運び屋

クリント・イーストウッドが監督・製作・主演
“87歳の麻薬運び屋”という実話に着想を得て映画化
犯罪と捜査の行方を歯切れよく、人情とともに描く

  • 2019/02/26
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運び屋© 2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

監督、主演を兼ねる現役としては世界最高齢と言われる、現在88歳のクリント・イーストウッドが監督・製作・主演をつとめる最新作。共演は『アメリカン・スナイパー』『アリー/スター誕生』のブラッドリー・クーパー、『マトリックス』シリーズのローレンス・フィッシュバーン、『オデッセイ』のマイケル・ペーニャ、イーストウッドが長く共演を望んでいた『マンマ・ミーア!ヒア・ウィー・ゴー』のアンディ・ガルシアと『ハンナとその姉妹』のダイアン・ウィ―ストらベテラン勢、イーストウッドの実の娘である『真夜中のサバナ』のアリソン・イーストウッドほか豪華な顔合わせで。脚本は2008年のイーストウッド監督・製作・主演作『グラン・トリノ』のニック・シェンクが手がける。2011年に摘発された、メキシコ最大の犯罪組織によるメキシコからデトロイトへの麻薬密輸事件。そこで史上最年長である87歳の男レオ・シャープが運び屋をしていたという実話に着想を得て、高齢者でありながら運び屋となった男の物語を描く。家庭をないがしろにしたまま年を重ね、財産もすべてを失いかけている男が、ひょんなことから運び屋をする。容易に大金を得ることに味をしめ、犯罪への加担を自分のなかで正当化し、その先にあることとは。男は家族とのわだかまりに向き合い、ふとした瞬間に犯罪組織のメンバーや麻薬捜査官らと心を通わせる。ひとりのシニア男性の悲哀と孤独、家族との対立と和解、罪と償いを描く人間ドラマである。

ブラッドリー・クーパー,マイケル・ペーニャ

退役軍人のアール・ストーンは高級ユリ“デイリリー”の生産者として仕事に打ち込み、品評会でも知られる存在だった。一方で家庭をないがしろにし続けて、妻と娘を悲しませていた。それから数十年後、ネットの普及とともに売上は落ち込み、アールは自宅も農園も差し押さえられ、87歳の今は金もなく、孤独な日々を送っている。そんななか、アールはメキシコ系の男から「車の運転さえすれば金になる」という話にのる。本当にそれだけで大金が渡されるが、それはメキシコの麻薬組織によるドラッグの運び屋だった。ためらいはあったが、思いがけない多額の報酬に喜び、回数を重ねてゆく。気ままな安全運転は麻薬組織の監視役も、麻薬取締局をも翻弄。荷物は常に無事に運ばれ、麻薬組織のボスにも気に入られ、荷物は急増していく。そんな折、麻薬取締局(DEA)のシカゴ支局に異動してきた捜査官コリン・ベイツは、「タタ」と呼ばれる伝説的な運び屋の存在を知り、調査と摘発に全力を注いでゆく。

意外と暗く重いだけじゃない。犯罪と捜査の行方を歯切れよく、しみじみとした人情とともに描くドラマ。アメリカで実際にあった麻薬密輸事件で摘発された、“87歳の運び屋”を伝えた記事、2014年の「ニューヨーク・タイムズ」紙の日曜版別冊「ニューヨーク・タイムズ・マガジン」に掲載された「The Sinaloa Cartels’ 90-Year-Old Drug Mule(シナロア・カルテルが雇った90歳の麻薬運び屋)」から着想を得て映画化した作品だ。邦題や画像の雰囲気から、暗く重く説教臭いかも、というイメージをもつ向きもあると思うが、それはほんの一面に過ぎない。ワンマンな奔放おやじが妻や娘に攻め立てられ、女性の主張もしっかりしているので、女性が観てもそうストレスがないだろう。不仲である家族のこと、大金に目がくらんで悪事に加担してしまう経緯や、犯罪の現場でも次第に生まれるつながり、過去への代償といったことが描かれ、理屈では割り切れない人の弱さ、過去を許して前進することについて伝わってくる内容だ。製作のクリスティーナ・リベラは、悔恨と許しと償いという本作のテーマについて語る。「こうした要素は、さまざまなレベルで人々の心に通じると思う。私はセカンド・チャンスを得ること、そして、過去には迷惑をかけたり、困らせたりしたとしても、家族のために何かをするのには遅すぎることはないということを描いている点がとても気に入ったの」
 またイーストウッドは撮影時に自らが本作のモデルとなったレオ・シャープと同じ87歳だったことをふまえて、アールのキャラクターとしての魅力と、自身との共通点について語っている。「『ニューヨーク・タイムズ』で、アールのある意味で原型となった実在の人物に関する記事を読んだんだ。あの年齢、つまり私の年齢の設定で展開させてみると楽しいだろうなと思ったんだよ。私はいつも観察しているし、学ぼうとしていると思いたい。アールもそんな感じなんだ。長く生きれば生きるほど、自分は何も知らないと気づくものなんだよ。だから学び続けるんだ」

クリント・イーストウッド,ほか

退役軍人で高級ユリ“デイリリー”のもと生産者であり、麻薬組織の運び屋となるアール役は、クリント・イーストウッドが弱さとずるさと老獪さ、享楽的な面とゆるがない度胸のある複雑なキャラクターを味わい深く。麻薬取締局(DEA)のシカゴ支局に赴任したばかりのコリン・ベイツ捜査官役は、ブラッドリーが仕事熱心で粘り強い人物として、DEA捜査班を取り仕切る主任特別捜査官(SAC)役は、ローレンス・フィッシュバーンが堂々と、ベイツと組むトレビノ捜査官役はマイケル・ペーニャが堅実な仕事ぶりで、アールの前妻メアリー役は名優ダイアン・ウィーストが夫への強い愛憎を繊細に、アールの娘アイリス役はクリント・イーストウッドの実の娘であるアリソン・イーストウッドが父を強く恨む女性として、孫娘ジニー役はタイッサ・ファーミガが、祖父のアールと母と祖母をとりもとうとする優しい女性として表現。またメキシコの犯罪組織のボス、ラトン役はアンディ・ガルシアがラテン系らしい独特の親しみと風格のある存在として、ラトンの指令でアールのお目付け役をイヤイヤ請け負うフリオ役はイグナシオ・セリッチオが、反発しながらもアールに好感をもつ自分にまたいら立つというある種のユーモアも含む矛盾を自然体で演じている。まったくの余談ながら、ラトンの屋敷で登場する接待要員の女性たちのなかで、黄色いビキニの女性のヒップがあまりにも見事で。生き生きとした野生の動物やアートのような美しさに感動していると、その前後で彼女のボディやヒップが繰り返し映され続けていたので、ちょっとした見どころのひとつかも。

アリソンは、最近は製作や監督として活動しているなか、父からの共演をもちかける電話に驚いたこと、共演の喜びについてこのように語っている。「俳優同士として父と組んだのは、11歳の時に『タイトロープ』(1984年)で父の娘を演じたのが最後だったの。成長してからは父の監督作には出たけど、大人として(俳優として)父と共演するのはこれが初めてで、なんだか魔法みたいだった。父と共有できる貴重な経験になったわ」
 またローレンスとダイアンもイーストウッド監督作で俳優の彼と共演できたことについて、とても嬉しいとコメント。ブラッドリーもイーストウッドとの共演に感謝し、ほかの俳優たちもみんな同じ気持ちだろうと語っている。「セットで二度、彼の演技を見ていて涙が止まらない時があった。共演シーンでさえ、ほんとうは僕のキャラクターは泣くべきではないのに、体の向きを変えなければならないことが一度あったよ。とてもジーンときた。クリントはすばらしい俳優。もうめったに演じないので、この映画のキャストは誰もが彼との共演を名誉だと思っているはず」
 アールは大金を得ると、孫娘の結婚パーティをサポートしたり、大勢の退役軍人が集う店の復興に資金援助したり、失った農園を取り戻したりと、金の使い道がどこか憎めない。彼は女性がいれば必ず陽気に声をかけ、娼婦の女性からもそれなりに相手にされる……と、モテるシニアで。先進国の高齢化もあってかモテるシニアのキャラクターは国内外の映画やドラマでよくあるものの、「そんなふうにモテるかな?」と心の中でツッコミを入れる場合が多い。けれどイーストウッドは存在自体に説得力があって、やっぱり本当にカッコいい、と改めてときめいた。そして日本にも里見浩太朗、北大路欣也といった品格と懐の深さを感じさせる素敵なシニアがいらっしゃるな、とも。
 本作の劇中では、最初はアールのことをシニアの運び屋という意外性で面白がり見くびっていた現場のメキシコ系の男たち、面倒でやっかいだと思っていた麻薬組織の男たちが、アールなりの独特の筋の通し方や、戦争体験を含む長い人生経験にもとづく信念や考え、きわどい場面ものらりくらりと切り抜ける老獪さに、次第に彼に一目置くようになってゆく。そうしたくだりや、犯罪組織の男たちともDEA捜査官ともある意味で信頼や友情に似た情が通い合うシーンは、観ていて不思議と共感がわいてくる。個人的にはアールとベイツ捜査官がダイナーで話す、緊張感と感傷が入り混じるシーンが印象的だった。

アリソン・イーストウッド,クリント・イーストウッド

2018年12月10日(現地時間)にアメリカのロサンゼルス行われた本作のワールドプレミアにて、今後に監督と俳優の両方を務める可能性を問われたイーストウッドはこのようにコメント。「物語やその時の気分次第です。誰かにしてもらった方がいい時もあるし、自分でした方がいい時もあります」
 同プレミアには、本作に出演はしていないものの監督の息子で俳優のスコット・イーストウッドら家族もお祝いにかけつけたとも。本作で娘役を演じたイーストウッドの実子のアリソンは、娘としての思い、また俳優として一緒に仕事をしたことについて、このように語った。「彼も私もお互いに変わりました。最後に一緒に仕事をしてから20年以上も経ちます。家族としてはとても親しいですが、時間が経ち仕事で再び一緒になるということはまた違います。彼が現役の間に一緒に仕事ができてとても嬉しいです」
 イーストウッドは映画製作と演じることへの尽きない意欲について語る。「映画を監督するたび、演技をするたびに、何かを学ぶものだ。ストーリーを語り、それを演じ、冒険をし、問題を解決することによって……。そういうことすべてを通して、自分自身について何かの感覚、あるいは感情を抱き、実際の人生で自分がどうするかを考える。だからこそ、この仕事はとても魅力的なんだよ」
 監督としても俳優としても余裕の現役、88歳のイーストウッドの活躍に、これからも熱く注目していきたい。

作品データ

劇場公開 2019年3月8日より全国ロードショー
制作年/制作国 2018年 アメリカ
上映時間 1:56
配給 ワーナー・ブラザース映画配給
原題 THE MULE
監督・製作・出演 クリント・イーストウッド
脚本 ニック・シェンク
出演 ブラッドリー・クーパー
ローレンス・フィッシュバーン
アンディ・ガルシア
マイケル・ペーニャ
ダイアン・ウィ―スト
イグナシオ・セリッチオ
アリソン・イーストウッド
タイッサ・ファーミガ
:あつた美希
ライター:あつた美希/Miki Atsuta フリーライター、アロマコーディネーター、クレイセラピスト インストラクター/インタビュー記事、映画コメント、カルチャー全般のレビューなどを執筆。1996年から女性誌を中心に活動し、これまでに取材した人数は600人以上。近年は2015〜2018年に『25ans』にてカルチャーページを、2015〜2019年にフレグランスジャーナル社『アロマトピア』にて“シネマ・アロマ”を、2016〜2018年にプレジデント社『プレジデントウーマン』にてカルチャーページ「大人のスキマ時間」を連載。2018年よりハースト婦人画報社の季刊誌『リシェス』の“LIFESTYLE - NEWS”にてカルチャーを連載中。
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