あゝ、荒野

寺山修司の小説を菅田将暉×ヤン・イクチュンで映画化
憎しみ、友情、愛、嫉妬、焦燥、絶望、憧れ……
街をさまよい、必死にもがく人々を描く人間ドラマ

  • 2017/09/26
  • イベント
  • シネマ
あゝ、荒野©2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

寺山修司が執筆した唯一の小説を、『帝一の國』などの菅田将暉と自らの監督・脚本・主演による韓国映画『息もできない』で高い評価を得た韓国人俳優ヤン・イクチュンをW主演に迎えて映画化。共演は、本作が長編映画初出演となる舞台『ロンサム・ウェスト』の木下あかり、『ぐるりのこと。』の木村多江、『バースデーカード』のユースケ・サンタマリアほか。監督・脚本はドキュメンタリー番組でキャリアを積み、『二重生活』に次いで本作が長編映画2作目となる岸 善幸が手がける。3年ぶりに少年院から新宿に戻った21歳の沢村新次は、兄のような存在の劉輝と自分をだまし討ちにした裕二がプロボクサーになったと知る。新次は裕二に復讐するべくスカウトされたボクシングジムに住み込み、一緒に入った二木建二とともに厳しいトレーニングに身を投じる。憎しみ、友情、愛、そして嫉妬、焦燥、絶望、憧れ……。新宿という荒野をさまよい、何かをつかもうと必死にもがく人々を描く人間ドラマである。

菅田将暉,ヤン・イクチュン,ユースケ・サンタマリア

2021年。21歳の沢村新次は少年院から新宿に戻るも、昔なじみのなかにもすでに居場所はないと知る。3年前、兄のように慕っていた劉輝と自分をだまし討ちにした裕二に殴り込みをかけるつもりが、プロボクサーになっていた裕二に一撃で返り討ちに。道端に倒れかけた新次をその場に居合わせた理髪師の二木建二が支え、一部始終を見ていた元ボクサーの“片目”こと堀口は、自らが運営するボクシングジム「海洋オーシャン拳闘クラブ」に2人を勧誘する。格闘技や武道などの経験はないがケンカ慣れしていて裕二への復讐に燃える新次、吃音(どもり)と赤面対人恐怖症と実父からの暴力に悩む建二は、後日にジムで再会。これまでの自分を超えるべく2人は住み込みでトレーニングに打ち込み、ボクサーのプロテストに合格する。

プロボクサーになり対戦相手のみならず、自分自身や外界での出来事と闘う新次と建二の物語であり、彼らを取り巻く環境や人々を映す群像劇でもある本作。原作では小説を発表当時の1960年代だった時代設定は2021年という具体的な近未来となり、内容も現代の要素を多く取り入れて大幅に変更。上映時間が前後編トータルで305分という本作について、企画・製作を手がけた河村光庸氏は語る。「製作は“寺山伝説”という見えない力に翻弄され困難を極みました。前篇後篇あわせて5時間を超えるという“無謀”な、しかしかつて観たことのない映画が完成しました」
 時代を2021年という具体的な近未来にしたことについて岸監督は語る。「原作の時代そのままに映像化するとか、あるいは、時代は曖昧にして作品の普遍性にこだわるやり方もあったと思うんですけど、原作を読み返してみると、かなり現代に通じるものを感じます。最初にお話をいただいたときは、今の時代性をダイレクトに反映させて、それもちょっとだけ未来に置き換えるという企みでした。そこに揺さぶられて、挑戦したくなった。東京オリンピックが終わって表出するかもしれない不安とか断絶のようなものを、祭りのあとの我々を想像しながら映像化したいなと。そのための2021年だったんです」

菅田将暉,木下あかり

ボクシングの試合でリングネーム“新宿新次”としてデビューする新次役は、菅田将暉が破滅的な荒々しさと野性的な純粋さを野太く魅力的に表現。テーマも内容も“昭和”の泥臭さが満載で、現代の私たちにはどこか遠いような感覚もある物語なのに、菅田将暉自身が放つ人間力で親しい友人の話であるかのように観る側を性別年齢問わず引き込むという、彼の底知れない感性に驚く。新次がアニキと慕う内気な理髪師で、リングネーム“バリカン建二” としてデビューする建二役は、ヤン・イクチュンが内向的な青年として繊細に。内にこもるからこその爆発的なエネルギーや強靭な耐久力、一度こうと決めたら自らの命を賭してでもやり通す鋼の意志を重厚に表現している。今回の出演は、企画・製作の河村氏が以前に映画『息もできない』の日本配給を手がけた縁で、決まったそうだ。
 「海洋オーシャン拳闘クラブ」で新次と建二を父親のように見守る元ボクサーの“片目”こと堀口役はユースケ・サンタマリアが、東北大震災の被災者であり新宿でその日暮らしをしていた曽根芳子役は木下あかりが、子どものころに新次を捨てた母親・君塚京子役は木村多江が、建二を暴力で支配する元自衛官の父親・建夫役はモロ師岡が、ジムのスポンサーで新次が働く介護施設の社長である宮木太一役は高橋和也が、以前に新次をだまし討ちにした新人ボクサー裕二役は山田裕貴が、堀口が雇い入れるトレーナーの馬場役はでんでんが、芳子の母セツ役は河井青葉が、学生団体「自殺抑止研究会」を主宰する川崎敬三役は前原 滉が、研究会に関わる高校生の七尾マコト役は萩原利久が、川崎の恋人である西口恵子役は今野杏南が、電力会社のクレーム対応係・福島役は山中 崇が、新次が育った施設で兄のような存在であり詐欺仲間だった劉輝役は小林且弥が、宮木が社長やスポンサーをしている施設の実質的な2代目オーナー石井和寿役は川口 覚が、それぞれに演じている。

本作の特徴は激しい濡れ場と格闘シーンだ。ドキュメンタリーのアプローチで撮影していることもあり、肉体の感覚が生々しく迫る。とはいえすべて登場人物の心情や物語の展開に必要で意味のあるシーンであり、見せ場としてとってつけた感覚はなく、個人的には女性として観ていても抵抗が少ない(一ヵ所どうしても「えー、それは」と思ったが、それも表現の一部として)。特に新次と芳子の濡れ場は多く、2人の若手俳優の潔さや、事後に新次が芳子を指でそっと撫でるところなど自然な流れに感じ入った。
 ボクシングの対決シーンの見どころは、後篇の新次VS裕二戦と、新次VSバリカン戦。この撮影は格闘技アリーナとしても知られるディファ有明にボクシング用のリングを設置し、3台のカメラを用いて5日連続で実施。菅田は撮影前に体重を増量、ヤンは減量し、ともに62〜63kgを目指して肉体づくりをして撮影に臨んだ。いくつものボクシング映画を観て研究したという岸監督は、リアリティを求める姿勢について語る。「そこでわかったのは、撮影の方法やカットに決まりのようなものがあることです。アクション映画と同じで、型があり、タテを決めて撮っている。本当に殴りあうことはできないですから、当然なんですが。ボクシングの台本ができたときに、このままつなぐとかっこいいものになるなと思いましたが、かっこよすぎて味気ないんじゃないかとも思いました。それで、編集で、ある程度台本を忘れて新しい流れでつないでみようかと考えて。そのためのアングルとか、アクションの余尺とか、汗、筋肉の揺れ、そういうカットは芝居の流れとは別に、意識的に撮影させてもらいました。演技者たちが日々肉体を鍛えてくれたからできたことなんですけど、どの試合もかなり生々しさを出せたと思います。その熱量はぜひとも感じてほしいです」

ヤン・イクチュン,菅田将暉,木下あかり

「ぼくは不完全な死体として生まれ 何十年かゝって完全な死体となるのである」
 「人類が最後にかかる病気は希望という名の病気である」(サン=テグジュペリ)
 寺山修司自身の名言や、好んで引用した有名な言葉などを要所にちりばめた本作。岸監督はこの映画のテーマについて語る。「寺山さんは少年のころに戦後の動乱の時代を生きていて、それがあって、寺山さんなりの目で社会や人間を見つめてきたんだと思います。僕らは戦争のない時代と国に生まれてきたけれど、世界を見ればいろんな戦乱や混乱が起きているわけで、日々断絶が生まれている。俯瞰で言ってしまうと、結局、人間は、いつもそういうことを繰り返す。ただ、そんなカオスでも、人間は、人間とは何かを問い続けていく生き物だと思うんです。寺山さんもそうだったのかもしれない。アイデンティティの探求、自分は何者なのかということを問いかけている。二部作を通してこの映画がたどり着くところもやっぱり、そこ。『僕は、ここにいるよ』という叫びです」

軽快なエンタメ作品ではないし、尺の通りシリアスなテーマをガッツリ描く重量級の内容であるものの、監督と主演2人にはそれだけじゃない、という思いがある。2017年8月27日に東京で行われた完成披露上映会の舞台挨拶にて観客に伝えた、監督と菅田とヤンのメッセージをお伝えする。
 ヤン:(通訳を介さずに片言の日本語で)「2人の男が出会って、自分たちの“心で会話する映画”です。今日のような家族(みたいな)雰囲気で、面白く撮りました」
 岸監督:「この作品は濡れ場もボクシングシーンも皆全身を使って打ち込みました。そこにぜひ注目してもらえたらと思います」
 菅田:「孤独や、失ったものがある人は心が荒野のように荒れて、人とのつながりや愛情を求めていく。この作品はそういう過去を埋めていく2人の物語で未来をつくっていく映画。それでも構えずに見てほしいです、ミニオンだと思って!」

作品データ

あゝ、荒野
劇場公開 2017年10月7日より前篇、10月21日より後篇 新宿ピカデリーほかにて2部作連続公開
制作年/制作国 2017年 日本映画
上映時間 前篇2:37、後篇2:27
配給 スターサンズ
映倫区分 R15+
原作 寺山修司
監督 岸善幸
脚本 港岳彦
岸善幸
企画・製作 河村光庸
出演 菅田将暉
ヤン・イクチュン
木下あかり
モロ師岡
高橋和也
今野杏南
山田裕貴
でんでん
木村多江
ユースケ・サンタマリア
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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