生き物を見つめ共生する日本人画家・熊谷守一
彼を支える妻、にぎやかな知人たち、動物も虫も植物も
みんな等しく豊かな、自宅と庭のあたたかい世界を描く
山﨑努、樹木希林の共演で、“仙人”とも称された日本人画家・熊谷守一と妻・秀子の日常を、なごやかに描く。共演は『SPEC』シリーズの加瀬亮、『TOO YOUNG TO DIE!若くして死ぬ』の吉村界人、『共喰い』の光石研、『友罪』の青木崇高、『土竜の唄』の吹越満、『忍びの国』のきたろう、NHK連続テレビ小説「あさが来た」の林与一、舞台『あわれ彼女は娼婦』の三上博史ほか。監督・脚本は『南極料理人』『横道世之介』の沖田修一が手がける。草木が生い茂る自宅の庭で、虫や猫などを眺めるのを日課にしている守一は、今日もゆっくりと庭へ歩いてゆく。有名な画家の伝記的なストーリーというより、熊谷氏の独特なキャラクターや、夫を支える妻との暮らし、周囲の人々とのあたたかい交流を描き、大きな意味で作家の創作の在り様を伝える。のんびりとした昭和の雰囲気、ゆったりとした空気が全編にやさしく流れている作品である。
昭和49年の夏、古い木造住宅の熊谷家。94歳のモリこと守一は両手に杖をもち、洗濯物を干す76歳の妻・秀子に見送られ、いつもの通り自宅の庭を散策。地面に寝そべったり腰掛けに座ったりしながら、生き物や石ころをつぶさに観察してゆく。茶の間には次々とやってくる訪問客が集って談笑し、秀子と姪の美恵も加わってにぎやかだ。モリの手書きの表札はまたしても盗まれ、隣人はサインを求めて色紙を持参し、みんなでモリの特集番組をテレビで見て、日々はゆるやかに流れてゆく。そんななか、ある日、近隣に建設中のマンションのオーナーと工事の現場監督が熊谷家にやってくる。
蟻や蝶や猫や鳥、そしてさまざまな草花を美しい色彩でくっきりととらえる晩年の熊谷守一の日常を描く。時にはユーモラスに時にはしみじみと、長年連れ添った夫婦の味わいがいい塩梅だ。そもそものきっかけは、山﨑努が「僕のアイドル」と以前から憧れていた熊谷守一について沖田監督に話したことだったとのこと。脚本を山﨑氏にあて書きをして執筆したことについて、監督は語る。「『キツツキと雨』で(山﨑さんと2011年に)ご一緒した時、ロケ地(岐阜県恵那市)がたまたま守一さんの出生地の近くで、『記念館に行ってみたら』と声をかけてくださったんです。撮影に追われ、記念館には足を運べなかったものの、東京に戻ってから自分なりに調べていくうちに『山﨑さんの“熊谷守一”が見たい!』と強く思って、それがスタートラインでした」
モリこと94歳の画家・熊谷守一役は、山﨑努が作家の才気とユーモアを天然のたたずまいで。モリに寄り添う妻・秀子役は樹木希林が、ゆったりとしながらもシャキシャキと家事をして夫を囲碁で負かす、味わいとキレのある魅力的な存在として。熊谷家で秀子の家事をサポートしている姪の美恵役は池谷のぶえが、画商の荒木役と峯村役はきたろうと谷川昭一朗が、モリに相談ごとをする信州の温泉旅館の主・朝比奈役は光石研が、モリや秀子を撮影する写真家の藤田役は加瀬亮が、藤田の不慣れな助手・鹿島役は吉村界人が、建設中のマンションのオーナー水島役は吹越満が、現場監督の岩谷役は青木崇高が、見知らぬ男役は三上博史が、それぞれに演じている。
山﨑努と樹木希林は、2015年の映画『駆込み女と駆出し男』でともに出演はしているものの一緒のシーンがなかったことから、実質的な共演は今回が初めてとのこと。脚本も読まないまま出演依頼をすぐに快諾したことについて、樹木希林は語る。「もう飛びつきました。あの熊谷守一さんを演じられる山﨑努さんのそばにいられるんですから……だからすぐにハイって。山﨑さんとはこれまで、ご一緒するチャンスがまったくなかったんです。この映画で出会わせてもらえ、至福でした」
そして山﨑努もまた、実質的には初共演の樹木希林、脚本からオリジナルで手がけた沖田監督を称賛。そして完成した映画を実際に観たときの思いについて、熱く語っている。「敬愛の念を込めて“モリカズさん”と呼ばせてもらいますが、モリカズさんが風景の一部になっていた。豊かな風景の中に溶けこみ、一体化してる感じがとてもよく出ていました。つまり、モリカズさんに作為的に寄ることなく、無心に眺めるという、その視線と姿勢が素晴らしいんですよね」
実際に熊谷夫妻が暮らしていた住居の跡地には1985年に熊谷守一美術館が建てられたものの、庭は残っていないことから、映画では美術スタッフが制作。広い庭のある神奈川・葉山の簡素な古民家で、隣接した2軒分の庭も使い、劇中の“モリの庭”を作り上げた。夏の明るい陽射しのなかで人も動物も昆虫も植物ものびのびと、のどかに自由に過ごしている感覚がよく伝わってくる。
監督は熊谷守一氏に惹かれた理由について語る。「晩年に外へ出ることなく、家と庭だけで生活が満ち足りていた点にやはり、とても興味を覚えました。空間的には小さくて狭いんだけども、その深くて豊穣な“モリのいる場所”が描けたらなあって」
76歳の頃に脳卒中で倒れたあたりから97歳で他界するまで家と庭から出ることなく、87歳の時に文化勲章を辞退、その5年後には勲三等叙勲も辞退したという熊谷守一。映画では、権威ある賞を受賞したり外出したりするよりも、家と庭で過ごすので充分としていた作家の創作の源と独特の人柄、妻を大事に思い、庭の生き物たちや石ころを愛し、絵を描き、書を手がけ、家にやってくる人々との時間がとてもあたたかく。沖田監督はこの映画について、自身が一番好きだという熊谷守一の代表作『鬼百合に揚羽蝶』にたとえて、このようにコメントしている。「『鬼百合に揚羽蝶』のような、守一さんの絵みたいな映画を作りたかったんです。シンプルだけど奥深く、小さな生きものたちの一瞬を捉えた映画を――」
劇場公開 | 2018年5月19日よりシネスイッチ銀座、ユーロスペース、シネ・リーブル池袋、イオンシネマほかにて全国ロードショー |
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制作年/制作国 | 2018年 日本映画 |
上映時間 | 1:39 |
配給 | 日活 |
監督・脚本 | 沖田修一 |
出演 | 山﨑努 樹木希林 加瀬亮 吉村界人 光石研 青木崇高 吹越満 池谷のぶえ きたろう 三上博史 |
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