美しい星

三島由紀夫の異色SFを吉田大八監督が映画化
宇宙人として覚醒した一家の顛末を描く
現代社会を映すコメディにして家族のドラマ

  • 2017/05/19
  • イベント
  • シネマ
美しい星© 2017「美しい星」製作委員会

1962年に発表された三島由紀夫の異色のSF小説を、『桐島、部活やめるってよ』『紙の月』の吉田大八監督が大幅に脚色し映画化した話題作。出演はリリー・フランキー、亀梨和也、橋本愛、中嶋朋子、佐々木蔵之介ほか。ある日、気象予報士の父をはじめ、フリーターの息子、大学生の娘が次々と宇宙人として覚醒し……。現代の社会問題への投げかけがありつつ、シュールなコメディにして家族のドラマ。物語としての起承転結やストーリー性よりも、感覚的にメタファーやメッセージなどの味わいを楽しむSF作品である。

橋本愛

お天気キャスター・大杉重一郎53歳は、今日も予報が当たらなかったがいつも通り気にすることもなく、浮気相手とホテルに寄った後で車を運転していると、突然眩しい光に包まれる。その息子でフリーターの一雄27歳は、ふとしたきっかけで人気の政治家・鷹森の秘書・黒木のもとで私設秘書として働くことになり、その妹の暁子20歳は美人すぎて周囲から浮いている大学生で、路上ミュージシャンの歌に惹かれてライヴを観に石川県金沢へ。そんなある日、父は火星人、息子は水星人、妹は金星人として突然覚醒。重一郎の妻で主婦の母・伊余子49歳は地球人のままネットワークビジネスにハマるなか、夫や子どもたちの変化にとまどう。大杉家の面々は“美しい星・地球”のために使命を全うすべく、いち宇宙人としてそれぞれに奮闘するが……。

東西冷戦下でソビエトが水爆実験を行い、核戦争の脅威の最中にあった1962年当時を舞台に描く原作から、年代や設定を大幅に変更し、2018〜19年の近未来を舞台に、現代的なキャラクターと時代背景で描く本作。吉田監督は原作の小説を初めて読んだ大学時代から30年越しで、「『美しい星』だけは、いつか自分が映画にしたいと思っていました」とのこと。監督をはじめ製作陣の熱意とキャストたちの好演が相まって、率直に応援したくなる作品だ。そもそも筆者はSFもコメディも好きなので本作の味わいがするりと楽しめたものの、試写で観ている際にも困惑している人がいたのは気づいていて。SFに興味がない人にとってはなじみにくい感覚があるのは仕方ないものの、現代の社会的な対立の暗喩のような論争シーンは見ものだし、シュールなコメディとしても楽しめるので、物語を追うとか人物に感情移入するとかよりも全体をふわっと観る、という感覚をおすすめしたい。

中嶋朋子,佐々木蔵之介

夜のニュース番組のお天気コーナーを担当している“当たらない”気象予報士・大杉重一郎役は、リリー・フランキーが俗っぽい中年から、地球の未来を激しく憂える火星人に変貌するさまを好演。自然破壊への警告を熱弁し、“太陽系惑星連合の使者”としての決めポーズをビシッと決める姿は、至って真剣だからこそ面白い。時にはもの悲しさやあわれさを誘うほどの必死さもいい。2017年4月24日に東京で行われた完成披露試写会イベントにて、リリー・フランキーはこの映画についてこのように語った。「文芸作品がこんな面白く仕上がって、本当にたくさんの人に見てもらいたいし、特に若い方に見てもらいたい。良い作品に呼んでもらえて、幸せな経験ができました」
 息子の一雄役は亀梨和也が、自転車で荷物を運ぶメッセンジャーのバイトをきっかけに有名政治家の私設秘書となり、水星人として目覚める青年として、妹の暁子役は橋本愛が美人すぎて孤立する女子大生で、路上ミュージシャンとの出会いから金星人として目覚める女性として、母・伊余子役は中嶋朋子が空虚な心を埋めるかのようにネットワークビジネスにハマる地球人のままの主婦として。原作で木星人の母は、映画では地球人となっていて。伊余子が家族の宇宙人宣言に戸惑いながらも、これまで通り母として家族を思いやり守ろうとして、あくまでも普通の言動をするリアリストぶりもユーモラスだ。大杉一家を演じた4人の俳優たちは波長がよく合い、家族としてとても相性がよかったそうで、撮影中はよく4人で過ごしていたとも。また有名政治家・鷹森の秘書である黒木役は、原作の大ファンという佐々木蔵之介が謎の宇宙人として、抑制を効かせつつも怪演している。
 ちなみに暁子が竹宮と食事をする料亭は、石川県の金沢で三島由紀夫が逗留した高級料亭「つば甚」にて撮影。三島本人が実際に泊まった部屋で撮影したというのも注目だ。

劇中、テレビ局のスタジオで父と息子と黒木が論争するクライマックスの台詞のなかには、現代の人と人、国と国との間にある感情かもと改めて思い知るようなこともあり。今の情勢や時流、観る側の連想や発想、考えるきっかけに素早くリンクし自由な展開を促す感覚、メタファーの扱い方はSFの魅力のひとつだなと。登場人物たちが奮闘すればするほど空回りしていくむなしさ、「なんで牛?」みたいに神話的な要素がひょいっとでてくるところも、もの悲しさがありつつもなぜだか不思議と笑いを誘う。前述の完成披露試写会イベントにて、リリー・フランキーは本作についてこのように語った。「まじめなことを声高に言うっていうのは、これほど周りの人に宇宙人だと思われるのかと思いましたね。よく言葉が通じない人を宇宙人扱いしますけど、なるべく人間はリアルな問題を先送りにするんだなぁと。この映画を見るとそれがすごくよくわかります。蔵之介さんのセリフに『本当に美しい自然の中に人間は存在しない』というセリフがあるんですが、この映画の脈略であのセリフにたどり着くと、確かになと改めて思えましたね」
 そして若い世代のひとりである亀梨和也はこのように答えた。「ハッとさせられますよね。地球人として新たな角度をもらえた作品だなと思います」

リリー・フランキー

吉田監督は小説の脚本化について、「もし今三島由紀夫が生きていたら」と想像しながらとても苦労して書いたそうで、「あれだけの知性の代わりに何かを見るなんてこと、できっこない」と思ったとも。監督は本作に込めた思いを語る。「原作には、この惑星の上でしか暮らしていけない人間の悲しさとか愛おしさを、人間自身が人間以外の目線からみつめ直す、という倒錯した魅力があると思うんです。だから映画も、もっとトータルに、そんな人間たちの小さくて必死なジタバタをみつめるものでありたい。だから、徹底したニヒリズムの先に、あらためて人間に寄り添える立場があると信じて、そこを探し求める作業でした」
 ひと言、こんなふうにも。「あと、かなり笑えます」

三島本人が文芸評論家・江藤淳に宛てた手紙に、「あの作品には愛着があります」と書き、故・大島渚監督をはじめ多くの映像作家が映画化を望んだという物語。1956年の『金閣寺』、’60年の『憂国』をはじめ三島が数々の小説を発表していた37歳の時の作品だ。発表された際には前衛的な内容が読者や評論家を困惑させたそうだが、その後じわじわとファンを獲得してゆきロングセラーになったとも。完成披露試写会イベントにて、吉田監督は喜びとともにメッセージを送った。「今回こうやって幸せな形で、昔からやりたかったことをこんなに時間がたって実現することができて、苦労を感じたなんて言えないくらい幸せな時間でした。素晴らしいみんなと良い映画を作ったので、観てください」

作品データ

劇場公開 2017年5月26日よりTOHOシネマズ日本橋ほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2017年 日本映画
上映時間 2:07
配給 ギャガ
監督・脚本 吉田大八
脚本 甲斐聖太郎
原作 三島由紀夫
音楽 渡邊琢磨
出演 リリー・フランキー
亀梨和也
橋本愛
中嶋朋子
佐々木蔵之介
羽場裕一
春田純一
友利恵
若葉竜也
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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