eHills Club 試写会日記

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アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル

米国で実際に起きたスケーター襲撃事件の真相とは?
若き女性アスリートの栄光と転落、事件の経緯について
関係者インタビューをもとに描く、個性的な人間ドラマ

アイ,トーニャ  史上最大のスキャンダルCopyright © 2017 AI Film Entertainment LLC.

あのとき、オリンピックに2度出場した23歳のフィギュアスケーター、トーニャ・ハーディングに何が起きたのか。1994年1月にアメリカで実際に起きたスキャンダル、「ナンシー・ケリガン襲撃事件」について、関係者へのインタビューをもとに映画化。出演は、映画『スーサイド・スクワッド』のマーゴット・ロビー、本作で第90回アカデミー賞にて助演女優賞を受賞したアリソン・ジャネイ、『キャプテン・アメリカ』シリーズのセバスチャン・スタンほか。監督はCM界で活躍後、2007年に『ラースと、その彼女』で長編映画デビューしたオーストラリア出身のクレイグ・ギレスピー、製作・脚本は『クーパー家の晩餐会』のスティーヴン・ロジャースが手がける。貧しい家庭で幼いころから理不尽な厳しさにさらされてきたトーニャは、実力派のフィギュアスケーターとして成長するが……。食い違う証言、暴言や暴力が当たり前の支配的な母親、そうされることが当然だと刷り込まれる娘、早い結婚、夫婦間のドメスティック・バイオレンス、そしてライバル選手への襲撃事件――。事件の背景をただシリアスに描くのではなく、本人たちのバラバラな主張とブラック・ユーモアとともに、事件に至る経緯を映していくところがユニーク。実話をもとに若き女性アスリートの栄光と転落、ある傷害事件について描く、個性的な人間ドラマである。

マーゴット・ロビー,ほか

トーニャ・ハーディングは1970年、米国オレゴン州ポートランドでウエイトレスの母ラヴォナの4番目の夫との間に生まれる。3歳でスケートリンクに通い始め4歳で才能が開花し始めたトーニャは、12歳でトリプルルッツに成功。母ラヴォナは横柄で、娘を貧困脱出の道具としか扱わず、気に食わないことがあるたびに、トーニャを罵倒し暴力をふるっていた。15歳になったトーニャは青年ジェフ・ギルーリーと恋に落ちるが、数カ月後にはジェフの暴力が日常化。しかし幼いころから暴力を受け続けていたトーニャは、謝罪されてはヨリを戻すことを繰り返す。母ラヴォナと流血沙汰の大ゲンカを機に実家を出て、ジェフと結婚。その翌年の1991年、トーニャは21歳にして全米選手権にて、アメリカ人初のトリプルアクセルに成功して大会初優勝、世界選手権で2位に。ジェフとは同年に離婚、1992年のアルベールビル、1994年のリレハンメルと2度のオリンピック代表選手となる。しかし1994年1月6日、ライバル選手であるナンシー・ケリガンが何者かに襲われて負傷した事件の犯人として、元夫ジェフと彼の友人ショーンが逮捕され……。

トーニャやジェフ本人のインタビューに基づく内容であり、ドキュメンタリー風に構成されている部分もある本作。アメリカで衝撃的な事件として当時とても注目された「ナンシー・ケリガン襲撃事件」について、実際はどうだったのかがなんとなくわかることが見どころだろう。そもそも映画化のきっかけは、脚本家スティーヴン・ロジャースがスポーツ・ドキュメンタリー番組「30 for 30」にて、トーニャのエピソード「The Price of Gold(金メダルの代償)」を観て興味を抱いたことだった。そして実際にトーニャや元夫ジェフと会い、大きく食い違う話を聞きながら、ロジャースはこう考えたそうだ。「(映画の制作は)あえてその角度から入ろう、と。この物語の異なる面をすべてさらけ出し、観客に判断してもらおうと思ったんだ」

ケイトリン・カーバー,ほか

人生が栄光から転落へと急転するトーニャ役は、マーゴットがむきだしの感覚で熱演。オーストラリア出身の27歳である彼女は最初、トーニャのことを知らなかったものの、実話ベースと知り物語と人間味ある人物像に惹かれたことから、プロデューサーとしても参加することを決めたという。恐ろしすぎる鬼母ラヴォナ役は、アリソンが冷酷かつ尊大に怪演。第90回アカデミー賞にてアリソンが助演女優賞を受賞したこの役は、ロジャースがもともと長年の友人であるアリソンイメージして、ラヴォナ役をあて書きして執筆したとのこと。キャラクターとしては最悪だが、ちょっとした動揺やゆらぎ、開き直りなどの表現が繊細で、アリソンの演技者としての凄味や深みがよく伝わってくる。トーニャの夫ジェフ役はセバスチャンが短絡的で憎み切れない男として、自称・諜報員を名乗るジェフの友人ショーン役はポール・ウォルター・ハウザーが、妄想と勘違いの暴走を絶妙に演じている。
 プロデューサーのブライアン・アンケレスは、登場人物へのギレスピー監督のアプローチについて語る。「クレイグ(監督)は、本作のトーンをはっきりと理解していた。スティーヴンの脚本には、あるページには暴力に怯えた感情、別のページには悲しみ、次には大声で笑っている状態が描かれている。クレイグは互いを批判し合うそれぞれの人物の感情を表現し、かつそれがひとつにまとまっているかのように感じさせるのが実にうまいんだ。トーニャだけでなく、本作のキャラクター全員の共感へと踏みこんでいる。彼らの見せ場を作るだけでなく、彼らを人間として描いているんだ」

トーニャを演じるにあたり、マーゴットは撮影に入る4カ月前からスケートの猛特訓を週5回、1日4時間行い、トーニャ本人のドキュメンタリーほかYouTubeで見つけたすべての映像を徹底的にリサーチ。トリプルアクセルのシーンは、できる女性スケーターを見つけること自体が困難なことから、視覚効果を用いられている(これまでに女性のトリプルアクセル成功者は伊藤みどり、トーニャ、中野友加里、リュドミラ・ネリディナ、浅田真央、エリザベータ・トゥクタミシェワ、紀平梨花、長洲未来の8人のみ)。
 音楽は1980年代をはじめ、60’Sや70’Sのヒット曲を使用。しかし製作にあたり、「トーニャ・ハーディング」の名前を出すだけで、楽曲提供を拒否するアーティストやエージェントが大多数だったことから、ミュージック・スーパーバイザーのスーザン・ジェイコブスは、「アーティストやエージェントたち一人一人を説得し映画を観てもらい、映画の内容や本質を理解してもらう」という地道な努力をして、許可を得た。劇中では、トーニャが実際にプログラム曲に使用していたZZトップの’85年の曲「スリーピング・バッグ」をはじめ、スージー・アンド・ザ・バンシーズによる、イギー・ポップのカバー曲「THE PASSENGER」、ノーマン・グリーンバウムの「スピリット・イン・ザ・スカイ」、シカゴの1970年の「長い夜」、フリートウッド・マックの’77年の「ザ・チェイン」、ハートの’77年の「バラクーダ」、ダイア・ストレーツの’81年の「ロミオとジュリエット」などが印象的に使用されている。

アリソン・ジャネイ

事実は小説よりも奇なり、といった顛末の本作。正直なところ、観ていて気持ちのいい内容では個人的にまったくない。鬼母ラヴォナのトーニャへのふるまいはひどいもので、特に幼少期のトーニャ役は『gifted/ギフテッド』の愛らしい子役マッケナ・グレイスがとてもかわいいだけに、アリソン演じるラヴォナの冷酷さが一段と際立つ(製作側の意図通りだろうけれど)。ラヴォナの証言として、「トーニャは怒ると力を発揮するタイプで、『どうせできない』とか言わなきゃダメだった。リンクでは、私が娘を奮起させてやった」とあり、彼女を“一流選手を育てた母親”とする向きもあるようだが、大きな愛情とともに支える家族、競技者としての教育や指導、知識と肉体とメンタルにおいて総合的に育てていくことができれば、トーニャはもっと伸びたのではないだろうか、とも筆者は思ってしまう。
 ラヴォナが自身の言動を娘のためと正当化することに心底ゾッとするし、世の中にはそうした肉親との家族関係が確実に存在すると改めて実感する。劇中、母への信頼を諦めきれず、折に触れ愛情を確認しようとするトーニャは痛々しい。けれどそこで幼いころからのことで備わった気骨か、母譲り(?)の生来の強さか、不屈の闘志で何度でも立ち上がり猪突猛進してゆく姿は、たとえそれが迷走であっても憎めないような。現在47歳であるトーニャ本人は、3番目の夫との間に生まれた息子を育て、「良き母であることを世間に知って欲しいと願っている」とのこと。映画としては、負の連鎖のようなものに圧倒され、ドッと疲れて複雑な気分にもなる内容だが、トーニャ本人が彼女なりに世間をサバイバルして今が幸せなら、よかったね、という気持ちも湧いてくるような。そういった作品である。

2018年4月16日更新

作品データ

劇場公開 2018年5月4日よりTOHOシネマズシャンテほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2017年 アメリカ映画
上映時間 2:00
配給 ショウゲート
原題 I, TONYA
監督 クレイグ・ギレスピー
製作・脚本 スティーヴン・ロジャース
出演 マーゴット・ロビー
セバスチャン・スタン
アリソン・ジャネイ
ジュリアンヌ・ニコルソン
ポール・ウォルター・ハウザー
マッケナ・グレイス
ボビー・カナヴェイル
ケイトリン・カーヴァー
ボヤナ・ノヴァコヴィッチ
アンソニー・レイノルズ
ライター:あつた美希 CSホロス株式会社代表取締役。フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/2015年はハースト婦人画報社『25ans』で“姫のためのエンタメ・コンシェルジュ”、フレグランスジャーナル社『アロマトピア』で“シネマ・アロマ”を連載。インタビュー記事の執筆も。