アラン・デュカス 宮廷のレストラン

世界に23のレストラン、18のミシュランスターをもつ
一流シェフのデュカスが世界を飛び回り、料理を探究
社会活動を継続してゆく姿を追う良質なドキュメンタリー

  • 2018/10/15
  • イベント
  • シネマ
アラン・デュカス 宮廷のレストラン©2017 OUTSIDE FIMS - PATHE PRODUCTION - JOUROR FILMS - SOMECI.

モナコ、パリ、ロンドン、3都市の3ツ星レストランをはじめ、23店のレストランを世界中にもち、総計18のミシュランスターを保有する一流シェフであり、料理を通じた社会活動を地道に行っているアラン・デュカスのドキュメンタリー。監督・製作・撮影は『プルミエール 私たちの出産』といった社会派のドキュメンタリーで知られるジル・ドゥ・メストルが手がける。ヴェルサイユ宮殿内に初のレストランをデュカスが手がける、という華やかでわかりやすいトピックをフックに、料理に情熱と献身を捧げ、家族と仲間たちを大切にし、料理をテーマに社会への還元と未来への継続を目指して活動し続ける姿を追ってゆく。ニューヨーク、ロンドン、リオ、フィリピン、香港、パリ、モナコ、東京、京都と世界を巡るデュカスに2年間密着して完成した、中身の濃いドキュメンタリー映画である。

アラン・デュカス 宮廷のレストラン

ヴェルサイユ宮殿内初のレストラン「Ore(オーレ)」の準備で、スタッフの様子やテーブルのセッティングを確認し、室内を足早に動き回るデュカス。豪華で革新的なプロジェクトのリーダーである彼は、菜園に自ら赴き、野菜の味を確認する。そして日本に向かい、「ベージュ アラン・デュカス 東京」で料理を試食。信頼する小島景シェフと“批判ではなく創造的な意見交換”をする。その後、京都で食べ歩き、パリに戻ってヴェルサイユの“王の食卓コース”の開発ミーティングで激論を交わす。そしてブラジルのリオデジャネイロに向かい、廃棄食品を利用しスラム街に暮らす人たちに料理を作るプロジェクトに協力、フィリピンの首都マニラではストリートチルドレンのために創設した料理学校を視察する。そしてフランスでは、ヴェルサイユのレストランにて試食会の日がやってくる。

「今世紀の料理法を変えたシェフでありながら、メディアに登場するイメージ以外には私生活も何も知られていない人物」とメストル監督が語るデュカス。彼がしているのは、世界で経営する店を視察して回り、食材を探し美味しい店を食べ歩く以外にも、さまざまなことがある。本作では監督の視点でデュカスの思想にもとづく活動をしっかりととらえ、彼が「(フランス南西部)ランド地方の農民の息子として、農場にいた子ども時代が彼のすべてを形成した。庭の新鮮な野菜が毎日の生活の基礎だった(監督)」こと、それまでは技術を駆使した凝った料理が主流だったフレンチの世界に、デュカスが“野菜が主役”の料理を打ち出したことで彼が星を獲得し、料理界の潮流を大きく変えたことなどがわかり、興味深い内容となっている。高級店について「美食産業は“思い出の売り手”」と称える一方で、郷土料理をもとに新たな料理や野菜を主役とした素朴な料理を考え、イタリア人シェフのマッシモ・ボットゥーラとともに廃棄食品を利用したプロジェクトに自ら参加し、ストリートチルドレンのために創設した料理学校にも直接足を運ぶ。世界中でさまざまな美味しさを提供するのみならず、料理を通じて行っている社会活動のアプローチが幅広く、そのすべてが成立し継続されていることに驚かされる。またそうした活動についてデュカス本人が手柄として語ることはまったくなく、淡々とひたすら地道に行っている姿を映している。そもそも本作の企画でも、ドキュメンタリー撮影を監督が申し込むも、デュカスは頑なに断り続け、1年口説き続けたところ、デュカスが根負けして決まったとのこと。デュカスは今回の撮影と監督への信頼について、このように語った。「監督は撮影中も礼儀正しい、とても良い調和を生む人で、カメラはまったく邪魔にならなかった。わたしは自分の仕事をしていただけで、カメラも監督も意識せず日々を過ごすことができました。監督とは今も友達です」

アラン・デュカス

印象的なエピソードが多いなか、デュカスが約30年前に南アルプスで起きた飛行機事故で唯一の生き残り、ということにも驚いた。生かされた命として、自身に向き合い続けている面もあるのかもしれない。また後進を導くことについてさまざまに工夫していることに、筆者は個人的に響くものがあった。環境や状況によっては不公平で不確実となる世の中で、そのあおりを大きく受ける子どもたちをサポートする手段に、料理の教育がなる、という考えは非常に理にかなっている。料理と製菓の国際的教育施設「デュカス・エデュケーション」は、「10年前にマニラに訓練学校をオープンしました(デュカス)」とのこと。「子どもたちに仕事を教え、ストリートから抜け出す訓練をしてきた」ことについて、「料理は社会を動かす梃になり得る」とデュカスは語る。さらに料理業界が、困難な状況にある子どもたちの挑戦にふさわしいこと、映画に登場するマニラの訓練生のその後について、このように語っている。「わたしたちの業界は、どんな人でも努力すれば、社会のなかで上に昇ることができる数少ない業界です。底辺からスタートしても上にあがることができる。それが料理業界の素晴らしいところですね。映画に出ている生徒は今パリにいます。2018年9月から新しく始めた、セーヌ川をクルーズしながら料理をお楽しみいただける船上レストラン〈デュカス・シュール・セーヌ〉のプロジェクトに参加しています」

また劇中ではデュカスが常日頃よく使う言葉として、“ピーク(とんがった感じ)”が何度もでてくる。例えば、彼が「フランス人的なシェフであると同時に、日本的な心を失っていない完璧で理想的なシェフ」と称え、東京のレストラン「ベージュ アラン・デュカス 東京」で腕をふるう、20年来のコラボレーターである小島景シェフの新しい料理を試食した時のことについては、こうしたコメントも。「各々が自分のスタイルと個性をもたなくてはならない。彼には、何もかもが素晴らしく、本当に美味しいと伝えましたが、(もう少し)何かが足りない。もっと力強さとか、突出感とか……」
 この言葉には個人的に少し、ギクリとした。“ピーク”のニュアンスが重要であることはよくわかるし、かくありたいと思ってはいても、慣れた方法や保守的な感覚に落ち着いてしまうことは筆者もよくわかる。もともと芸術性に富む右脳感覚に優れたタイプであれば呼吸をするのと同じくらい容易なことなのかもしれないものの、そうではないタイプにとって、これは1000本ノックを長年し続けてようやくひとつをつかむくらいのペースだから。
 ところで本作の内容について、フランスの映画製作会社パテの社長ジェローム・セドゥは、「偉大な1人のシェフについての映画を作りながら、経営と美徳についても語っているように感じる」とコメント。メストル監督はデュカスの魅力と今回の撮影について、このように語っている。「旅をして人々と出会い、試食し、人間関係を築き、チャンスを生かし、レストランをオープンする夢を見る。世界を旅する彼の探求は、尽きることがない。自分のするすべてのことに大いなる喜びを見出している。子どものようなところもあり、人生に対する揺るぎない熱意がわかる。厳しいし、ぶっきらぼうかもしれない。でも彼は、基本的に善良な人物だ。彼を突き動かすものは、お金ではなく情熱だ。彼についていくのは簡単なことではなかった。その飽くことのない知識への渇望を、正確に映し出す闘いだった」

アラン・デュカス,ほか

2016年にオープンしたヴェルサイユ宮殿のレストラン「Ore(オーレ)」の評判は上々。オープン前のコメントとして、料理や食器やカトラリーすべてにおいて、伝統を近代的なヴィジョンで再解釈し、調和を大切にしつつも工夫を凝らして進化させたことについて、デュカスはこのようにコメントしている。「ヴェルサイユでは、宮殿の学芸員たちと作業し、歴史的なメニューを学び、衣装デザイナーと独創的な服装も考えました。模倣ではないけれど、3世紀の伝統を近代的に読み取ったものです。その結果、大仰なレセプションや料理の形を飛躍的に改良し、もっと正確で徹底的に洗練した、まさに贅沢の極みを創り出したのです」
 そして日本では2018年9月26日に東京・銀座の「ベージュ アラン・デュカス 東京」がリニューアルオープン。デュカスが来日し、レストランを訪れるゲストに向けて、このようにコメントした。「美味しい思い出をお持ち帰りいただけるようなおもてなしをさせていただきますのでぜひお越しください。わたしのメゾンで過ごしていただく時間はずっと心地よく理想的な、“ジャスト”なおもてなしをさせていただきます」
 そしてこの映画をこれから観る人たちに向けて、デュカスはこのように語った。「好奇心をもち続けてください。先入観をもたずに心を開いて、ご自分の心の浸透力を高めてください」

作品データ

劇場公開 2018年10月13日よりシネスイッチ銀座ほかにて全国ロードショー
制作年/制作国 2017年 フランス
上映時間 1:24
配給 キノフィルムズ/木下グループ
原題 La quête d'Alain Ducasse
監督・脚本・製作・撮影 ジル・ドゥ・メストル
脚本 エリック・ルー
出演 アラン・デュカス
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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