散り椿

直木賞作家・葉室麟の時代小説を木村大作監督が映画化
実戦的で迫力のある華麗な殺陣、オールロケによる映像、
繊細な人間模様や深い情愛を丁寧に映し出す本格時代劇

  • 2018/10/04
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散り椿©2018「散り椿」製作委員会

すべては妻への愛ゆえに。直木賞作家・葉室麟の時代小説を、黒澤明監督の撮影助手から始まり撮影監督デビュー後は数々の作品を手がけ、本作が3本目の監督作品となる木村大作監督が映画化。出演は岡田准一、西島秀俊、黒木華、池松壮亮、麻生久美子をはじめ、豪華な顔合わせで。脚本は黒澤明監督のもとで助監督をつとめ、『雨あがる』、『阿弥陀堂だより』、『蜩ノ記』(葉室麟の直木賞受賞作)などを手がけた小泉堯史が執筆。かつて藩の不正を訴え出たが認められず、故郷を出た瓜生新兵衛は、病に侵された妻から、故郷へ戻って共通の友人である側用人・榊原采女を「助けてほしい」と託され……。時代劇としては珍しいオールロケで自然や背景をとらえた映像、伝統をふまえながらも実戦的で迫力のある華麗な殺陣、繊細な人間模様や深い情愛を丁寧に映してゆく。幅広い層が楽しめる、見ごたえのある本格時代劇である。

麻生久美子,岡田准一

享保15年。かつて藩の不正を訴え出たが認められず、故郷・扇野藩を出た瓜生新兵衛は、病に侵された妻・篠から「采女様を助けていただきたいのです……」と最期の願いを託される。今は扇野藩の側用人である榊原采女は、以前は一刀流の平山道場でともに四天王とうたわれた新兵衛の親友だったが、過去に大きな因縁があった。しかし「采女を助けて」という篠の願いを叶えるため、改めて藩の不正事件の真相を突き止めるべく帰郷。扇野藩に戻った新兵衛は篠の妹である坂下里美と弟の藤吾と再会し、独自に動き始める。そして藩内では再び権力抗争が起こり、新兵衛は采女と対峙することになり……。

ひとりの無骨な剣豪が不正の真相を追う物語を軸に、それぞれが友人や愛する人を思い、それゆえに複雑さを含む人間模様を描く。クライマックスで明かされるある人の意図が、筆者は特に胸に響いた。もともと「時代劇の精神性が好き」という木村監督は、監督として初めて時代劇を手がけるにあたり、「美しい時代劇を作りたい」と思い、「単に映像が綺麗という意味ではない、人の心の美しさも表現したい」と考えたとのこと。西島秀俊は2018年9月28日に東京で行われた初日舞台挨拶にて、木村監督の時代劇に出演した喜びとともにこのように語った。「『本格的な時代劇を撮れる人は、もう大作さん以外にはいないな』って感じましたね。“まったく新しい革新的な殺陣”と、“新しい時代劇を撮るんだ”という本来ならば“矛盾する両軸”を両立させながら、この映画を動かしていく情熱がすごいなと思いました。本当にこの映画に参加できて幸せだなと思っています」

西島秀俊,黒木華

一刀流の遣い手で「鬼の新兵衛」と呼ばれたほどの剣豪であり、ひたすらに妻を愛する瓜生新兵衛役は、岡田准一が迫力の殺陣と体術、細やかな情愛の表現で魅力的に。妻の篠役は麻生久美子がはかなくも、愛する夫を支えたいという気概をもつ女性として。縁側で夫婦が寄り添うシーンにはおだやかながら深い愛を感じさせる濃密さがあり、まるでフランス映画の恋人同士さながら、“時代劇にはなかなかない男女の距離感”で描かれているのも目を引く。平山道場の四天王のひとりであり扇野藩側用人の榊原采女役は西島秀俊が、藩内でも出世頭と目される文武に秀でた優秀な人物として、篠の妹・坂下里美役は黒木華が、姉にも通じるまっすぐな意思と愛を臆さずに示す女性として、篠と里美の弟・藤吾役は池松壮亮が、幼さがありながらも正義感と剣の腕は確かで、最初は新兵衛に反発しながらも慕うようになる姿がハマッている。さらに扇野藩の面々としては、勘定方であり平山道場の四天王のひとりにして坂下家の当主だった源之進役は駿河太郎が、同じく四天王のひとりである馬廻組頭の篠原三右衛門役は緒形直人が、三右衛門の娘・美鈴役は芳根京子が、組頭の宇野十蔵役は新井浩文が、平山道場の道場主・十五郎役は柳楽優弥が、扇野藩の若様・千賀谷政家役は渡辺大が、藩御用達の和紙問屋の田中屋惣兵衛役は石橋蓮司が、采女の義理の母・榊原滋野役は富司純子が、扇野藩城代家老・石田玄蕃役は奥田瑛二が、それぞれに演じている。また木村監督本人も、采女の義父・榊原平蔵役で出演している。
 女性の立場が弱かった時代を描きながら、劇中の女性たちは皆それぞれに自分なりの思いや意志をもち、それを伝えたり表現したり生き生きとしているところが筆者も観ていて清々しく。木村監督は原作に惹かれた理由のひとつとして、本作に登場する女性たちや物語性についてこのように語っている。「この作品に惹かれたのは女性たちが物語の芯にいることですね。チャンバラもお家騒動もあるけれど、ラブロマンスを中心におくことで新しい時代劇が作れると思ったんです」

本作の見どころのひとつはやはり迫力の殺陣や体術。派手なシーンでなくとも、たとえば新兵衛が石階段で相手を投げて締め技へと素早く持ち込む流れといった動きのひとつひとつがどれも冴えている。岡田准一がカリ、ジークンドー、USA修斗と3つの武術と格闘技のインストラクター資格を有していることは有名で、もともとデキる人だと知ってはいても、実際に見るとその手際と安定感に改めて惚れ惚れする。本作で木村監督は殺陣師の久世浩に「今まで見たこともないような殺陣」を、と依頼し、岡田や西島たちは撮影の3ヶ月前から殺陣を練習。そのなかで岡田は「時代劇が伝統的に作り上げてきた見せる殺陣と、武術家が観ても納得できる理にかなった“武”としての殺陣のバランスを考えて、今回の殺陣を作り上げていければ」という思いから殺陣をアレンジ。監督の思いに応えながら、殺陣が日々変化していったそうだ。なかでも驚きの裏話としては、新兵衛と榊原采女が椿の木の前で対決する重要なシーンのこと。実際に現場を見て一考した岡田の提案で、3ヶ月かけて練習してきた殺陣を撮影当日の朝に丸ごと大幅に変更した、というのだ。西島はその提案を2回ほどスルーしたものの、3度目には受け入れて2人で練習。岡田の提案した殺陣で、その日のうちに対決シーンを見事やりきったのは、アクション作品の数々でも知られる西島の高い身体能力と役者としての集中力があってこそのことだろう。その時のことを岡田は2018年8月27日に東京で行われた完成報告会見にて、「西島さんだったから受けとめてくださったのだと思います。僕も諦めずに粘って良かったです」と語っていた。実際、その立ち合いでは構えの腰がかなり低めに、足腰が深く安定していて、武術家としての野性味を感じさせ、互いに間合いを読みながらも素早い攻防で激しくやりあうさまは、時代劇でよく見る殺陣とは趣が異なる、実戦さながらのスピード感と迫力のある仕上がりとなっている。

もうひとつの見どころは、“名キャメラマン”として『八甲田山』『復活の日』『駅STATION』などを手がけてきた木村監督によるオールロケの撮影だ。富山県を中心に、臨済宗国泰寺派の大本山である国泰寺や、長野市松代町の文武学校、滋賀県の彦根城、そして本作で唯一ロケセットを敷地内に建てたという、国指定の重要文化財・浮田家などで撮影。国登録有形文化財の「豪農の館・内山邸」は采女が暮らす榊原家として撮影され、裏にあった散り椿の木を表の庭へとクレーンで移植し、あの印象的な映像を実現したそうだ。木村監督は『散り椿』を映画化した理由のひとつとして、このようにコメントしている。「俺がやるのなら基本的にはオールロケーションで、“本物の場所で撮る時代劇”にしたかった。それに合う題材はないかと時代小説を150冊くらい読みました。そして出会ったのが葉室麟さんの『散り椿』だったんです」
 個人的に面白かったのは、映像に流れる役者やスタッフの名前の文字が、ほぼすべて各人の肉筆だったこと。思いがけないところにも味わいがあり、筆者は思わず流れてゆく文字をじっくりと見入ってしまった。そして岡田准一の肩書には殺陣に加えて「撮影」も。なぜなら実は木村監督が采女の父として出演しているシーンや、采女本人の最大の危機のシーンのアップは、岡田が撮影しているとのこと。木村監督の遊び心やお茶目な感性、映画製作そのものを心から楽しんでいることがよく伝わってきた。

西島秀俊,岡田准一

「大切に思えるものに出会えれば、それだけで幸せだと思っております」。原作にあった新兵衛のこの言葉に、木村監督は心を打たれたとも。「僕の人生も振り返ってみたら、大きくは黒澤明監督と高倉健さんに、人生の節目で出会ったことで今があるんです。だからこの言葉に自分と同じ人生観を感じて、それも(この映画を)作るきっかけになりました」
 原作者の葉室麟は2017年12月23日に惜しくも他界。木村監督は完成した映画を葉室氏が観たときのことについて、前述の完成報告会見にてこのように語った。「『【散り椿】はこういう話だったのか、今日初めてわかった』と言ったくらい、内容を気に入ってくださいました」

本作は2018年9月3日(現地時間)にカナダで開催された第42回モントリオール世界映画祭のワールド・コンペティション部門にて、グランプリに次ぐ審査員特別賞を受賞。現地では「黒澤明監督の作品を思わせる」という評価もあったとのこと。前述の完成記者会見にて、"映画人生60周年"の木村監督は自身について、「僕は撮影助手の頃は黒澤組にいましたので、かの有名な(時代劇の)『隠し砦の三悪人』『用心棒』『椿三十郎』を現場で見ていた生き残りです」とコメント。
 そして2018年9月19日に東京で行われたシニア夫婦試写会にて、西島と岡田は木村監督への感謝とともに、本作についてこのように語った。
 西島「僕も黒澤明監督の作品はたくさん、何度も観ていますし、いろいろな資料も読んだりしてきました。でも、木村監督のようにその作品が生まれる現場に立ち会っているというのは、もうぜんぜん次元が違います。黒澤監督の現場を血肉化した大作さんが撮ったからこそ、海外の皆さんにも、“黒澤監督のイズム”のようなものが伝わったのだと思いますね」
 岡田「大人の皆さんに喜んでいただける本格的な時代劇というものを作るのは、今は難しい時代になりました。そのなかで、大作さんが追い求めていた映画人生と、極めてきた美しさを海外で“日本の文化”として、いち早く注目していただきました。それを日本の皆さんがどう観てくださるのか楽しみですね。とても幸せなことだと思います」

作品データ

散り椿
劇場公開 2018年9月28日より全国東宝系にてロードショー
制作年/制作国 2018年 日本
上映時間 1:52
配給 東宝
英題 SAMURAI'S PROMISE
監督・撮影 木村大作
脚本 小泉堯史
原作 葉室麟
音楽 加古隆
出演 岡田准一
西島秀俊
黒木華
池松壮亮
麻生久美子
緒形直人
新井浩文
柳楽優弥
芳根京子
駿河太郎
渡辺大
石橋蓮司
富司純子
奥田瑛二
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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