんて僕は好きじゃない」とコメントしたことも話題となっている。アレンは『Café Society』の撮影で初めてデジタルカメラで撮影を行い、北米の配給はコンテンツ配信ビジネスに進出したAmazonが劇場公開とともに同時配信を行うという情報も(出演はジェシー・アイゼンバーグ、クリステン・スチュワート、ブレイク・ライヴリーほか、2016年7月15日アメリカ公開予定)。機を見て新しいアプローチにも挑戦し、可能性を模索していくウディ・アレンの活動に今後も注目したい。

作品データ

教授のおかしな妄想殺人
公開 2016年6月11日より、丸の内ピカデリー&新宿ピカデリーほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2015年 アメリカ
上映時間 1:35
配給 ロングライド
原題 IRRATIONAL MAN
監督・脚本 ウディ・アレン
出演 ホアキン・フェニックス
エマ・ストーン
パーカー・ポージー
ジェイミー・ブラックリー
ベッツィ・アイデム
イーサン・フィリップス
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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