ウインド・リバー

カンヌ国際映画祭「ある視点」部門の監督賞受賞作品
少女の不可解な死を、ひとりの男と新米女性捜査官が追う
見ごたえのあるクライム・サスペンスにして人間ドラマ

  • 2018/07/23
  • イベント
  • シネマ
ウインド・リバー© 2016 WIND RIVER PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

「世の中には語られるべき物語がある」という監督の思いから製作され、2017年の第70回カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門にて監督賞を受賞した注目作。2015年の映画『ボーダーライン』、2016年の『最後の追跡』のオリジナル脚本を手がけて高い評価を得たテイラー・シェリダンが、自ら脚本とともに初監督を手がける。出演は、『ハート・ロッカー』『メッセージ』の演技派ジェレミー・レナー、『アベンジャーズ/インフォニティ・ウォー』でもジェレミーと共演しているエリザベス・オルセンほか。ネイティブ・アメリカンの保留地ウインド・リバーで少女の遺体が発見され、捜査が始まるが……。酷暑に雪深い極寒の地の物語、と気分や季節感にはそぐわないイメージもあるものの、一見の価値のあるミステリーにしてクライム・サスペンスであり、現代のアメリカ社会の闇を映す物語である。

エリザベス・オルセン,ジェレミー・レナー

アメリカ中西部・ワイオミング州のネイティブ・アメリカンの保留地ウインド・リバー。合衆国魚類野生生物局のプロの白人ハンター、コリーが家畜を荒らす狼を見回るなか、雪に埋もれかけ、血を吐いた状態で凍りついた少女の遺体を発見。コリーは遺体が自身の娘エミリーの親友ナタリーだと気づき、驚き悲しみ、通報する。そして猛吹雪のため大幅に遅れて到着した新米のFBI捜査官ジェーンを、コリーは地元の部族警察長ベンと一緒に現場へ案内。死体発見現場の状況は不可解であり、遺体の検死結果では生前のナタリーが暴行を受けていたことが判明する。しかし直接的な死因はマイナス30℃の気温のなか薄着に裸足で走ったことで肺が凍って破裂した肺出血であり、法医学的には他殺と認定できない。そのためFBIの専門チームを呼ぶことができず、経験の乏しい自分ひとりで捜査をすることになったジェーンは、地域特有の気候や地理、事情に精通したコリーに捜査協力を依頼する。

夏休み向けの大がかりなエンタメ作品が次々と公開されるなか、陽気な真夏の夏休み期間に、極寒の地のシリアスな物語と、季節感に合っているとは言えず、大作の陰で静かに公開される小規模な映画ながら、見ごたえのあるストーリーである本作。この物語を執筆したきっかけ、自身で初めて映画監督をつとめたことについて、テイラー・シェリダンはこのように語っている。「ネイティブ・アメリカンの保留地で起きている固有の問題は、ほとんど無視され続けている。僕がようやく、そうした話に声を与えることのできる立場になったから、映画を製作したんだ。成功しようが失敗しようが、作らなければならなかった。そして作るなら、苦しみを背負ったネイティブ・アメリカンの友人たちへの敬意という点からも、何をどう語るべきか、責任を完全に負わなければならない。だから僕が監督を務めたんだ」

ジェレミー・レナー,ギル・バーミンガム

野生生物局のハンターであるコリー役はジェレミーが、悲痛な過去をもつ人物として。静かで強靭な意志と、周囲の人たちの助けになろうと心を砕く姿を丁寧に演じている。フロリダ出身のFBI捜査官ジェーン役はエリザベスが、新米ながらも勇敢な女性として表現。経験値の高い人々から現場で学んでゆく柔軟な姿勢、ルールと正義との間で戸惑い、いざという時には恐怖と闘いながらも、良心に従って判断し行動してゆくさまを自然体で表現している。そしてウインド・リバーの部族警察長ベン役はグラハム・グリーンが、殺害されたネイティブ・アメリカンの18歳の少女ナタリー役はケルシー・アスビルが、ナタリーの恋人マット役はジョン・バーンサルが、ナタリーの父マーティン役はギル・バーミンガムが、それぞれに演じている。監督は人物の目線と、ストーリーとしての視点について、このように語っている。「登場人物のパーソナルな視点からは、人が悲劇を体験した後に心の整理がつかないながらも前に進んでいく姿を追い、より大きな視点では、人が住むべきではない地に人を強制的に住まわせるとどのようなことが起こるかを追っています」

夜はマイナス30℃、日中でも目の前が真っ白で視界ゼロになるほどの猛吹雪で、少しの距離を移動するだけでも難しいほど気候の厳しい地域である、ネイティブ・アメリカンの保留地で頻発する事件について描く本作。こうした地域について監督は語る。「そこは地形自体が敵のように向かってくる冷酷な地です。ガンよりも殺人による死亡率が高く、強姦は大人の女性になろうとしている少女にとって通過儀礼と見なされているような場所なのです。またそこでは、法の支配が自然の支配に屈します。北米の中でこの100年間に最も変化が少なかった場所であり、その少ないながらも起こった変化のために最も苦しんできた場所なのです」
 そしてこの作品は、現代アメリカの辺境について探求する『ボーダーライン』『最後の追跡』に次ぐ第3作にして、3部作の最終章とも。本作の製作にあたり、シェリダン監督は保留地の人々を訪ね歩き、彼らと親しくなり話を聞いていったとのこと。ネイティブ・アメリカンの人たちが事前に脚本を確認し、映画に出資したといった具体的な協力体制について、感謝とともにシェリダンは語る。「彼らの世界で暮らすことが、僕のリサーチの方法だった。先住民であるネイティブ・アメリカンの人たちとたくさんの時間を過ごすことで、彼らの話が世間に無視されている現実を目撃したんだ。そしてウインド・リバー保留地に住むアラパホ族とショショーニ族に、撮影前に脚本を送ったところ、とても協力してくれた。この話を語るうえで、彼らからの信頼は何よりも大切だ。またアラパホ族とショショーニ族は彼らの部族の旗や紋章を、映画に無償で使わせてくれた。本作の世界に命を吹き込むために協力し、この映画を受け入れてくれたんだ」

エリザベス・オルセン,ほか

「数ある失踪者の統計にネイティブ・アメリカンの女性のデータは存在しない。実際の失踪者の人数は不明である」
 映画のラスト、この事実がテロップで伝えられる。その理由と背景について、監督は語る。「保留地で過ごしていた時にこの問題を知り、事情を知る数名に話を聞いたけれど、失踪者の統計についてはわからなかった。司法省や疾病予防管理センターに問い合わせ、考えつく関係者と片っ端から話をしたけれど、僕もほかの者も、誰も何も見つけられなかった。こうした統計をとるのは国の仕事だが、国は自治権のある保留地については権限がない。だから統計をとる人が誰もいないんだ」
 2017年の第70回カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門にて監督賞を受賞した際には、上映後にスタンディングオベーションが8分間続いたという本作。本国アメリカでの公開時はわずか4館の限定公開からスタートしたものの、SNSや口コミで広まり公開4週目には全米2095館に拡大、興収チャート3位、6週連続トップテン入りとなった。そして批評家や観客からの評価が高いことも特徴だ。
 フィクションのクライム・サスペンスとして観る者を引きつけ、重要な事実を最後の最後にサッと一言で伝える。このストーリーと映画製作への思いについて、監督はこのように語っている。「世の中には語られるべき物語がある。映画は皆が知らない世界を鏡に映し出し、そこで何が起きているのか人々に考えさせることができると思う。うまくいけば、エンタメを通じて変化も起こせるはず。ただ大前提として、私の仕事はあくまでも観客を楽しませること。誰も説教を聞くために映画館に行くわけじゃない。でももし楽しませながら何か気づきも提供できれば、より中身のある映画体験になるだろう」

作品データ

ウインド・リバー
劇場公開 2018年7月27日より角川シネマ有楽町ほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2017年 アメリカ
上映時間 1:47
配給 KADOKAWA
原題 Wind River
監督・脚本 テイラー・シェリダン
出演 ジェレミー・レナー
エリザベス・オルセン
ジョン・バーンサル
ギル・バーミンガム
グラハム・グリーン
ケルシー・アスビル
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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