湯を沸かすほどの熱い愛

家族にとどまらず、周囲の人々をも包み込む
ちっぽけでも凛々しく逞しい、ほとばしる愛情を
あふれるほどに切々と伝える普遍的なストーリー

  • 2016/10/21
  • イベント
  • シネマ
湯を沸かすほどの熱い愛© 2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

現時点での宮沢りえ主演映画のなかで、最高傑作と言える作品。家族にとどまらず、周囲の人々を巻き込んで大きく広がってゆく豊かな愛情を描く物語。出演は宮沢りえ、良作への出演が続くオダギリジョー、NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』の杉咲花、『真田十勇士』などの松坂桃李、三浦大輔率いる劇団ポツドールの舞台『おしまいのとき』の篠原ゆき子、NHK連続テレビ小説『カーネーション』の駿河太郎、オーディションで選ばれた新人子役の伊東蒼ほか。監督・脚本は本作にて商業映画デビューした43歳の中野量太。1年前に夫が失踪、パートをしながら思春期の娘を1人で育てている双葉はある日、「末期がんで余命わずか」と宣告を受ける。家族に他者に注ぐ利他的な“愛情”の感覚を切々と伝える普遍的なストーリー。情けなくて格好良くて逞しく、笑えて涙して日常で、単純に素晴らしい作品である。

父が1年前に失踪し、家業である銭湯「幸(さち)の湯」は休業状態のまま。母・双葉は16歳の娘・安澄が近ごろ毎朝学校に行きたがらないことを心配しながらも、パン屋のパートで家計を支え、母娘2人で明るく気丈に暮らしている。しかしある日、双葉はパート先で倒れ、運び込まれた病院で「末期ガンで余命わずか」と宣告される。双葉はショックで深く悲しみ落ち込むものの、自らを奮い立たせ、「やるべきこと」のために行動を開始。まずは探偵を雇い、家出した夫・一浩を探し出す。

宮沢りえ,杉咲花,伊東蒼,オダギリジョー

ある種のおとぎ話のような純粋さやフィクションならではの良心的な展開に、絶妙な情けなさやユーモアがあり、ストーリーの軸が年齢国籍問わず誰にとっても心を揺さぶるだろう感情にどっしりと根付いている本作。正直、中野監督の力量にとても驚き、いろいろな意味で感動した。設定にサラ・ポーリー主演による2003年のカナダ・スペイン合作映画『死ぬまでにしたい10のこと』を思い出す面もあるものの、味わいとして邦画の土臭さやエピソードの骨太さがしっかりとあり、オリジナルの内容であるとわかる。2016年9月20日に東京で行われた完成披露舞台挨拶にて、宮沢りえは今回の出演を決めた時のことについてこのように語った。「ふと読んだこの作品の脚本にものすごく感動して、この作品に参加しなかったら後悔するだろうなと思ったんです。私と同じ年の、知らない監督だったので、実際にお会いした時には、たくさん意見を言い合いました」。また同会場にて、中野監督がこの映画への思いを喜びとともに語った。「映画学校を卒業して16年目で、やっとここまで来られて嬉しく思います。最初、この脚本を書いていた時は、まさかここまで大きな作品になるとは私もプロデューサーも思っていませんでした。『自分の家族に観せたくなる作品を撮ろう』というのが、私の作る映画の大きなテーマです。そして、自信をもって、そんな映画を撮ることができたと言えます」
 余談ながら、何本もの映画を観ている人々が集うマスコミ試写でも、筆者も含めかなり大勢の人たちがボロ泣きしていた。

母・双葉役は宮沢りえが熱く表現。はまり役として、大らかにどーんと愛情を注ぐところも「決して聖母ではない」ところも、リアルに体感できる。彼女のキャスティングについて、監督は語る。「宮沢りえさんは僕と同じ年で、僕にとっては、同じ世代を生きるトップランナーです。いつか一緒にお仕事をする機会があればと思っていました。双葉という役は、太陽の明るさと月の寂しさを持った人物です。同世代としてずっと宮沢さん見てきて、今だ、今こそこの役をやって欲しい、やるべきなんだと、僕は一人で勝手に強い縁を感じていました。脚本を送って、すごく早い段階で『やります』というお返事をもらった時は、正直驚きました。この役を今やらなくてはならないという縁を、宮沢さんも感じてくれていた様な気がして、とても嬉しかったです」
 一浩役はオダギリジョーが、優柔不断でビビリで情けないけれど、情が深く気持ちの優しい憎めないおとうちゃんとして。つくづく彼は女性を愛し、愛されて甘やかされる役がよく似合う。おとうちゃんのヘタレぶりがたっぷりと伝わる間の取り方で、笑えるシーンが多々ある。引きこもり寸前の気弱な娘・安澄役は杉咲花が健気に、一浩の隠し子(?)・鮎子役は伊東蒼がひたむきに、旅先で双葉たちと知り合う青年・拓海役は松坂桃李が繊細に、漁港の店で働く酒巻君江役は篠原ゆき子が、子連れの探偵・滝本役は駿河太郎が、それぞれに演じている。
 「湯気のごとく、店主が蒸発しました。当分の間、お湯は沸きません」という冒頭の貼り紙をはじめ、前半で夫・一浩がつぶやく「せめて丸のほうで…」とか、後半で一浩からあるものを受け取った双葉の感想「こーんな…」とか、言葉やシーンが面白くて、筆者はこれらのシーンが日常で何度もふと浮かんできて、今こうして書いていても思い出し笑いをするような面も。

杉咲花

劇中の銭湯「幸の湯」の内部のシーンは、東京での最古級の木造建築銭湯「月の湯」で撮影。外観と釜場のシーンは栃木県足利市の「花の湯」で、昔ながらの趣がぬくもりとして伝わってくる映像となっている(「月の湯」は1927年に創業し2015年5月に閉業、この映画の撮了後の2015年7月に解体された)。銭湯を舞台にしたことについて、監督は語る。「16年前、日本映画学校(現:日本映画大学)の卒業制作で、僕が初めて撮った映画の舞台が銭湯でした。その当時から、家族経営で湯を沸かす営みや他人同士が一緒の湯船に入りともに癒される感覚、富士山のペンキ画や薪を燃やす大きな炉など、心惹かれるものを感じていました。家族愛や人の繋がりをテーマにしている僕にとって、銭湯は最適な舞台だったのかもしれません。今回、商業映画デビューにあたり、海外でも通用する日本らしい映画を撮りたい、同時に最も僕らしい映画を撮りたいと思った時、もう一度初心に戻って銭湯を舞台にした家族の物語を書こうと決めました。あと、銭湯を舞台にしたもうひとつの着想は、映画をご覧いただけるとわかるかと思います(笑)」

中野監督は1973年生まれ、京都府育ち。’12年の映画『チチを撮りに』が第9回SKIPシティ国際Dシネマ映画祭にて日本人初の監督賞を受賞し各国の映画祭に招待され、国内外で14の賞を受賞した新鋭だ。大学卒業後、日本映画学校に入学し、2000年の卒業制作『バンザイ人生まっ赤っ赤。』が日本映画学校の今村昌平賞、TAMA NEW WAVEグランプリなどを受賞。助監督やテレビディレクターを経て6年ぶりに撮った’06年の短編映画『ロケットパンチを君に!』が、ひろしま映像展グランプリなど7つの賞を受賞。’08年に文化庁若手映画作家育成プロジェクトに選出され、短編映画『琥珀色のキラキラ』が高評を得た。
 監督は今回の撮影で、「初めて現場でお芝居を見ながら泣きました」とも。映画製作に込める思いと自身の核となるテーマについて、このように語っている。「商業映画になったとしても、自主映画時代から養ってきた、人間を丁寧に描き切る姿勢とオリジナル精神を忘れずに取り組もうと思っていたので、基本やっていることは変わらなかったんじゃないかと思います。クランクイン前のオールスタッフ会議の時、僕はスタッフを前に『皆さんが自分の家族に見せたいと思える映画にしたい』と言いました。自分が手がける映画はそういう映画でありたいとずっと思っています」

伊東蒼,オダギリジョー,杉咲花

余命いくばくかの主人公の物語でありながら、「かわいそう」とはほぼ無縁で、いわゆるお涙頂戴ものとは趣の異なる、生命力と活力がみなぎる内容という珍しいタイプの本作。すべての出演者たちがこの作品への出演を誇りに思い、入れ込んで演じたことがよく伝わってくる。前述の舞台挨拶にて中野監督はユーモアとともに、このように語った。「この作品は自信があります。楽しんで観てください。製作中に宮沢さんから『脚本も良くてキャストの演技も良くて、なのに編集のせいで良い映画にならなかったら、燃やすからね!』といわれました。なので、皆さんこの映画が良いと思えましたら、ぜひ周りにも教えてあげてください。じゃないと燃やされちゃうかもなので」。また同イベントで宮沢さんは観客に語りかけるかのように、こう伝えた。「この映画の脚本を読んでから1年が経ちますが、本当に衝撃的な出会いで、この脚本に出会わせてくれた中野監督に感謝しています。そして、この脚本を愛した皆さんの熱量をもって作られた作品が、お客様のもとへ届けられることがすごく嬉しいです。この作品は自信をもって良い作品だと言えます」

作品データ

湯を沸かすほどの熱い愛
公開 2016年10月29日より新宿バルト9ほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2016年 日本
上映時間 2:05
配給 クロックワークス
監督・脚本 中野量太
出演 宮沢りえ
杉咲花
篠原ゆき子
駿河太郎
伊東蒼
松坂桃李
オダギリジョー
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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