はじめてのおもてなし

本国で400万人を動員、2016年ドイツ映画興収第1位に
ドイツ人一家がアフリカの難民の青年を受け入れ……
時事や風刺を含む注目のホーム・コメディ

  • 2018/01/10
  • イベント
  • シネマ
はじめてのおもてなし© 2016 WIEDEMANN & BERG FILM GMBH & CO. KG /
SENTANA FILMPRODUKTION GMBH / SEVENPICTURES FILM GMBH

本国ドイツで400万人を動員し、2016年のドイツ映画興収第1位となった注目のコメディ映画。ミュンヘンに暮らす裕福なハートマン家の母アンゲリカが、「決めたわ。難民を一人、受け入れるの」と宣言。ナイジェリアから来た難民の青年ディアロが自宅に滞在することになり……。戸惑いながらも自分たちなりにディアロと関わるハートマン家の人々、庭仕事や雑務を手伝いながら一家を素朴に見つめるディアロ、その対比や落差をコミカルに描き出す。製作は、2007年の第79回アカデミー賞外国語映画賞を受賞した映画『善き人のためのソナタ』のプロデューサー、クヴィリン・ベルク、監督・脚本はドイツでヒットメーカーとして知られ、本作に出演している女優センタ・バーガーの実子であるサイモン・バーホーベンが手がける。出演はドイツの人気俳優を中心に、映画『戦争のはらわた』のセンタ・バーガー、舞台や映画などで活躍するベテランのハイナー・ラウターバッハ、「ヴィンセントは海へ行きたい」のフロリアン・ダーヴィト・フィッツ、「ゲーテなんてクソくらえ」のエリヤス・エンバレク、ベルギーで俳優活動をするコンゴ出身の若手エリック・カボンゴほか。亡命を希望し先進国にやってくる難民のこと、環境や状況として不幸であるはずがないのに不自由に陥っている先進国の人々のこと。今の社会事情や風刺を含みながらも深刻になりすぎずに映す、ドイツ製のホーム・コメディである。

センタ・バーガー,エリック・カボンゴ

ドイツ、バイエルンの州都ミュンヘン。閑静な住宅地で暮らすハートマン家のディナーの席で、母アンゲリカは難民の受け入れを宣言。夫リヒャルトや長男フィリップは反対、長女ゾフィは困惑しながらも賛成するなか、ナイジェリアから来た難民の青年ディアロを自宅に住まわせる。教師を引退して生き甲斐を失い、アルコール依存になりかけの母アンゲリカ、現場から引退を促されても拒否し、現役であることに執着する医師の夫リヒャルト、ワーカホリックの企業弁護士でバツ1のシングル・ファーザーの長男フィリップ、ラップとゲームに夢中で学校の問題児、フィリップの12歳のひとり息子バスティ、30代になっても“自分探し”を続けて未だ大学生の長女ゾフィ、という面々で迎え、ぎこちないながらもディアロとの暮らしが始まる。

2017年のバイエルン映画賞にて作品賞とプロデューサー賞を、2017年のドイツ・アカデミー賞にて観客賞を受賞した話題作。コメディといっても難民のことを差別的に笑い話にしているのではなく、ナイジェリアの地方で暮らしてきた青年と、ドイツの都市で暮らす裕福な家族という対極にあるような出会いを経て、境遇や文化の違いによるズレや考え方の違いをさりげなくとらえ、先進国ならではの複雑なストレスを抱えて右往左往するひとつの家族のなりゆきが面白い。そもそもこの映画の企画が始まったのは、ドイツのメルケル首相が2015年9月、シリアやアフガニスタンからの難民100万人を入国させると発表するよりも約半年前からとのこと。サイモン監督は本作のストーリーを作り上げた経緯を語る。「2015年の春にこの映画を作り始めた当初は、難民を受け入れると決めたことでいざこざが起こる、家族のショートストーリーでした。小リッチ層の家族の家庭内問題と、まったく文化圏が異なる、より深刻な問題に直面した人を描いてみようと思ったのです。ここから、いくつかのコメディと感動的なアイデアが生まれました。当時はこの核家族の話が、ドイツにとってある種のメタファーとして、ましてや社会風刺として考えられるなんて思ってもいませんでした。’15年の9月にこの話は突然、かけがえのないトピックになったのです。この映画が急にとても現実的に思えて、すべての家庭内の議論こそが、今までになくエキサイティングになっていると気付きました」

ハイナー・ラウターバッハ,センタ・バーガー

ディアロの世話をすることで気力を取り戻してゆくハートマン家の母アンゲリカ役はセンタ・バーガーがどっしりと落ち着いて、大病院の外科医で医局長である夫リヒャルト役は、ハイナー・ラウターバッハが医師として男として現役であることにこだわるさまを残念な様子で、バツ1シングルファーザーの長男フィリップ役はフロリアン・ダーヴィト・フィッツが、息子を実家に預けっぱなしのワーカホリックとして、父や兄に嫌味をいわれながらも自分探しを続ける長女ゾフィ役はパリーナ・ロジンスキが迷えるアラサーとして、ナイジェリアから来た難民のディアロ役はエリック・カボンゴが、天涯孤独で亡命申請中という不安定な状況でも世間を恨んだり卑屈になったりしない素朴な青年として、リヒャルトの部下の研修医タレク役はエリヤス・エンバレクが、難民センターでボランティアもする面倒見のいい青年として、それぞれに演じている。また極端な言動で突っ走るアンゲリカの同僚だった元教師のハイケ(ウルリケ・クリーナー)や、整形美女たちと気軽な関係を楽しむリヒャルトの友人の美容整形外科医サーシャ(ウーヴェ・オクセンクネヒト)といった個性的な面々が、ハートマン一家やディアロの暮らしを振り回していくところは、「いるいるこういう人」という感覚も。

この物語では某1名を除いて、基本的には誰にも悪気はないのに問題が起こってしまうことが特徴。それは日常にとてもよくあることで、そのあたりはどこかしみじみとするものが。個人的には、ワーカホリックの兄の顛末が身につまされて。また、どこか真面目で質実剛健な国民性を感じさせるドイツ人による、ドイツ語のホーム・コメディ、ということにも筆者は味わいを感じた。映画の世界では、ナチス・ドイツが台頭している第二次世界大戦下のホロコーストや市民への激しい弾圧を描く作品も多く、映画によく登場するドイツ人は、軍部や知的層などの狂信的なナチズムの信者をはじめ、現代の設定であれば融通の利かない生真面目なビジネスマンであったり、ドイツ国民として世界にどう贖罪していくかを真剣に実践しようとするキャラクターであったりすることが少なくない。でもドイツ人だって政治や歴史や経済ばかりを考えているのではなく、自分ちの家庭や周囲3m圏内のことで手一杯です、という当たり前の感覚がなんだか新鮮なのだ。サイモン監督は現在のドイツと映画製作について語る。「ドイツ、そしてヨーロッパは今、私が生まれてこのかた経験したことがないほど激変しています。皆が将来の展望について議論し、模索し、適応しようとしているのです。しかしまた、この混沌として不確かな落ち着きのない状況は、コメディにとって肥沃な土壌となるのです」

エリヤス・エンバレク,パリーナ・ロジンスキ

映画としては、難民のことは日本人にとって、遠い場所で起こっている無関係なことだから興味ない、という内容ではなくて。この作品は、いま世界で起きている最も現代的なシチュエーションで人間同士のギャップを描くホーム・コメディであり、命に関わる非常に辛い出来事を体験したアフリカ人は“不幸”で、先進国で裕福に暮らすドイツ人の家族は“幸福”、というわけではなく、どこかかみ合っていないハートマン家で暮らすうちに、ディアロは逆に冷静になって新しい場所で生きていく自信をつけてゆき、ハートマン家の人々も行き詰まっていた問題が思いがけない形で解決されてゆく、という描き方がいい塩梅だ。そして劇中では後半のあるシーンで、ディアロが体験した厳しい出来事が簡潔に語られる。音楽やカメラワークで大仰に演出することなく、1シーンとしてさらりと描かれることで、それが彼の日常にあったことだとよく伝わってきた。そしてサイモン監督は本作のテーマとメッセージについて、このように語っている。「『はじめてのおもてなし』は、何よりもまず、純粋なコメディだということ。政治的解決策を提供することもできないし、そのように望んでもいません。それにもかかわらず、勝手ながら、この映画が少なくとも物事をリラックスして考えるのに役立つこと、そして人道主義的な思考を促すことができればと願っています」

作品データ

劇場公開 2018年1月13日よりシネスイッチ銀座ほかにて全国順次公開
制作年/制作国 2016年 ドイツ映画
上映時間 1:56
配給 セテラ・インターナショナル
原題 Willkommen bei den Hartmanns
英題 Welcome to Germany
監督・脚本 サイモン・バーホーベン
プロデューサー クヴィリン・ベルク
出演 センタ・バーガー
ハイナー・ラウターバッハ
フロリアン・ダーヴィト・フィッツ
パリーナ・ロジンスキ
エリヤス・エンバレク
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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