永い言い訳

西川美和監督×本木雅弘×子役たち
妻と死別した小説家の複雑な心理を通して
家族やパートナーなど親密な他者との関わりを描く

  • 2016/09/30
  • イベント
  • シネマ
永い言い訳© 2016「永い言い訳」製作委員会

『ゆれる』『夢売るふたり』の西川美和監督が、「ここまでの自分の人生の集大成になったのかもしれない」と語る最新作。出演は『おくりびと』以来7年ぶりの映画主演となる本木雅弘、ミュージシャンの竹原ピストル、映画『悪人』の深津絵里、『紙の月』の池松壮亮、『小さいおうち』の黒木華、NHK連続テレビ小説『花子とアン』の山田真歩、子役の藤田健心と白鳥玉季ほか。人気作家が不倫相手と密会している時、妻が旅先で事故死したと連絡が入る。作家は涙を流すこともなく世間に対して悲劇の主人公を装うしかないなか、妻とともに他界した親友の遺族である夫とその子どもたちと知り合う。他者との関係を育むこと、他者との関係が育ってゆくこと。それが意識的にか無意識的にかおざなりになってしまうこと、またそうならないようにするためには。人のダメさもずるさも丸ごと受けとめ、背中をそっと後押しするかのような、苦みとやさしさのある物語である。

冬のある日。バラエティ番組などにも出演している人気作家の津村啓こと衣笠幸夫は、20年来の夫婦であり美容室を経営する妻・夏子が親友とスキー旅行に行くのを冷めた様子で見送る。そして家に不倫相手の編集者・福永を呼び、情事に耽った翌朝、夏子が事故死したと山形県警から電話を受ける。葬儀で遺骨を抱える姿を報道のカメラに追われるなか、幸夫は妻の死をどこか悲しむことができずにいた。そんな折、夏子とともに亡くなった親友ゆきの夫で、悲しみと行き場のない怒りをぶちまけるトラック運転手の陽一と出会う。ふとした思い付きから幸夫は、母を亡くした陽一の幼い子どもたち、長男の真平と妹の灯の世話をすることを買って出る。子どものいない幸夫は、誰かのために生きる幸せを実感するが……。

白鳥玉季,本木雅弘

西川監督が執筆し第28回山本周五郎賞候補、第153回直木賞候補となった同名の小説を、自身で脚本を書き映画化した本作。パートナーと死別後、後味の悪い事情や自身の鬱屈にもがく男の物語でありながら、観た後は心の奥底が穏やかに落ち着くような感覚のある作品だ。この物語の着想について、監督は語る。「2011年に東日本大震災が起きたあと、しばらくしてふと思ったんです。あの時、さまざまな別れがあり、人は悲しみを背負ったけれど、メディアが伝える紛れもない愛に包まれた別れ方ばかりではなかったはずだと。後味の悪い別れ方をして、それっきりになってしまった人もいるはずですよね。そのような別れの経験を持つ人はおそらく被災した方々にかぎりません。後悔の残る別れ方をした経験は私自身にもあります。そういった誰にも言えないような苦しい関係の終わり方をした人の物語をいずれ書いてみたい。そう思ったのが発端です」

人気作家の幸夫役は本木雅弘がハマり役として。無名時代に養ってもらった妻への引け目で“歪んだ自意識”に苛立ち、同じ事故の遺族である子どもたちの世話をしてかりそめの生きがいに目覚め、紆余曲折を経て真理に触れる様を丁寧に表現している。幸夫役について本木雅弘は語る。「似たような歪みは普段の私も満タンに持っているので、共感する部分がありました。自意識の度合いは恐ろしく高いのに、健全な範囲での自信に欠けているという。だから最初にお話をいただいた時、初めて身の丈に合った役柄が巡ってきたと思ったのと同時に、そんな厄介な自意識をわざわざスクリーンにさらしていいのかという不安も覚えました」
 事故で他界する幸夫の妻・夏子役は深津絵里が印象的に、夏子と一緒に亡くなった親友・ゆきの夫、トラック運転手の陽一役は竹原ピストルが明るくまっすぐに、その妻・ゆき役は堀内敬子が、作家・津村啓のマネージャー岸本役は池松壮亮が、幸夫の不倫相手で編集者の福永役は黒木華が、こども科学館の学芸員・鏑木役は山田真歩がそれぞれに演じている。
 劇中で目を引くのは、母を亡くした陽一の子どもたちを演じる長男・真平役の藤田健心と妹・灯役の白鳥玉季、2人の子役だ。真平が父・陽一と対立するシーンの張りつめた緊張感やひたむきさ、灯の作りすぎていない無邪気さ、そして子どもたちの変化がよく伝わってくる。今回は約1年という異例の長い期間をかけて16ミリのカメラで撮影し、演技経験のほとんどない子どもを主要キャストとして起用するというこれまでにない挑戦をしたことについて、西川監督は語る。「子どもたちを虚構の世界に引きずり込み、何かを強いるのはきついことだと思っていたんです。実際には体験もしていないことを想像して、涙を流させたり、芽生えてもいない負の感情をむき出しにさせたりするのは異常な人間性に導くような気がして苦手意識がありました。でも葛藤する私を彼らはあっという間に飛び越えて、体も精神も成長していく。自分がいかに力ない存在かということを認識しながら、大人が子どもと関わることの豊かさを痛感しました」

本木雅弘,藤田健心

幸夫が作家であることから、「今までの作品の中で最も私自身に近いキャラクター」と語る監督。そして、「40年生きて来た中から出てきた、自分の実人生にも近いモチーフを、反省も後悔も喜びも束ねて描くというのは頻繁にできることではないと思います」とも。
 この映画は2016年9月17日、第41回トロント国際映画祭のスペシャル・プレゼンテーション部門に出品。満席の観客たちの前で西川監督はこの作品の創作についてこのように語った。「死別という経験を自分の人生でも何度か経験しているけれど、後悔を遺さなかったかたちが今までないのです。この物語を思いついたのは、2011年の暮れ。日本では大きな震災と津波の被害、原発事故などがあった年です。いかに日常が一瞬で壊れるか、手からこぼれおちるかというのを、ショックを受けて実感しました。そんなとき、身近にいる大切な存在といい関係性のまま最後のお別れをした人たちばかりではなかっただろう、と思い、この物語を発案しました。そんな別れを経験した人の複雑な後悔を表現するには、“作家”という設定であれば、映画のなかでも言葉豊かに表現できると思ったのです」
 そしてこの物語の大いなる魅力について、主演の本木雅弘の率直なコメントがよく表している。「夫婦でも、親子でも、また別の関係であっても、人間関係はとても不安定なもの。でもその不確かな関係のなかに自分たちは存在しているんだなと。この作品を通して見えてくるのはささやかな変化です。いたいけな人間たちが、身の回りの小さなことにひとつずつ気付いていって、他者との関係のなかに自分を見出していく。結論めいたことを言ってしまうと、他者あっての自分なんですね。それは一見当たり前のことだからなかなか実感できないことなのかもしれません。個人的にも正直、幸夫のフリ見て我がフリ直せで、私も身近な人たちにもっと誠意を持って接しようと思いました。お蔭で夫婦関係も良好になったようで、実人生でちょっといい人になれた気がします(笑)」

本木雅弘,竹原ピストル

映画では、湖の一面に桜の花びらが浮かぶ中を幸夫がひとりボートを漕ぐ幻想的なシーンをはじめ(もっと長く観たいシーン!)、映像ならではの魅力的な表現や、大切なメッセージが多くの人にわかりやすく伝わる仕組みに優れていて。原作の小説ではオフビートのコメディの要素もあり、登場人物それぞれの細やかな思い、背景や状況、思いがけない出来事なども描かれ、人の心の光と闇のコントラストをくっきりと描き出し、各人が見出した生身の真理がひしひしと胸に沁みる内容となっている。
 「人生は、他者だ」とは、幸夫の言葉。これだけでは訳がわからなくても、何かしらひっかかるものは誰しもあるのではないだろうか。映画だけ観るのも小説だけ読むのもそれぞれにいいものの、この物語はとりわけ、両方に触れることをおすすめしたい。

作品データ

永い言い訳
公開 2016年10月14日より、TOHOシネマズ新宿ほかにてロードショー
制作年/制作国 2016年 日本
上映時間 2:04
配給 アスミック・エース
原作・脚本・監督 西川美和
出演 本木雅弘
竹原ピストル
藤田健心
白鳥玉季
堀内敬子
池松壮亮
黒木華
山田真歩
深津絵里
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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