山下敦弘監督×オダギリジョー×蒼井 優
感情の生々しさと映画らしい演出が味わいに
俳優たちのアンサンブルを堪能する群像劇
「とにかくどこを切ってもいい芝居、いい撮影、いい音楽、いい風景と、みんなが力を合わせてフルスイングしてできた作品です」と山下監督が語る作品。出演は、映画『FOUJITA』、ドラマ『重版出来!』、今秋公開の映画『湯を沸かすほどの熱い愛』などますます味わいを深めつつあるオダギリジョー、舞台『あわれ彼女は娼婦』や映画『アズミ・ハルコは行方不明』の蒼井 優、『ディアスポリス DIRTY YELLOW BOYS』の松田翔太、そして北村有起哉、満島真之介、松澤匠、鈴木常吉、優香ほか。監督は映画『苦役列車』『味園ユニバース』、そして今秋公開の映画『ぼくのおじさん』の山下敦弘、脚本は『そこのみにて光輝く』の高田 亮、撮影は山下監督と大学在学中から組み、信頼を厚く寄せている近藤龍人が手がける。結婚生活が破綻し、函館の職業訓練校に通う孤独な男は、風変わりなホステスと出会い……。変化を求めず期待もなく、ただ働いて死んでゆくだけだと思っていた男の人生が徐々に変わってゆくさまを描く。充実のスタッフのもと、俳優たちのアンサンブルを堪能できる人間ドラマである。
北海道・函館の職業訓練校に通う男・白岩は、毎日ただ訓練校とアパートを往復し、2本の缶ビールとコンビニ弁当を流し込み日々をやりすごしている。東京で結婚生活が破綻し妻子と別れた白岩は、勤めていた建設会社を退職し故郷に戻ってきた。しかし実家にも顔を出さず、気ままで孤独な生活を続けている。ある日、同じ訓練校に通う仲間の代島にキャバクラへ連れて行かれ、鳥の求愛ダンスをする風変わりなホステス聡(さとし)と出会う。白岩は聡に惹かれていくが……。
“孤高の作家”と呼ばれる佐藤泰志の小説を映画化した三部作の最終章であり、熊切和嘉監督による2010年の映画『海炭市叙景』、呉美保監督による’14年の『そこのみにて光輝く』に次ぐ作品である本作。山下監督は、熊切監督と呉監督とは大阪芸術大学の先輩、同期という関係であり、本作の制作についてこのようにコメントしている。「先輩である熊切さん、同期の呉美保さん。よく知っている方々の作品に続く最終章を撮る。それがまず、自分の最初の意気込みでした」
妻子と別れ故郷の函館に戻ってきた孤独な男・白岩役は、オダギリジョーが自棄の状態から変化してゆく姿を好演。人との出会い、その成り行きと感情の流れに身を任せて、ぶつかり合いながらもその人たちとだからこその転がり方をしてゆく感覚を自然体で表現している。彼自身「とにかくこの作品が大好きなんです!」と話し、2016年7月28日に東京で行われたプレミア上映会にて、このように語った。「とても素晴らしい脚本で、一言で言うと『これは演じてみたいな』と。セリフに惑わされない台本だなと思いましたね。この作品はセリフよりも(その行間に)役者ができることがたくさんあって、俳優として刺激を受ける台本でした。監督も山下さんでしたし、ぜひ演じてみたいと思いました」
白岩と同じ職業訓練校の生徒として、要領よく立ち回ろうとする代島役に松田翔太、鬱屈したものを内面に抱える森役に満島真之介、さらに北村有起哉、松澤匠、鈴木常吉らがそれぞれに演じ、白石の前妻役として優香も出演している。
そして白岩が出会うホステスの聡役は、蒼井 優がエキセントリックに。蒼井 優は白岩と聡について語る。「私はあの2人が好きですね。(何かが)足りない者同士の2人が。(これから)一生一緒にいるのかどうかはわからないですけど、ああいう痛みを伴う関係性にある男女を、映画の登場人物として見るのは好きです。ただただ幸せな話でもなく、特別な幸せをお互いが求めてるわけでもなく、ほんの少しのあたたかみだけを求めてるふたり、っていうのがいいなって思うんです」
惹かれ合う男女間の感情の揺れや盛り上がり、本音のぶつかり合いを演技で表現する場合、ともすると観ていて気恥ずかしくなるような白々しい感じにもなりかねないが、本作では生身の感覚が伝わってくる。特に白岩と聡がケンカするシーンでは、女が男に対して思っても言えないようなことを感情的にズバッと言い放つ台詞があり、観ていて気圧されるほどだ。オダギリジョーも蒼井 優も「あのシーンは特別だった」と語り、山下監督もこのシーンについて、ユーモアを交えて率直にコメントしている。「僕は白岩目線で見ちゃうので、男の化けの皮が剥がされたというか。男のみみっちいロマンチストな部分、感傷的な雰囲気に浸っていることが、全部剥がされた。コートの襟立ててカッコつけていたような男が、あれ以降はふんどし一丁で生きているみたいな感じになる。自分にもある、男のそういう部分は描けたかなと。久々に、自分と同じ目線の男をちゃんと描けたような気はしています」
原作者の佐藤泰志は、1949年北海道函館市生まれ。高校時代より小説を書き始め、有島少年文芸賞を2年連続受賞。國學院大学哲学科卒業後、いくつもの職に就きながら小説を書き続け、1977年に発表した『移動動物園』が新潮新人賞候補となり、作家としてデビュー。芥川賞に5回ノミネートされながら受賞しないまま、1990年に41歳で自死により他界した。代表作は『そこのみにて光輝く』『海炭市叙景』『もうひとつの朝』『水晶の腕』、そして本作の原作である『オーバー・フェンス』など。『オーバー・フェンス』は佐藤泰志が執筆活動をあきらめかけた頃、函館の職業訓練校で過ごした自身の経験をもとに執筆したそうだ。
エンタメ作品のようにすべてがわかりやすい展開ではないし、市井の人たちを描く生々しさに深刻さや重みも含む本作。けれど突然白い羽根が降り注ぐといった意外なシーンがさらっと入れ込まれながら、映像や物語に不思議と馴染んでいるところなど、映画の自由さや面白味も楽しめる。山下監督は語る。「結構、出鱈目な映画だと思います。特に、空から白頭鷲の羽根が降ってくるあたりは。でも僕、すごく出鱈目やりたくて。この2、3年、出鱈目なものが自分の中で課題だった気がするんですよ。映画って、もっともっと出鱈目なものなんじゃないか? それが今回できた気がするんです。あの瞬間は、映画の中の世界でしかない。あの羽根が降ってくるところは現実ではありえないわけだけど、オダギリさん、蒼井さんが、白岩と聡を演じることで、信じ込ませる力がある。そういうことが映画の力、映画の魅力だと思います。出鱈目さが持つ力が」
また2016年7月12日にロケ地である函館で開催された完成披露上映会にて、山下監督は本作の制作と仕上がりについてこのように語った。「監督って下心があるんですよ。自分の演出をどう見られたいとか、かっこつけたいとか。でも今回はそういうことが通用しなかった。ストレートに作り上げた映画です。みんなが主役と先ほどお伝えしました通り、スタッフもプロデューサーも一丸になりました。みんなでフルスイングしたら、思いがけない力が出た映画です。自分の監督作品ですが、今まで感じたことのない距離感が生まれました。オダギリさんのフルスイングも楽しんでください」
公開 | 2016年9月17日より、テアトル新宿ほかにて全国ロードショー |
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制作年/制作国 | 2016年 日本 |
上映時間 | 1:52 |
配給 | 東京テアトル+函館シネマアイリス(北海道地区) |
監督 | 山下敦弘 |
原作 | 佐藤泰志 |
脚本 | 高田 亮 |
音楽 | 田中拓人 |
撮影 | 近藤龍人 |
出演 | オダギリジョー 蒼井 優 松田翔太 北村有起哉 満島真之介 松澤 匠 鈴木常吉 中野英樹 安藤玉恵 吉岡睦雄 優香 塚本晋也 |
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