インドとパキスタンの深刻な確執を背景にしながらも
青年が迷子を送り届ける旅を陽気に描くロードムービー
人情と根性、愛と真心で困難を突破するマサラ映画
『ダンガル きっと、つよくなる』『バーフバリ 王の凱旋』に次いで、2015年の公開からインド映画の世界興収歴代第3位を継続(Firstpost 2018年10月現在)。パキスタン、アメリカ、イギリス、オーストラリア、中国など世界的にヒットした話題作。度を越えた正直者でお人好しのインド人青年が、パキスタンからの迷子の少女を故郷に送り届けようと奮闘する姿を描く。出演は、インドの人気スターで本作のプロデュースも手がけるサルマン・カーン、約5,000人の中からオーディションで選出され本作で映画デビューを果たした子役ハルシャーリー・マルホートラ、『きっと、うまくいく』のカリーナ・カプール、『LION/ライオン 25年目のただいま』のナワーズッディーン・シッディーキーほか。製作・監督・脚本は、これまでにCMやミュージック・ビデオなどを手がけ、本作が監督デビュー作である36歳のカビール・カーン。歴史、宗教、経済などにおいて激しい対立が続くインドとパキスタンを舞台に、青年と少女が700kmを旅するロードムービーであり、歌にダンス、アクションありロマンスあり、なにより人情と笑いがたっぷりのマサラ映画である。
パキスタンの山村で元気に暮らす少女シャヒーダーは、幼い頃から声が出せない。それを案じた母親が霊験あらたかというインドのイスラム寺院に願掛けに連れて行った帰り道、シャヒーダーは母親とはぐれ、インドに取り残されてしまう。街で出会ったヒンドゥー教のハヌマーン神の信者である明るい青年パワンは、話すことができずに名前も家もわからない迷子のシャヒーダーを放っておけず、仕方なく保護することに。パワンは愛する女性ラスィカーが家族とともに暮らす実家に居候しながら、名前のわからない少女をムンニと呼び、なんとか親と家を見つけてあげようと奮闘する。しかし少女がインド人のヒンドゥー教徒ではなく、パキスタンのイスラム教徒だとわかって驚愕。そのことでラスィカーの厳格な父親からきつく叱責され、パキスタンの大使館に少女を連れて行くも、暴徒が押し寄せたことで大使館が閉鎖。パワンはビザもないまま、国境を越えて少女をパキスタンの家まで自力で送り届けることを決意する。
ボリウッドお約束の陽気な歌やダンス、鮮やかな色彩で楽しいながらも、激しくいがみ合うインドとパキスタンの根深い対立を背景に、武力や知力や駆け引きや嘘や政治的な取引ではなく、どこまでも人情と根性と愛と真心で押し切ってゆく。予想を超えて直球すぎる素朴な展開が思いのほか胸を打つ良作だ。この映画は本国インドにて2015年の興行収入No.2の大ヒット、国内の映画賞で数々の賞を受賞し、全世界で興行収入150億円に迫る大ヒットに。インドとパキスタンの人々にとって、長い間タブーだった民族的な軋轢について、映画というワンクッションを通してなら人々に投げかけることができる時期にきているのかもしれない。そういえば以前に紹介したイギリス映画『英国総督 最後の家』では、監督が家族のルーツへの私的な思いからインドがパキスタンと分離独立をした時期の史実を描かれていたことも印象的だった。今回の作品に主演しプロデュースを手がけたサルマン・カーンは本作のテーマについて、このように語っている。「この映画は、ヒンドゥー教とイスラム教、インドとパキスタンの対立を終わらせる可能性を秘めている」
パワンことバジュランギおじさん役は、サルマン・カーンが朗らかに熱演。肉体派アクションスターとして有名ながら、今回はアクションはほんの数シーンのみ。イメージを一新する純真で不器用な青年役で、これまでのキャリアで最高の評価を獲得したとも。サルマンは本作について「今まで出演してきた作品のなかで、最も素晴らしい映画」とコメント。パワン青年のキャラクターの魅力と、そこに込められたメッセージについて、このように語っている。「とても単純で、純情な男でありながら、とても強い男であり、すべての人に敬意と愛を抱き、嘘をつかず、何も悪いことをしない男。このような黄金の心をもつ男を映画の主人公にした意味は重要で、この映画を観て、彼のような人間になってほしい」
全編を通してほぼ無言の少女シャヒーダー役は、当時は役と同じく6歳だったハルシャーリー・マルホートラが好演。声が出ないことは幼い少女にとってさほど問題ではなく、好奇心旺盛で無邪気な子ども、という明るい感覚を自然体で表現している。パワンの愛する女性ラスィカー役はカリーナ・カプールが知的に凛として、同名で実在するパキスタン人ジャーナリストで俳優のチャンド・ナワーブをモデルにしたというフリーランスの記者チャンド役は、ナワーズッディーン・シッディーキーが個性的に演じている。
この映画の製作のきっかけは、本作の原案・脚本を手がけるV.ヴィジャエーンドラ・プラサードからカーン監督への提案から始まったとのこと。彼は南インドに住む『バーフバリ』シリーズのS.S.ラージャマウリ監督の父であり、シリーズの原案と脚本を手がけたことでも知られている人物だ。プラサードからストーリーの内容を聞いたカーン監督はこの映画の製作を即決し、パワン役をサルマンにオファーしたところ内容を気に入り、プロデュースも務めることが決まったという。
インドは北と南では言語も文化も異なるものの、インド映画業界では越境して活躍する俳優やスタッフが多いという。インド映画には主に、北インドでヒンディー語によって製作される“ボリウッド”ことヒンディー映画、南インドではドラヴィダ系の4つの言語であるテルグ語、タミル語、カンナダ語、マラヤーラム語による映画、巨匠サタジット・レイで知られる東インド(大分類では北インドに含まれる)ではベンガル語による映画があるそうだ。
本作にはボリウッド名物、ハイテンションな歌とダンスのシーンも多数。“セルフィーを撮る”ことをそのまんま歌う「Selfie Le Le Re」はインドで活躍するヴィシャール・ダッドラニが、パワンとラスィカーの恋をテーマにした「Tu Chahiye」はパキスタンのロックシンガー、アティフ・アスラムが歌うなど、人気ミュージシャンを起用。またイスラム寺院のシーンではイスラムの宗教音楽カッワーリを使用するなど、音楽面でもインドとパキスタンの文化の融合を表現している。
もうひとつの見どころはやはり壮大なヴィジュアルだ。インドからパキスタンへと国境を超える砂漠のシーンはラジャスタンのタール砂漠にて、雪山のシーンはインド北部カシミールの山岳地帯にて、シャヒーダーの故郷スルターンプルはカシミールのパハルガンにて撮影。いずれも雄大な自然の風景が美しく、パワンとシャヒーダーが旅をする道中の様子もほほえましい。またカシミールのソーナマールグにて撮影したラストシーンには、CGではなく約7,000人のエキストラが実際に参加したそうで、熱い仕上がりになっている。
劇中で、入国審査所を護衛するひげむくじゃらにターバンというゴツい風貌のインド人のおっさんがパキスタン人の子どもに微笑み、子どもも躊躇なく微笑み返す、といったさもないシーンもいい味わいの本作。インド映画を観ていると、シーンの展開とかつなぎとか、ツッコミどころはたくさんあるけれど、「こまけえことはいいってことよ」みたいなざっくりとした気分になってくるから不思議だ。映像も音楽も色彩も、何はともあれ楽しもう、といった陽のエネルギーを放つ生命力の野太いパワーが圧倒的で、それに呑まれて術中にハマるかのような感覚がまた心地よい。約20年前に日本でも大ヒットした『ムトゥ 踊るマハラジャ』の時よりも、面白さがますますパワーアップしているインド映画。国籍や民族を超えて、独特の持ち味で世界中の人々を巻き込み魅了するマサラ映画に、これからも目が離せない。
劇場公開 | 2019年1月18日より新宿ピカデリーほかにて全国順次ロードショー |
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制作年/制作国 | 2015年 インド |
上映時間 | 2:39 |
配給 | SPACEBOX |
原題 | Bajrangi Bhaijaan |
監督・脚本・製作 | カビール・カーン |
原案・脚本 | V.ヴィジャエーンドラ・プラサード |
製作・出演 | サルマン・カーン |
出演 | ハルシャーリー・マルホートラ カリーナ・カプール ナワーズッディーン・シッディーキー シャーラト・サクセーナ オーム・プリー |
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